推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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弟子について

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 熱中すると時間を忘れるのは悪い癖とよく言われていた。
 ゲイルはふと時計を見れば昼も過ぎていることに気がついた。いつもなら、新しい弟子が邪魔しに来るころだろう。
 珍しいと言うより、やっぱりと思うのは少々行動に乱れが出てきたように思えたからだ。

 彼女がぼんやりとする時間が少しずつ増えた。それでもなにか愚痴めいたことを言うわけでもない。
 なにを考えているかよくわからん。
 というのが彼女についての感想だった。年頃の娘をもっていても、その娘すら理解の範疇外なのだからさもありなんといったところだ。

 アーテルと今は名乗る娘は、淡々と日常を送るのはいやではないらしい。さらに勉強したくないなんて言い出したりしない。
 子供のうちに済ますような書き取りも文句を言わずにこなし、発火などという単純作業をさせても苛立つ風でもない。

 習いたてのころというのはとにかく大きな魔法を使いたがるものだ。そんな認識をしていたが、どちらかと言えば厭うようだった。
 単純な、簡単な、人を傷つけないような、そんなものを望んでいる。

 魔導師には全く向いていない性格のように思えた。ただ、能力は高い。実際、それほど苦労なく魔素を扱い制御している。
 書かれたとおりに動かしているというが、言われた通りに魔素を出すのはとても難しい。体の中にあるものをどう認識して、体内を運び、外に出すかということは感覚的なものだ。数値として十と言われても実際、この程度と目に見えるものではない。
 通常は多かったり少なかったりと、発動しなかったり、暴発したりとなかなか穏やかではない。

 本業の魔導師でも初めて憶えた魔法を発動させるのは普通は苦労する。

 彼女は既に異界なりの魔導師的な訓練を終えている。
 ただし、自覚はない。

 あれほどの制御をしているということは、小さい頃に教えて込まれたのだろうと思う。それを憶えていないのはやはりおかしい。
 それをアーテルに指摘してもきょとんとした顔で見返された。なにを言われたのか全くわからないと言いたげな表情に嘘ではないのはわかる。

 不可解だが、それ以上問うても意味はない。この点は、ゲイルは誰にも言わないことに決めた。なにか指摘されれば来訪者だからなんじゃないかとはぐらかす方がいいだろう。

 おそらく、本人が思うほど一般的な生まれはしてない。
 ゲイルはアーテルはそうなのだと納得することにした。来訪者にこの世界の常識を当てはめても良い事はない。本質を見誤って身を滅ぼすものは過去に多くいた。
 若い娘の姿をしていても、甘く見てはいけない。

 魔導師がそれを見誤ることは少ないだろう。魔導師は見た目と実力が乖離していることが通常だ。年齢や性別で実力は判断されることもない。
 そのため、魔導協会も教会もその点はある程度、理解している。それはそれなりに痛い目にあった結果とも言えたが。

 ただ、それ以外の特に王都の連中がわきまえているかというと疑問だ。いいように使えるなどと思われていそうだ。
 ゲイルはリリーの実家の付き合いで貴族の相手もすることがある。ある程度はその方面の教育もされているのでやり方はわかっている。

 おそらく彼女に対しては最悪な対応をする事も予想出来た。魔導師派とも言われるリリーの実家ですら、若い娘というだけでどこかに嫁がせてとか言い出しそうでゲイルも頭が痛い。これ以外でも子供たちの婚約について口出しされているのだから、無言はあり得ない。

 別の方法での友好関係を求めれば良いだけのこと。
 それだけのことが、とても難しい。
 利害の一致ほど安心出来るものはないとゲイルは思う。気持ちや情などと不安定なものに依存して、力を手に入れようなど甘過ぎる。
 甘言を囁けば、贅沢を憶えさせれば、従うなどというものも。

 逆に魔導師はそのあたりがフラットすぎる。血により継承しないので、血縁を求める事も少ない。結婚もすることはあってもお互いに不快であれば解消する事も厭わない。
 魔導師によっては勢いで決めて即別れるということもある。教会に許可を求めるようなものでなければその程度でしかない。

 話を聞いている限りでは魔導師の考え方のほうが彼女の常識に近いだろう。そうだとすれば、乖離は激しい。
 もし、他の誰かに拾われたり、もっと早い段階で王都へ送られていた場合、とっとと国を出ていた可能性が高い。
 それを思えば現状はまだマシな気はした。

 少なくとも誰とも敵対する気も見限りもしない。それが、特定の相手に対する好意のもとに保証されているというのは、とても心許ないが。

「あれも困ったもんだよな」

 ゲイルは思わずこぼす。
 見返りを求めるでもなく、ただ、大切な、大事なものみたいにそこにいるのが嬉しいと言うように笑う。
 そのくせ、嫌われたくないと言う。だから、距離を離したいとか、遠くで良いとか。
 意味がわからない。

 ディレイもどう思っているのかいまいち読めない。おそらく、好きなんだろうが無自覚にかなり近い。

 おかげで全く進展する様子もなかった。
 あるいは進展させる気も無かった。

 ユウリのせいというべきかおかげというべきかで、ディレイはどうにか自覚したようだが。今度は反動がきたような態度で、少しばかり困惑した。
 独占欲なんてあったのかと少々衝撃もあったのだが。恋人らしきものもいたことはあったが、去る者追わずみたいな態度だっただけに違い過ぎないかと。

 ただ、それはディレイ本人でも扱いかねているようで少しばかり面白かった。いつも余裕という態度だった男が、自分の気持ちに翻弄される日が来るとは全く思っていなかった。

 ゲイルは小さく笑って部屋を出た。とりあえず昼食をどうにかした方がいいだろう。

 昼食を適当に作り終わってもアーテルは姿を見せなかった。
 今日はなかなかに深刻のようだ。彼女は内側に抱え込みがちというより、それをディレイに見せたくなかったのだろう。
 大変、めんどくさい。
 ゲイルは諦めて探しに行くことにした。探す場所はそんなにない。リビングにいないなら、外、あるいは自室。

 ゲイルは寒いなとコートも着ずに外に出てきてしまったことを後悔した。彼女のいる場所は決まっているので、すぐに済むから平気だと思ったのだが。

 予想通りの場所で、ぼんやりしているのを見て何とも言えない気分になる。

「アーテルって、ほんと、ディレイの事好きだな」

「は? な、なにを藪から棒にっ!」

 彼女は外にいるときはだいたい同じ場所にいる。倉庫の入り口らしき数段だけの階段のある場所。
 灰皿が残された場所はおそらく、ディレイがよくいた場所だろう。

 泣くようなことは初日以外なかった。
 気にしていないようで、ふと、誰かを捜すようなしぐさをしていることの自覚はなさそうだ。
 リリーにそんな可愛げあっただろうかと思う。ゲイルの知るリリーは常に押すべしと考えていたような気がした。寂しいとか構えとか怒る。
 黙ってなんでもない顔なんてしない。

「なんとなく、痕跡を探してる」

「え、そ、そーですか」

「いつもディレイが座ってたところに座っている」

「ば、ばれてた」

「ばれないと思う方がおかしい。それから、無意識でも指輪弄ってるし」

 がくりとアーテルは肩を落としていた。

「好きで悪いんですか」

「悪くはない。ただ、心変わりしたら最悪なことになるからそこだけちょっとな」

「しません」

「どーかな。世界にはもっと良い男がいるかもよ?」

「いりません」

 彼女の不満顔にゲイルは笑いがこみ上げてくる。良い男がいないんじゃなくて、いてもいらないというのがおかしい。
 王都でどうなるか見物だ。色々取りそろえた優良物件を無視して、選ぶのはただの魔導師だ。
 大荒れするだろう。

「まあ、とりあえず、ひるめしだ。腹が減っているとろくな事考えない」

「あまり空かないんですけどね。ゲイルさんには悪いんですけど、味気ないです」

「……俺だってリリーと食べたいよ」

 あんまりな言いぐさにゲイルは思わず不平をこぼしてしまった。
 彼女は、びっくりしたように目を見開いていた。失言だったとさっさと背を向けた。背後から聞こえた小さく笑う声が久しぶりだと気がつく。
 あまり長く離しておくのは良くなかったとゲイルは今更後悔する。あのときは近すぎて、距離感を見失っているように思えたのだ。

 意図せずに傷つけあう前に少し冷静になるようにと思ったが、どうも期間が長すぎるらしい。

 全くどれほど好きなんだか。
 ゲイルは呆れてしまう。

「先に行くぞ」

「そういえば、ゲイルさんっておはようのキスするんですって?」

「は?」

 思わぬ発言に大きな声を出してしまう。いや、それは、リリーがいればするが。どこでそんな話を?
 振り返るとにやにやと笑うアーテルが見えた。からかう気満々な雰囲気を感じて軽く受け流すことにした。

「リリーがな。俺はしない」

「へぇ? ゲイルさんなら嫌なら断りそうですけどね。普通のご家庭でもするんですか?」

「……するんじゃないか」

 他の家のことなどゲイルは知らない。
 それにしてもいったいどこから、聞いたのか。そんなのリリーかディレイのどちらかだろう。おそらくリリーがうっかり口を滑らした可能性の方が高い。
 ディレイがそれを目撃した恐れがあるのは数年前くらいのことだろう。そのころ、仕事の都合で泊まり込みで工房を使っていたことがあった。あの頃は空き部屋もあったから泊まるにも困らなかった。
 現在、その部屋は色々な不要品に占拠されている。

「ふぅん」

 彼女はゲイルの返答に全く納得してなさそうだった。らぶらぶですねぇなんて呟いているのは黙殺した。
 ゲイルは頭を抱えたい。誰かとそんな話は絶対、したくない。

「お昼ってなんですか?」

「野菜とソーセージ焼いた。あとはいつも通りパンケーキ」

「ちょっと飽きてきましたよ」

「まあ、保存庫が復活したから何かしら増やしても良いんじゃないか? 生肉とか」

「それは楽しみです」

 アーテルはいつも通りのように見えた。
 それにゲイルはほっとしている。女性の慰め方など知らない。リリーは慰める前に色々ぶちまけられるのでただひたすらに宥めていくのだから慰めるとは言わない。
 娘も同じ傾向なので、おそらく血筋だ。

 まあ、ともあれ早く回収しに来ないだろうかとは思っていた。
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