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死体が足りません
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旦那様の領地にあるお屋敷に来て、一週間。
私には人生上で一番快適な一週間だった。何しろ、不定期に思いついたら行われるお爺さまと伯父様の地獄の特訓がない上に、貴族の令嬢として淑女のふりもしなくていい。もうすぐ到着するらしい『坊ちゃまの奥様』の護衛として、偶に鍛錬する他は、美味しい三食と怠惰なる昼寝ができる日々は、旦那様と白い結婚をして本当に良かったとしみじみ思うばかりで。いや、貴族の令嬢としては悩む所なのだろうけれど。白い結婚を言い出した旦那様が責任を持って、跡継ぎとかは何とかするべきだろうと個人的には思う。
因みに、このお屋敷には初日に出会ったふくよかなご婦人はお屋敷を取り仕切る家政婦さんで、昔は『坊ちゃま』の乳母をしていたらしい。他には乳母の息子だという若い執事と、最低限の使用人がいるだけで。お屋敷の規模の割には、人数が少ない。それとなく聞けば、殆どの部屋は使われずに締め切られているらしい。後、未だにここがどこなのか解らないけれど、裏門からなら近くにある小さな村へ行けるらしいことはアニーが侍女仲間から教えて貰って解った。ただ小さな村らしいので、辿り着いてもこの領地について詳しいことは訊けそうもない。
食料等は、少し遠くの町から一週間に一度馬車で運ばれてくるらしい。馬車が食料を運んで来る時に、少しお金は掛かるけれど、ついでに私用の品を次回買って来て貰うことも可能で。村で購入するより良い物が手に入るために、若い侍女たちが良く使うらしい。さっそく同輩と仲良くなったアニーが自慢げに報告してきたのが思い出される。私は残念なことに、初日にもの凄い形相でアニーを背負ってきた為か、未だに遠巻きに見られていて。悪役顔で遠巻きにされていた学園時代を思い出されて、枕を涙で濡らしたのは言うまでもない。
今週分の食料の搬入を手伝っていると、じと目をしたアニーが現れる。今朝の彼女は、ご機嫌斜めらしい。彼女の目線は、私の首筋に向けられていて。大きなため息をつくと、地の這うような声でアニーは言う。
「お嬢様、本当に髪を切られたんですね。お綺麗でしたのに」
アニーは彼女に相談もせずに、私が肩口で揃えた髪型にしてしまったことが、ご不満らしい。
しかし、違う役割になったのなら、どうせなら違う自分になりたいと思うのが人情というものではないだろうか。
「奥様の仕事をする必要がないし、軽くていいでしょう」
つんと唇をとがらせくるりと回ってみせると、アニーの口から呆れたような大きなため息をつく。
「そういう問題ではありません。アニーは、アニーは、旦那様と奥様と坊ちゃまに何とお詫びすれば良いか」
アニーは顔を手で覆って肩を小刻みに震わせているが、よよよと泣いてみせる声は嘘泣きなのは明白で。口の中で主人に敬意を払う気が全くない使用人に向かって罵思う存分呟いた後、心を落ち着かせて淑女の澄ました顔を作る。
そして、
「お父様はともかく、お兄様は気にしないと思うけど。お母様にいたっては面白がると思う、絶対に」
と、言えば、アニーは途端にげんなりした顔をする。私の言葉で、彼女の脳裏に浮かんだ光景はいったいどのようなものだったのだろうか。何となく想像できるだけに、私も拳を口元に当てて何ともいえない顔をする。
「うう、ものすごく想像できます」
予想通りだったらしい。
「でしょ。なら、諦めめなさい」
と、話は終わりと言わんばかりに手を振ると、アニーは渋々離れる。今夜からお屋敷のどこかで幽霊としてデビューしてもおかしくないおどろおどろしい顔をしたアニーを残して、もう一度馬車の荷物を受け取りに行く。点と線で出来た素朴な顔をした馬車の御者はニコニコすると、荷物運びは殆ど終わってしまったよと紙束を渡してくる。紙束は王都の新聞で。馬車から離れた後、王都に何か変わりがないかしらと思いながら新聞を読むことにする。
すると、ここに来てから一週間分の新聞には興味深い記事が三つほどあった。
一つ目は、王都にて目も覆うばかりの残虐な殺され方をした顔のない死体が二体見つかったこと。
二つ目は、あの卒業パーティーの時に婚約者と一緒に私を糾弾した名門貴族の子息が、とある男爵令嬢の為に決闘をして相打ちで二人とも死亡したこと。
三つ目は、私と侍女が卒業パーティーの帰り道で行方不明になった噂があること。記事の中では、実家から発表はないが顔のない死体が行方不明になった私と侍女だと断定されていた。
とりあえず、一見すると繋がりのない記事だけど、並べてみると『私』という人物を中心に何か起こっているように見える。とは言え、三つ目の記事以外は私には全く身に覚えはないけれど。実家で大騒ぎになってないと良いけれど、身動きできない以上何もできなくて。少なくとも最新に近い新聞は手に入るようだし。もしかしてここで安楽椅子探偵でも開業した方がいいのかしらと思い始めた。アニーに言ったら最後、一笑に付されてしまいそうだけれども。
一応、優美で繊細な美貌な癖に脳筋な我が兄よりは、知恵が回るとは自負しているのだ。
新聞を広げてうんうん唸っていると、執事さんに声を掛けられる。眉ねに出来た皺を緩め「随分、最新の新聞が手に入るんですね」と訊けば、彼は少し顔色を悪くする。どうやら訊かれたくないことだったらしい。ということは、私たちは時間を掛けて馬車で来たけれど、もしかすると汽車が近くを走っているのかもしれない。
彼らは何を隠していて、何が本当なのだろうか。
その晩、考えすぎた私は知恵熱を出す羽目になったのだった。
それにしても、旦那様。私と侍女はいつのまに殺されたのでしょうか。
私には人生上で一番快適な一週間だった。何しろ、不定期に思いついたら行われるお爺さまと伯父様の地獄の特訓がない上に、貴族の令嬢として淑女のふりもしなくていい。もうすぐ到着するらしい『坊ちゃまの奥様』の護衛として、偶に鍛錬する他は、美味しい三食と怠惰なる昼寝ができる日々は、旦那様と白い結婚をして本当に良かったとしみじみ思うばかりで。いや、貴族の令嬢としては悩む所なのだろうけれど。白い結婚を言い出した旦那様が責任を持って、跡継ぎとかは何とかするべきだろうと個人的には思う。
因みに、このお屋敷には初日に出会ったふくよかなご婦人はお屋敷を取り仕切る家政婦さんで、昔は『坊ちゃま』の乳母をしていたらしい。他には乳母の息子だという若い執事と、最低限の使用人がいるだけで。お屋敷の規模の割には、人数が少ない。それとなく聞けば、殆どの部屋は使われずに締め切られているらしい。後、未だにここがどこなのか解らないけれど、裏門からなら近くにある小さな村へ行けるらしいことはアニーが侍女仲間から教えて貰って解った。ただ小さな村らしいので、辿り着いてもこの領地について詳しいことは訊けそうもない。
食料等は、少し遠くの町から一週間に一度馬車で運ばれてくるらしい。馬車が食料を運んで来る時に、少しお金は掛かるけれど、ついでに私用の品を次回買って来て貰うことも可能で。村で購入するより良い物が手に入るために、若い侍女たちが良く使うらしい。さっそく同輩と仲良くなったアニーが自慢げに報告してきたのが思い出される。私は残念なことに、初日にもの凄い形相でアニーを背負ってきた為か、未だに遠巻きに見られていて。悪役顔で遠巻きにされていた学園時代を思い出されて、枕を涙で濡らしたのは言うまでもない。
今週分の食料の搬入を手伝っていると、じと目をしたアニーが現れる。今朝の彼女は、ご機嫌斜めらしい。彼女の目線は、私の首筋に向けられていて。大きなため息をつくと、地の這うような声でアニーは言う。
「お嬢様、本当に髪を切られたんですね。お綺麗でしたのに」
アニーは彼女に相談もせずに、私が肩口で揃えた髪型にしてしまったことが、ご不満らしい。
しかし、違う役割になったのなら、どうせなら違う自分になりたいと思うのが人情というものではないだろうか。
「奥様の仕事をする必要がないし、軽くていいでしょう」
つんと唇をとがらせくるりと回ってみせると、アニーの口から呆れたような大きなため息をつく。
「そういう問題ではありません。アニーは、アニーは、旦那様と奥様と坊ちゃまに何とお詫びすれば良いか」
アニーは顔を手で覆って肩を小刻みに震わせているが、よよよと泣いてみせる声は嘘泣きなのは明白で。口の中で主人に敬意を払う気が全くない使用人に向かって罵思う存分呟いた後、心を落ち着かせて淑女の澄ました顔を作る。
そして、
「お父様はともかく、お兄様は気にしないと思うけど。お母様にいたっては面白がると思う、絶対に」
と、言えば、アニーは途端にげんなりした顔をする。私の言葉で、彼女の脳裏に浮かんだ光景はいったいどのようなものだったのだろうか。何となく想像できるだけに、私も拳を口元に当てて何ともいえない顔をする。
「うう、ものすごく想像できます」
予想通りだったらしい。
「でしょ。なら、諦めめなさい」
と、話は終わりと言わんばかりに手を振ると、アニーは渋々離れる。今夜からお屋敷のどこかで幽霊としてデビューしてもおかしくないおどろおどろしい顔をしたアニーを残して、もう一度馬車の荷物を受け取りに行く。点と線で出来た素朴な顔をした馬車の御者はニコニコすると、荷物運びは殆ど終わってしまったよと紙束を渡してくる。紙束は王都の新聞で。馬車から離れた後、王都に何か変わりがないかしらと思いながら新聞を読むことにする。
すると、ここに来てから一週間分の新聞には興味深い記事が三つほどあった。
一つ目は、王都にて目も覆うばかりの残虐な殺され方をした顔のない死体が二体見つかったこと。
二つ目は、あの卒業パーティーの時に婚約者と一緒に私を糾弾した名門貴族の子息が、とある男爵令嬢の為に決闘をして相打ちで二人とも死亡したこと。
三つ目は、私と侍女が卒業パーティーの帰り道で行方不明になった噂があること。記事の中では、実家から発表はないが顔のない死体が行方不明になった私と侍女だと断定されていた。
とりあえず、一見すると繋がりのない記事だけど、並べてみると『私』という人物を中心に何か起こっているように見える。とは言え、三つ目の記事以外は私には全く身に覚えはないけれど。実家で大騒ぎになってないと良いけれど、身動きできない以上何もできなくて。少なくとも最新に近い新聞は手に入るようだし。もしかしてここで安楽椅子探偵でも開業した方がいいのかしらと思い始めた。アニーに言ったら最後、一笑に付されてしまいそうだけれども。
一応、優美で繊細な美貌な癖に脳筋な我が兄よりは、知恵が回るとは自負しているのだ。
新聞を広げてうんうん唸っていると、執事さんに声を掛けられる。眉ねに出来た皺を緩め「随分、最新の新聞が手に入るんですね」と訊けば、彼は少し顔色を悪くする。どうやら訊かれたくないことだったらしい。ということは、私たちは時間を掛けて馬車で来たけれど、もしかすると汽車が近くを走っているのかもしれない。
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