推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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呼ぶ声

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「あー、なんか急に暇」

 ユウリの声にディレイは顔をあげる。
 近頃ユウリの周りは、ひどく静かだ。執務室にも現在、ユウリとディレイしかいない。人の出入りもほとんどなかった。フィラセントですら、他の用事に借りていかれている。
 通常なら夏から秋にかけて各地からきた貴族たちは既に領地へと戻っているらしいのだが、来訪者目当てで居残っているせいでもあるらしい。
 とっとと帰れと呪詛混じりの話がちらりと聞こえて来るほどなのだから、想定を越えて忙しいのだろう。

 結果、今はどうでもいい英雄殿は放置されている。既婚者に全く興味はないらしい。

「ユウリはご機嫌だな」

「ん? まぁね。暇なの久しぶりだから。ローゼがいないのは嫌だけど、認められたのはいいことだからね」

 ユウリはのんびりとそんなことを言いながら、なにかを読んでいる。おそらく、仕事ではない。
 それから、その紙から視線を外し、ディレイはまじまじと見る。

「ディレイは、眠そうだね。それから、ちょっと落ち込んでいるような?」

「夢見が悪い」

 原因は複数あるが、言える理由はこれだけだった。
 この二日ほどは全く別の原因で寝不足ではあるが、それ以前からもよく眠れていなかった。ひどく頭が重い気がしている。

「へぇ? どんな? なんか、全く気にしなそうだと思ってたんだけど」

「子供が出てくるか、憶えていないが薄気味悪いものかどちらかだ」

 子供の夢を見たあとはなにか寂寥を憶える。いないことが、間違っていると思うようなものは普通とは言い難い。
 憶えていない方は夢のあとに遠く、何かが呼んでいるような気さえしてそれもよくない。漠然と帰らねばならないと思うのだが、いったいどこに行くべきなのかすらわかっていなかった。
 ただ、不快なだけのそれは執拗だ。

「……なんか、呪われてる? そういや、前も子供がって言ってたっけ」

「そうだったか?」

「うん。連続して同じ夢を見るってレアな気がするけど、よくあるわけ?」

「……ないな。言われてみれば、おかしい」

「調べてもらったら? アーテルちゃん来てからやっぱり、なんか変ではあるんだよね。まあ、恋人に悪い虫が付きそうなのって落ち着けないと思うけどさ」

「そう思うなら、もう少し自重しろ」

「ん? してたら、きっと今頃、不満顔で結婚式ぶっ潰す計画練ってたよ。いやぁ、やばかった。ぎりセーフ。教会に山ほど積んで正解だった」

「……俺は、一日、支部長捕まえて惚気てたという噂をきいたんだが……」

「あ、それもした。愛している2人を引き離したりしないでしょう? と金貨積んだ」

「えげつない」

「あははは。でなきゃ、今頃、無効宣告喰らってるよ。やだなぁ、いつ法治国家になるのここ」

 さすがに王家とて神意に逆らうようなことは、さすがにしない。国家としてもそれは望むところではないだろう。
 嫌な顔はするであろうが。
 代わりに、黒い目の来訪者がいるから、許されたような面もある。

 つまりは、この面白くない現状はユウリの影響が大きい。そうでなければ、また別の問題はあったのであろうが。

「代わりに、俺が会えないし、置いて帰るのが確定した。何かあったら、覚悟しとけよ」

「こわいなぁ。友情ってもんを裏切らない程度には頑張るよ。でも、俺も人だからそこは許してもらいたい」

「別に無理しろとは言わないが、何かあったら知らせくらい寄越せ」

「おう。そっちも無理すんなよ。顔色が悪い。今日は帰って寝たら? 今日も仕事になんない。アーテルちゃんが帰るまで城内はどこも落ち着かないよ。通常のなにかを期待するだけ無駄」

「そうする。1人でも平気か?」

「子供じゃないし、外に護衛いるだろ」

 今までの神経質なまでの監視と比較するとザルのようだ。
 席を立ち、ふとユウリの空のマグカップに気がついた。面倒だなと思いながらも、ひとり分新しく用意した。

「へ? ありがとう」

 それに少し驚いたようでユウリは目を丸くしていた。
 言われる前になにかをするというのはディレイにしては珍しい。ただ、これについては変にお茶をいれるという行為に興味を持たせないためでもある。
 犠牲者にはなりたくない。だいたい、最初のうちはひどい味になるし、進歩しないものは進歩しない。

「あのさ、即効、効果覿面な手段があるとしたら、それを選ぶ?」

「場合による。穏便に済ませたい、それが彼女の考えだ」

「それもなぁ。ま、なにかあったら、すぐ戻ってくるような心づもりはしといて」

「なにを考えているんだ?」

「ないしょ。ま、これ使ったらもうこの国おしまいだなぁって感じのヤツ。じゃ、おやすみ」

「誰もいないからと羽目を外しすぎるなよ」

「わかってるって」

 ディレイは信用ならない笑みを見なかったことにした。ユウリは一人になってなにか始めるだろう。こんな機会滅多にない。
 まず、ローゼもフィラセントもユウリを一人にさせない。単独行動をさせて色々懲りた結果とも言える。

 ディレイの場合には巻き込まれる可能性が高いのだから、気がつかなかったふりをしたほうがいい。
 そこまでつきあってやるほど、余裕もない。
 そうして、部屋に戻って横になったはずだった。


「やあ、久しぶり」

 眠りに落ちたはずが、目の前に白い空間が広がっていた。その中に不可解な事に部屋がぽつんとある。部屋の壁半分がない部屋を部屋といっていいのかはわからないが。
 畳、ちゃぶ台、障子など存在は知っていてもあまり見ないものが置いてあった。四角の箱は確かTVとか言うらしい。

 それ以外はやはりどこも白い。現実ではあり得ない。どこかに強制的に連れて来られたのだろう。眠りに入る直前とはいえ抵抗さえさせずに行った手腕は、かなりのものだ。

 視線を部屋に再び向ければディレイと同じくらいの年の青年が座っていた。穏やかそうな表情とは裏腹になにか緊張でもしているようで、手が見えない。
 あの手はよくないものだとなぜか思った。

 そして、知っているとも。

「初めまして。ツイ様?」

「お。憶えてた。ちょっと自信なかったんだよ。特徴とか全然教えてないとかひどいよね? 何はともあれ、おまえ誰だとか言われて攻撃されなくてよかった。
 それにしてもなぜ、そっちの世界の魔導師って好戦的なの? 頭脳労働者がすぐ攻撃しかけるとか意味わかんない」

「そういわれても……」

 アリカにも同様のことを言われたような気はする。
 おそらく別のものに同様のことをされた場合、何かしらの行動には出たとは思う。異常事態で、状況の進展を待つ方がまずいこともある。

 現在のこの状況は青年の支配領域に招かれたということ。あきらかに敵対的と見なして良いことだと思うのだが、この青年にとっては認識は違うようだ。

 ここにはディレイの知っている感じのものがなにもない。空気中の魔素もなく、干渉可能なものはあるように思えなかった。
 物理的に押し込めそうな気もしたが、それも無駄な気がしている。武装解除されて落ち着かないというのはこういう状態なのかと思う。

 青年は小さく息をついてからにこりと笑った。人によく似たものにぞくりとする。
 気配を抑えているが、これは人ならざる程度ではなく、異界の神に等しいもの。
 これと付き合いがあるというなら、アリカの家系や血統が普通ではない。なぜ、自己認識が普通の一般的なとなっているのか矛盾がある。

「ま、座って。今日は特別にアリカが好きだったチョコレートを用意したんだ。
 子供の頃はこの板チョコ。今はこっちの高級なのが好きなはず。飲み物はどうしようか。珈琲とかいける?」

「飲めますが、ミルク多めで」

「そっちではメジャーじゃないんだよね。じゃ、用意する」

 彼はぱちんとなにかの機械のスイッチを入れている。
 今すぐになにかされるわけではなく、それなりにもてなしをするつもりはあるようだ。とても意外だが。
 ディレイは靴を脱いでちゃぶ台の前に座る。今頃、服装がいつものと認識しているようなものであったことに気がついた。夢の延長のような気がしていたのだが、パジャマではないらしい。
 座った畳からは刈りとったあとの草のような匂いが少しする。それもすぐに香ばしいような匂いに消された。

「イルガチェフの良いのが入ったんだよ。普通のモカも悪くないけど。一口目くらいはそのまま飲んでみて」

 いつの間にかカップが用意されていた。白地に青で草のような文様を描かれたカップは繊細で、なにかこだわりがありそうだった。
 珈琲はリリーが好んでいたなとふと思い出す。たまに輸入品でやってくる生のマメを地味に煎っていた。
 その珈琲は奇妙な味がした。

「あ、やっぱり無理か。ミルクどうぞ。砂糖入れてもいいよ。僕は寛大なんだ」

 表情に出さないつもりでも察したのか青年が笑って言う。そして、ちゃぶ台にいつの間にかミルク入りの瓶と砂糖の入ったもの存在している。
 それを入れても妙な味は妙な味だった。

「普通に麦茶にすれば良かったかな。ま、珍しいもの飲んだと思って。
 この状況について説明しようか」

 青年は板チョコと言ったものを半分を割ってその半分をディレイに渡す。
 溶けやすいから気をつけてと言って、彼は小さく割って口に放り込んでいた。しばしそれを見ていたが、溝があってそこから割れるようだ。
 小さく割って、口に入れてみる。

「甘い」

「これで機嫌が直ったんだよね。ああ、懐かしい。あの頃は可愛かった」

 遠い目をしてつぶやくそれはおそらく独り言なのだろう。
 甘く蕩けるチョコレート。
 苦みさえもないそれはほのかに彼女の好むココアの味と似ている。

「今はご褒美チョコ。あ、二つずつね。どれがいい? 僕はね、このピスタチオが好きなんだ」

「……どれでも。わからないから」

「これの食べ方の正解がいつもわからない」

 厳かに告げるような内容ではないが、半分ずつ囓っていた。
 状況説明をすると言いながらも始めないのだから、その話はあまりしたくないのだろう。その気になるまで待つことにした。

 分け前として二つコロンとやってきたチョコレートは、大きなキャンディのように包まれたもの。中身は白い球体だった。

「アリカがようやく僕の話をしてくれたからね。お邪魔してみた。さしずめ、夢の中、みたいなところかな。
 こっちの管理者に邪魔されるのも嫌だから、さっさと済ますよ。やつらもなに考えてるんだか」

 口に入れたタイミングを見計らうようにツイが言い出した。口を挟むなという意図のような気がして黙って肯いた。
 それ以前に、一口で食べるものではなかった気がする。噛み砕けば甘くて、苦い。

「まず、名乗ろうか。僕はツイ。長い名前の一部になるけど、偽名を使わない誠意はわかってくれるよね?」

 この世界において薄れてきたとしても、名前の魔法はまだ生きている。名付けられぬものは人にあらずとされ、生まれて最初に名を呼ぶ儀式が残っているくらいだ。
 相手が名乗った場合に限りある種の利用が可能になる。そのため、なにも知らないような人に伝えることと魔導師相手に言うことではかなり意味合いが異なった。
 だが、実力差がありすぎるともはや効果はない。名を知ったところで、ディレイに出来ることなど、かすり傷程度、多少の時間稼ぎくらいだろう。

「名前を聞いても良いかな?」

「暴けるのではないか?」

「そんな不作法、アリカじゃあるまいし、しないよ。あれは相互に関連が出来てまずいんだ」

「エリック」

「……度胸あるよな。まあ、いいけど。誠意として受け取っておこう」

 苦笑しながら、青年はもう一つのチョコレートを囓った。

「一つ、とっても大事な忠告がある。
 おそらく、アリカが保存している黒い手紙には絶対触れないこと。粘着質の魔法使いが、まぁだ、諦めてないんだよね。現地人が触ると場所特定されて渡ってくる可能性はある」

「店長?」

 時々、アリカが嫌そうに話題にあげる向こう側の人物。決して、名を呼ぶことはない。付き合いは長いが、あまり好きではなさそうだった。
 ただし、嫌い、でもないらしい。正確には嫌いになる前に、何らかの対応をしてくるからたちが悪いと言っていた。結果、ディレイにとっては完全に嫌な人物として記憶されている。

「そーそー。アリカの名誉のために言うけど、なにもさせてないし、雇用上の関係しかないよ。アリカにとってはね」

「相手にとってはそうじゃなかった?」

「そう。嫁とか勘弁してくれ。あれとつきあう気はない。ただの相棒なら良いと思うけど、そうなる可能性は極めて低いからね。あれは大変めんどくさいヤンデレ。アリカはなぜかああいうのに好かれる。
 ……違うよな? ま、まさか」

「他の男がといわれたら少し自信はない」

 アリカの場合には閉じ込めたって自力で出た後、説教されそうな気はする。大人しくその場にいるということはないだろう。最後は、仕方ないですねと許してくれそうな感じではある。
 どう考えてもアリカはディレイに甘過ぎる。この間だって、すぐに許してしまっていた。甘い毒のように特別ですからねと囁く。

「あ、それは大丈夫。良かった。監禁とかしゃれにならないなー。どっちかというとアリカの方がしそうなのが問題」

「え?」

「いや、こっちの話。あの子も振り切れるとなにするかわかんないんだよな……」

 誤魔化すような笑いに問いかけようとするとそれを遮るように青年は、言い出した。

「あ、あと、もう一つ面倒なお願いがあるんだっ!」
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