129 / 140
八頁 愛国のナスタチウム
今でも貴女を(sideエヴェイユ)
しおりを挟む
目の前にはもう会うつもりのなかった元婚約者がいる。私に向ける忠誠心も愛情も何一つ変わっていない様子に安堵しました。まだ私は彼女の中にいるのだと。
「本当にあなたは変わっていませんね」
「………殿下もお変わりないようで安心いたしました。……それで、アクナイト公子が仰っていたのはどういうことなのでしょう。彼は……」
「ティアーナ。シュヴァリエ公子が憎いですか?」
その問いにティアーナは答えない。でも私にはわかります。彼女は今も彼を憎んでいると。そうでなければあんな激情を彼にぶつけるはずはありません。
「私も憎いですよ。シュヴァリエ公子が」
「……殿下?」
さて、あの件は少し長くなりますね。とはいえ私たちが引き裂かれたという事実は変わりませんから今更知ったところでどうなるというものでもありませんが彼女には知る権利がありますよね。
「どこから話しましょうか。あの件は確かに貴女と私の婚約を解消させ、そしてナスタチウム一家はこのアーダへと亡命せざるを得ない事態となりました。そしてその容疑者、いえ黒幕がシュヴァリエ公子であることもご存じでしょうが……王家の調べでは少し違う事実が浮かんできたのです」
「違う事実ですか?」
「ええ。その結果王家はこの事態に関しての詳細は公表せず沈黙を選ばざるを得ませんでした」
私は当時の出来事の裏について話して聞かせました。話が進むにつれてティアーナの表情には苛立ちと悔しさが滲んでいきます。当然ですね。これまで憎しみを抱いていた相手が結果として自分たちの命を救っていたなんて。
「……王家の皆様が調べてそのような内容でしたのなら私から申し上げることはございません。しかし、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、その事件でアクナイト公子が容疑者として浮上したのでしょう?」
彼女の疑問はもっともだ。当時彼から好感情を向けられた記憶はありません。しかし公爵家に全く馴染んでおらずご機嫌取りに必死だった彼がこちらに殺しを差し向けるだけの人脈や権力、手段があったとは思えません。にもかかわらず当時わずか九つの子どもが容疑者として浮上しました。違和感を感じないほうがおかしいのです。
「私にもわかりません。ですから陛下をはじめ王家の者たちはもちろん公爵家の当主たちでさえもこのことに疑問を抱いていたのです。しかしそれ以上はどれだけ調べてもその経緯を探ることはできなかったのですよ」
何とも情けないものですね。ツヴィトークに害を及ぼす存在が潜んでいるかもしれないというのにその尻尾すら捉えられないとは。あの一件で私とナスタチウム一家の命を狙っていたという一味のスケープゴートにされたのだろうことはわかる。しかしだからこそ疑問がわきます。なぜ、シュヴァリエ公子だったのか。そこが判明すれば黒幕の正体も自ずと絞られると思うのですが……。
「……あの事件にはさらに裏がある、ということですわね。もしや殿下と私に刺客を差し向けようとしていた者は今回の事件の犯人と同じなのですか?」
さすがの察しの良さですね。あの事件さえなければ、彼女は私の隣でその能力を遺憾なく発揮しながら笑ってくれたのかと思うと……本当にシュヴァリエ公子が憎くてたまりません。たとえスケープゴートにされたのだと理解していても彼が一切関与していないという証拠もないのですから。もっとも今の彼なら案外すぐに真相を解明してしまいそうですけどね。元公爵夫人から毒を盛られて以来、彼はどこか変わった。それどころか彼を使う方が物事が好転するようですから、本当に困りものですが。それでも憎しみのほうが強いのは事実。ですからシュヴァリエ公子には、彼が自分の無実を証明するまでは恨ませてもらうとしましょう。
「殿下?」
「ああ。失礼しました。少なくとも私たちはそう考えています」
「そうですか。……私にできることはありますか?」
「……アストラに力を貸してあげてください。あれは少々困った性質を持ってはいますが間違った選択はしない人ですから」
「……御心のままに」
そう言って私に跪く彼女があの頃私に忠誠を捧げた姿に違いはなく、私は自然と笑みを浮かべる。彼女は聖女でありすでに婚約が解消されてしまった身。もう二度と彼女と道が交わることはないのでしょう。それでも私は一人の男として——今でも貴女を愛していますよ。
・・・・・・・・・・・
次回から『九頁 愛憎のヒガンバナ』が始まります。お楽しみに♪
「本当にあなたは変わっていませんね」
「………殿下もお変わりないようで安心いたしました。……それで、アクナイト公子が仰っていたのはどういうことなのでしょう。彼は……」
「ティアーナ。シュヴァリエ公子が憎いですか?」
その問いにティアーナは答えない。でも私にはわかります。彼女は今も彼を憎んでいると。そうでなければあんな激情を彼にぶつけるはずはありません。
「私も憎いですよ。シュヴァリエ公子が」
「……殿下?」
さて、あの件は少し長くなりますね。とはいえ私たちが引き裂かれたという事実は変わりませんから今更知ったところでどうなるというものでもありませんが彼女には知る権利がありますよね。
「どこから話しましょうか。あの件は確かに貴女と私の婚約を解消させ、そしてナスタチウム一家はこのアーダへと亡命せざるを得ない事態となりました。そしてその容疑者、いえ黒幕がシュヴァリエ公子であることもご存じでしょうが……王家の調べでは少し違う事実が浮かんできたのです」
「違う事実ですか?」
「ええ。その結果王家はこの事態に関しての詳細は公表せず沈黙を選ばざるを得ませんでした」
私は当時の出来事の裏について話して聞かせました。話が進むにつれてティアーナの表情には苛立ちと悔しさが滲んでいきます。当然ですね。これまで憎しみを抱いていた相手が結果として自分たちの命を救っていたなんて。
「……王家の皆様が調べてそのような内容でしたのなら私から申し上げることはございません。しかし、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、その事件でアクナイト公子が容疑者として浮上したのでしょう?」
彼女の疑問はもっともだ。当時彼から好感情を向けられた記憶はありません。しかし公爵家に全く馴染んでおらずご機嫌取りに必死だった彼がこちらに殺しを差し向けるだけの人脈や権力、手段があったとは思えません。にもかかわらず当時わずか九つの子どもが容疑者として浮上しました。違和感を感じないほうがおかしいのです。
「私にもわかりません。ですから陛下をはじめ王家の者たちはもちろん公爵家の当主たちでさえもこのことに疑問を抱いていたのです。しかしそれ以上はどれだけ調べてもその経緯を探ることはできなかったのですよ」
何とも情けないものですね。ツヴィトークに害を及ぼす存在が潜んでいるかもしれないというのにその尻尾すら捉えられないとは。あの一件で私とナスタチウム一家の命を狙っていたという一味のスケープゴートにされたのだろうことはわかる。しかしだからこそ疑問がわきます。なぜ、シュヴァリエ公子だったのか。そこが判明すれば黒幕の正体も自ずと絞られると思うのですが……。
「……あの事件にはさらに裏がある、ということですわね。もしや殿下と私に刺客を差し向けようとしていた者は今回の事件の犯人と同じなのですか?」
さすがの察しの良さですね。あの事件さえなければ、彼女は私の隣でその能力を遺憾なく発揮しながら笑ってくれたのかと思うと……本当にシュヴァリエ公子が憎くてたまりません。たとえスケープゴートにされたのだと理解していても彼が一切関与していないという証拠もないのですから。もっとも今の彼なら案外すぐに真相を解明してしまいそうですけどね。元公爵夫人から毒を盛られて以来、彼はどこか変わった。それどころか彼を使う方が物事が好転するようですから、本当に困りものですが。それでも憎しみのほうが強いのは事実。ですからシュヴァリエ公子には、彼が自分の無実を証明するまでは恨ませてもらうとしましょう。
「殿下?」
「ああ。失礼しました。少なくとも私たちはそう考えています」
「そうですか。……私にできることはありますか?」
「……アストラに力を貸してあげてください。あれは少々困った性質を持ってはいますが間違った選択はしない人ですから」
「……御心のままに」
そう言って私に跪く彼女があの頃私に忠誠を捧げた姿に違いはなく、私は自然と笑みを浮かべる。彼女は聖女でありすでに婚約が解消されてしまった身。もう二度と彼女と道が交わることはないのでしょう。それでも私は一人の男として——今でも貴女を愛していますよ。
・・・・・・・・・・・
次回から『九頁 愛憎のヒガンバナ』が始まります。お楽しみに♪
602
あなたにおすすめの小説
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
拗らせ問題児は癒しの君を独占したい
結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。
一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。
補習課題のペアとして出会った二人。
セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。
身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。
期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。
これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる