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マナー講習
しおりを挟む本日59日目です。約二ヶ月経過したって事ですね。早いような長いような気がします。
さくっと二週間とちょっと経過しているので、なかなかに寂しい感じがしています。あとなんとなく寝不足です。よくわからないんですが、この二日ほどうなされて起きたんですよ……。なにか、幽霊とかいるんですか? 祟られてますか?
さてさて、本日は楽しいマナー講習です。
久しぶりに町に連れて来てもらいました。ジャスパーがおまえら大丈夫? みたいな態度でちょっとやさぐれました。1人で馬に乗るのって難しいですね。腰もおしり痛いですし。
ゲイルさんは自宅に一度戻るそうです。今回はもう、森の家には帰りません。数日もたたないうちにお迎えが来て、王都に行く予定となっています。その間、ジャスパーは預かってもらう予定です。
本日のマナー講習、カリナさんもご一緒です。いやぁ、道連れがいて楽しいですね! 当のカリナさんが死刑宣告でも喰らったような青い顔なのが気になります。
「ギュンターさんと知り合いなんですか?」
「教会関連の付き合いで少々。容赦ないんですよ。あれが自分に向けられるかと思うと絶望します」
「え?」
「接待的なものというより実践的なやり方だと思うのでちょっとショックかもしれませんねー」
あはははは。と乾いた笑いに思わず表情が引きつります。まじですか。
さて、そのギュンター氏は今日は女装していました。いえ、性別上、おそらく女性なので間違っていないのですが。
なにかこう、ロッテンマイヤーさんみたいな。
びしばし鍛えてくれそうなスパルタ感があります。
マナー講習は貴族御用達の宿を借りて行われます。領主館はもちろん不可でした。想定通りというか来てと言われたら困りますね。
この宿、まさかの和室との遭遇や和食もどきの特別メニューがあるとか色々ありました。ユウリ、泊まったはずなのに何一つ満喫せずに帰ったらしいですね……。かわいそうに。
私はきっちりおにぎりをいただきました。
米がうまい。
ただ、やっぱり醤油とか味噌に近いものはあってもそのものはないようです。魚醤みたいな感じでした。人によっては拒否する感じはあります。
ちなみに現地的には特別メニューは物珍しい特においしくもない食事というあたりだそうですよ。来訪者が好んだとかなんとか説明して、神妙な顔で食べるような感じの。
やっぱり食べ慣れてないと好まれないようです。
大変蛇足的ですが、ここ、リリーさんが所有している宿だそうですよ。正確に言えば祖母から管理を引き継いだ資産らしいですけど。
そんなこんなで、午後からの講習となりました。
基本的なことと言われてドレスを着せられ、歩かされたり、お辞儀の角度やら扇の使い方などを何時間かみっちりとやりました。
幸い、それほど高さのある靴は履かなくていいらしいです。と言っても五センチはあるのですが。
カリナさんが死ぬみたいな顔してましたね。確かに動く事を優先しているシスターには拷問のようなモノに見えるでしょうね。
まあ、あたしは向こうでは普通に履いてましたので、痛いなこの野郎、で済みますけど。できれば履かないで済ませたいです。
案の定靴ズレしましたし。急遽、靴屋が呼ばれて調整して、新しい靴を用意されましたね。
それでだいぶ楽にはなったのですけど。
ふくらはぎがつる、つま先が死ぬ、足の指が刺さるとカリナさんは嘆いていました。わかる。
あたしたちの惨状にため息をついて、ギュンターさんはお茶の時間にしてくれたのですが、これも罠でした。ええ、マナーですからね。気楽にお茶なんて楽しめなかったっ!
カップの持ち方やお菓子のつまみ方についても言われるとなにも食べたくなくなります。ええ、お菓子やお茶自体はおいしかったんですけどね。
あまりこちらでは見なかった紅茶が提供されていて、聞けば少量流通しているそうです。緑茶に似たものもあるそうなので、そちらも取り寄せてくれると。
なにか、アメとムチがお上手ですねと思いました。カリナさんもなにか別のものをもらう約束していたようですし。
「これって、なにか利益があるんですか?」
「不利益を被らないための投資です。我が主は心配性なので、来訪者への心証は良くしておきたい、ということですね」
「そんなに恐くないですよ?」
「どちらかというと保護者のほうが。ああ、恋人ですか?」
「……ええと、恋人、で、す、けど……」
旦那様でもありますが。
なにかとてつもなく、恥ずかしいです。顔が熱いですね……。生ぬるい視線が痛い気がします。
な、なんですか。きいてきたのそっちじゃないですか。
「初々しいですね。出来れば、悪い方に向かないように気をつけていただければ嬉しいですね。うちの旦那様が安眠できます」
「それは、気をつけますけど……。安眠って?
「心配性な旦那様は、英雄が来ただけで不眠症に。来訪者もいると知ってびびって別邸に逃げだそうとしました」
「……」
「え、つかみ所のないと噂の領主様が、ですか? なにを言われてもとらえどころのない笑みでのらりくらりとウナギのようにって領主様が?」
ユウリのどこにいったいびびってるんでしょうね? あたしが恐いってのもわかんないですよ。
あってもない相手なんですけどね。
「色々事情があるんです。勝手に申し上げることはできませんので、なぜか、そうだと思っていただければ」
「……わかりました」
ギュンターさんの笑みで押し切られました。圧が強いですよっ!
休憩は終わりと言わんばかりにその後も夕食込みでしごかれました。
テーブルマナーがそれほど違ってなかったのが幸いです。なお、食事会などは大皿で料理は用意され、給仕の人が盛りつけられるのが正式なのだそうです。
誰がどれを食べるかわからないように、という配慮と聞けば遠い目をしたくなりました。
地味に色んなマナーが血なまぐさいですよ……。それから薄々感じてはいたのですが、女性の地位が低い感じがしました。
階級が上がるほどに自由がない。箱庭で育てて出荷みたいなきれいなお花でいて欲しい、みたいな雰囲気を感じます。
まあ、そこまでゆるふわだとあっという間に追い落とされて大変そうですけど。それも女性の人生が結婚で全て確定するというのが問題そうです。自立した女性というのは認められていない、というか全力で叩かれるという……。
あたしには馴染めそうもありませぬ。
町娘でも不自由もありますけど、働くことは咎められません。逆に働けってことでもありますが。ほどほどの商家の奥方なんてのが一番バランスが良さそうですよ。
世知辛いですね。
でもこれもあまり男性優遇ってわけでもなくて、家族を養う甲斐性は求められるわけです。なお、甲斐性がないと離婚されます。そこはドライでクールでした。
結婚というのも個人間の恋愛の結果だったり、家同士の都合だったり色々らしいですけどね。そこに国が介入することは少ないみたいです。
以前、確認したとおりって感じです。
魔導師だけが例外的に男女平等感があります。だから、魔導師以外との結婚だと価値観の違いにより離婚が多いと聞くと微妙な気持ちになります。愛が重いというのも理由としてはあるそうですけど。
ままなりません。魔導師同士が一番気楽、という感じらしいですね。壮絶な夫婦喧嘩だの痴話喧嘩だの三角関係だの色々あるそうなんですが……。ええとインドア派な人たちではなかったんでしょうかね?
知的なイキモノなはずなんですけど。なぜか、怪獣とかそんな感じのなにかのような気がしています。
まあ、それはともかく王都で相手するのは、階級上位者であることは確定しているわけです。その価値観でこちらを推し量ってくるであろうとギュンターさんに釘を刺されました。
精一杯の接待のつもりなので、むげにすると揉めるなんて言われると微妙な気持ちです。いらないですよ。それ。
いくら、地位も権力も顔も良くても、ふらついたりしません。カリナさんはイケメンにちやほやされるのかぁとちょっとだけ羨ましそうでしたけどね。よく知らない男性に囲まれるのって実際やられると恐怖ですよ……。
まあ、接客で鍛えた曖昧な笑みでごまかしましょう。絶対に言質を与えてはいけません。2人きりとか言語道断です。
げんなりした気分を流すようにお風呂を堪能してきました。
檜っぽい風呂ですよ。この部屋に関しては来訪者の意見を取り入れたとかいってました。
「ふとん! たたみっ!」
自宅では常にベッド生活でしたけど、旅館気分でちょっと楽しくなってきます。カリナさんは慣れた様子で布団を敷いていました。
「やっぱり、懐かしいんですか?」
「そうですね。慣れてますけど、よく来るんですか?」
「ああ、半年に一回、教会のシスターたちと泊まりに来るので。リリーさんのご厚意で、一応寄付扱いです。近く町や村の教会でも年に一回くらいは使っているみたいですね。
そのおかげか近隣の教会では魔導師個人相手ではなにかあっても、魔導協会とはわりと仲良くやってます」
「賄賂?」
「寄付です。慰安、大事です。飲み放題です。とても大事です」
否定はしません。リリーさんもなかなかやりますね。お嬢様だから出来る手なんでしょうけど。
というか飲み放題って……。
「帰ったら三倍汚れてるんですけどねー」
カリナさんは遠い目をしていました。かわいそうな気がして、お手伝いしますか、とかうっかり言ったのが間違いでした。
きらきらした眼で、がしっと手を握られました。
「アーテルさんとはお友達になれると思うのっ」
お友達価格で、無料ってことでしょうか。
「代わりに、買い物つきあってくださいね。それから、話しやすい方で良いですよ。あたしは、これが素なので気になさらず」
「え。そう? わかった」
あっさりと口調が砕けました。まあ、既に崩れかけてましたけどね。
なお、ギュンターさんもご一緒にお泊まりらしいですよ。今、お風呂ですけど。女子会とぼそっと言っていたので、彼女なりに楽しみにしていたっぽいです。
……あのギュンターさんを何かに誘うというのはちょっと難しい気がしますね……。軽く誘って即断られそうというか。
だらしなく布団に転がりながら、カリナさんと他愛もない話をしているうちに眠気が襲ってきました。仕方ありませんねぇと呆れたような声と掛け布団を掛けてくれたのをぼんやりと憶えています。
そして、翌日もみっしりと詰め込まれました……。
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