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一頁 覚醒のロベリア
15話 学園へ
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「フェイバースパイダーに気に入られることだ」
…………はい?
うん、何か幻聴が聞こえた気がするけど、気のせいだよな。そう、気のせい気のせい……。
「すみませんもう一度いいでしょうか」
「フェイバースパイダーに気に入られることだ」
……。
何その無理ゲー。そんなの機嫌損ねたら俺の頭と体が永遠にお別れすることになるやつじゃん。
「他の方法はないのでしょうか」
「ないな/ございませんね」
揃えて即答するな主従! どうしよう……いくら乾燥させても花は生ものだ。枯れもするし萎れもする。前世のようにそこらの店に行けば保存可能な物品がいくらでも置いてあるような世界じゃない。あったとしてもきっと貴重で絶対に高い。金は充分にあるけど、そんな貴重な物を一公爵家で独占することはできないだろう。
かと言って眷属に気に入られろというのも相当無茶な話だ。何が逆鱗かわからない上、もし失敗すれば十中八九命はない。そんな危なすぎる賭けに俺が出れるかというと……無理の一言に尽きるんだよな。
「そうですか。ではそのフェイバースパイダーが生息している場所を教えていただけますか?」
「……お前、本当にやる気か?」
「念のためです」
「…………はあ。この辺りならアベリア山での目撃情報が残っている。もっともそこでの記録は建国以来五回もないから遭遇する確率は極めて低いがな。アベリア山以外だと他国になるから行くのは余計に難しくなるだろう」
それは実質アベリア山以外じゃ遭えないってことじゃねえか。しかも確率もSSR並みとかほぼ詰みでしょ。ちょっと入手難易度が前世なんかと比べるのも烏滸がましい次元ってどうよ。前世の難易度なんて近くの百均に行くという難易度とも呼べないレベルなんですが。アベリア山自体は遠くないないんだけど、そこから先が無理難題だ。
……うん、後で考えよう。
「わかりました。ありがとうございます。それからダズル、部屋の準備が整い次第、手の空いている人間を俺のところに寄越してくれ」
「かまいませんが、お部屋のお引越しでもなさるのですか?」
「荷物運びって言えばそうだが、引っ越すわけじゃねえ。必要以上に重いわけでもないから女性でも大丈夫だ」
「承知いたしました。何人かの使用人を坊っちゃまのお部屋へ向かわせます」
「ああ。……そうだダズル、紙とペンを寄越せ」
「……こちらに」
用意がよろしいことで。なんで持っているのか知らんけども助かった。
俺は渡された紙に書き込んでいき、それをダズルへと返した。
「坊っちゃま、これはなんでしょうか?」
「部屋の内装の指示書だ。細かく言うのは面倒だからな。それの通りにやってくれ」
「これはまた随分と細かい指示ですな」
「できないのか?」
「……かしこまりました。ご指示通りに用意させます」
「ああ。……それでは公爵、私はこれにて失礼します」
俺は一礼をして自室へ向かった。
「お帰りなさいませシュヴァリエ様」
部屋に入るとちょうどサリクスが本の整理をしている最中だった。うんかなり量があるから結構重労働だよな。……マジでごめん。用事も済んだし手伝います。というか部屋の散らかりは俺のせいなので本来は俺がやらねばいかんことなんです。変な風にこき使ってごめんなさい。
そう思って残りの本をどかそうと手を伸ばすとサリクスの慌てたような声が飛んできた。
「ああ! そういうことは私の仕事です。シュヴァリエ様は朝食をお召し上がりになってください」
……あ、そういや朝ごはんまだだった。部屋のことで頭がいっぱいですっかり忘れていたや。
いやでも全部サリクスにやらせるというは違うだろ。いくら使用人でもさ、だいぶ無理言っている自覚があるからやりますよ。
「構うな。本来は俺のものだ。自分のものくらい自分で片す」
「シュヴァリエ様……」
結構手間だったろうに、俺の指示通りに重ねないで置いてくれている。ほんと素晴らしいねえ。
それにしてもまさか保存シートの確保にあんなふざけた試練が待ち構えているとは思わなかった。まじでどうするのさ。この世界にも転移魔法陣は存在するからそれを使えば移動の時間は大幅に短縮できるけど、使用許可が必要な上に一度は自力でアベリア山に赴く必要がある。
そうなると今度は授業どうするって話になるんだよな。休日が週に一日しかないこの国では必ず授業に出られない日が出てくる。できればこれ以上休むのは避けたい……。
……。
問題だらけじゃねえかよ。大量に作った押し花どうしよう。もうすぐ吸水紙を交換した方がいい花とかあるんだけどな。
「はあ……」
「だいぶお悩みのようですが、どうなさいましたか?」
「いや、この本の下にあるのは生の花だから保存をどうしようかと思ってな」
「保存、ですか……」
本を運んでいたサリクスが首を捻り、何かを考え始めた。
「……でしたら魔塔の主にご相談なされてはいかがでしょう?」
「……アレに相談、ねえ?」
「うっ……シュヴァリエ様があの方を苦手とされているのは存じていますが、いちばんの近道なのは確かですよ~」
……それはその通りなんだよな。ぶっちゃけそれが一番早いのは俺も理解している。そもそも転移魔法陣の使用許可を下すのは奴だから、アベリア山に行くのならどの道接触は不可避ということもわかっている。……が、正直会いたくないというのが俺の感想でして。
「そんなにお嫌いですか」
「面倒なだけだ」
とか言いつつ結局行くことになるんだろうな……。くそ、保存シートひとつでこんなに頭を悩ます羽目になるとは思ってもみなかったっつーの!
…………とりあえず目下の問題は、俺の視界に入っている大量の押し花の保存をどうしようかということなんだよな。シートに関しては多分絶対的に時間がかかる案件なので、ひとまず枯死の進行を遅らせる方法から模索するしかない。それ系の魔法陣ならありそうだ。それでも魔塔の力を借りることになるんだけどね。
「……様。……ヴァリエ様。シュヴァリエ様!」
「あ?」
考え込んでいた俺にサリクスが声をかけてきた。結構飛ばしていたらしい。
「そろそろお食事を召し上がっては如何でしょう」
「いや、まだ大丈」
言い終わる前に間抜けな鳴き声がかなりの音量で響いた。もちろんそれは俺の腹の虫で……。
「……」
「……」
「…………食うわ」
恥っず! いくらなんでもタイミング良すぎだろ。こんな盛大に腹鳴らしたのなんていつぶりだよ! ああ、サリクスの視線が痛い気がする。こいつだって初めてだろ。あのシュヴァリエがこんな醜態を晒す日が来るなんて想像すらしたことないだろうな。俺だってないわ、自分のことだけど。
いそいそと食事を始めた俺は横から時々横から飛んでくる視線に全力で気付かない振りをしていた。
くそ、サリクスの奴、笑いたけりゃ笑えよ! 無言で生温かい視線向けられる方が痛いんだよ!
「……サリクス」
「申し訳ありませんっ……」
うん、全力で抑えているけど肩震えているの丸わかりだからな!
やや不貞腐れながら食事をすること数十分。押し花の整理ですっかり冷め切った朝食を食べ終え、俺は書き物を始めた。その時食器を下げるため部屋を出ようと扉を開けたサリクスが声を上げた。同時にやや呆れたようなダズルの声が聞こえてくる。
「サリクス。いくら驚いたとしても、もう少し取り繕いなさい」
「も、申し訳ありません。ですがダズル様、こんなに大勢の使用人を引き連れてどうなさったんですか?」
「俺が頼んでいたことだ」
「そう、だったんですね」
「どうやら部屋の用意ができたらしい。せっかく並べてもらったところ悪いが、早速これを移すぞ」
俺の言葉に目を見開き視線を床に置かれている本へと視線を向けたサリクスと、なんのことやらさっぱりの使用人たちという、なかなか面白い空間になっていることに俺はひっそりと笑った。
「いつまでもこんな狭い部屋に置いておくわけにはいかないだろ」
「それはそうですが……もしや本を動かしていたのは使用人たちの歩行のためですか?」
「ああ。お前もそれを置いたら手伝え」
「……は、はい」
のんびりしている時間はない。自分で言うのもなんだが後先考えず作り過ぎてしまったので、急いでどうにかせねばいけないのだ。いろいろな意味で。
「失礼いたします坊っちゃま。ご用命通り使用人たちを集めてまいりましたが、いかようにいたしますか?」
「そこに重なっている本を俺の指示通りには運べ。部屋の方は俺の要望通りになっているんだろ?」
「はい、抜かりなく」
仕事早すぎて怖いわ。普通部屋の用意ってそう簡単にできるものじゃないでしょうよ。俺の出した要望はかなり細かいから時間がかかっただろうし、掃除もある。普通はこんな短時間でできるものじゃないんだよ。……普通はね。
「仕事が早くて結構だ」
「坊っちゃまは本日中に学園へ戻られると仰っておりましたので、急がせていただきました」
「そうかよ。部屋が要望通りならいいわ。ダズル、お前時間はあるか?」
「はい。元々通常業務におかれましては、将来私の後任となる者に任せていますので」
「……そろそろいい歳だからな」
「ホッホッホ、いつまでもこんな老ぼれに頼りきりではこの屋敷の者が成長できませんのでね」
……なんだろう。屋敷の者が成長できないの部分に俺たちも含まれているような気がするんだが。探るように目を細めても返ってくるのはいつもの笑顔だけ。まじでわかんないわこの人。
そしてその言葉を聞いた使用人が一斉にダズルから視線を外したのはなんだ。一体どんな教育をしているのやら。……怖いから聞けないけど。
「時間があるならいい。お前は向こうの部屋で 本を運んできた使用人の統括をしてくれ。これが指示書だ」
そう言って今さっき書いていた紙をダズルへと渡す。
「かしこまりました。ですが……重しのようなものの他にも書物が本来の役割を果たしていないようにお見受けしますが」
「重しが足りなかったから代用しただけだ」
「では追加の重しをご用意いたしましょう」
「その本と同じようなものがいい。クッション性があるような」
「クッション性……なるほど、それで代用が本だったのですね」
「ああ」
「かしこまりました。ご用意いたします」
しかし結構な人数を集めたものだ。……いっそ乾燥の工程はやってもらってもいいかもしれない。仕事増やしてしまうけど。……なんかごめんなさい。
俺はダズルを含めた使用人に押し花の説明から始め、平面に置かれ乾燥中の押し花の移動とついでに乾燥作業もしてもらいたい旨を伝えた。
尚、乾燥作業については使用人の業務外の仕事になるので挙手制にし公爵と相談の上で追加手当を出すことも説明。俺が考えなしに作りまくったのが原因なので、定期的に発生するものではないことに加え、使用人への給料を上げたところでアクナイトの財政はびくともしないので多分この案は通るだろう。というか通す。じゃないと俺の暴走に巻き込まれた使用人に申し訳ない。それに服だの宝石だのでかなり散財していたどこかの誰かさんよりは遥かに正当性のある使い道だし、公爵も首を縦に振ってくれると思う。
一通りの説明を終えて俺、ダズルそして合流したサリクスの指示で、押し花の大移動が始まった。最初こそ訝しんでいた使用人たちだったがさすがはプロと言うべきか、特に問題もなく運搬を行っていき予想よりもはるかに短時間での移動が完了した。……すごいわ。
使用人たちがせっせと運んでいる間に公爵を訪ね、俺がつくった期間限定業務外の仕事へのボーナスについては意外にもあっさり通った。『お前の趣味のことに口は出さんと条件に出しただろ』とのこと。確かに出したけど公爵家の財政も関わると言ったら『金など有り余っている』と、貧しい人々が聞いたら暴動を起こしそうなお言葉を頂戴した。もうちょい取り繕えや。涼しい顔で吐くことじゃないでしょ。
ボーナスが通ったことをダズルに報告したら、不気味なほど楽しそうに笑いながら何かの紙を差し出してきた。
「乾燥作業を希望した者の名簿です。かなりの希望者が出ましたよ」
「……予想よりだいぶ多いな」
「ボーナス目当てとあとは単純な好奇心といったところでしょう」
「……まあ、そっか。ただでさえ給料いいのに追加が出るんだからな」
しかし本当に思っていた以上の希望者が出たな。花というものも良かったのかもしれないけど。
まあで乾燥作業の注意事項と作業完了のチェックシートは用意したし、あとは決められた場所に入れてもらえば大丈夫だろう。
……それにしても。最後は俺も作業部屋へ一緒に行ったんだけど、結構すごいことになっていた。ちゃんと指示通りになっているし、なんなら俺の部屋よりも明るかった。
けどひとまずこれで俺の作業部屋が完成! 頻繁には帰ってこないから使う機会も少ないだろうけどそれでもやっぱり嬉しいものだ。管理をしっかりすればそれなりに長持ちする。その間に保存シートをなんとしても確保しないといけないな。
余談だが、ボーナスの交渉をしている間、公爵は終始奇妙なものでも見ているかのような目をしていて、何か言いたくても言えないという微妙な表情を浮かべていた。
こうして、押し花の大移動を終えた頃にはすっかり夕方になっており、俺は急いで馬車に乗り込んだ。学園に持っていく物は特になく、カルから貰ったあれは制服のポケットで充分だったので手ぶらで学園へと向かう。
「では坊っちゃま。お気をつけて」
「ああ。おしばなのことは頼んだぞ」
「かしこまりました。ご言いつけ通りに」
頭を下げるダズルを尻目に、俺はサリクスへと視線を向けた。
「俺の部屋のことは頼んだぞ」
「はい、お任せください! シュヴァリエ様、くれぐれもお気をつけて」
「ああ。じゃあな」
使用人二人が頭を下げる中、馬車は学園へと走り出した。
「ふう……いよいよか」
シュヴァリエとして見慣れた道を行く馬車の中で俺はため息をついた。これまではなんとも思っていなかったけど、やっぱり街並みも道路の舗装具合も前世とは全く違うな。点字ブロックも縁石もないや。
そんな街並みを見ながら俺は学園での生活に思いを馳せる。以前考えたようにシュヴァリエが学園に戻るということがゲームの始まりの合図なら。
「できれば平穏な学園生活を送れますように」
チュートリアルの開始はーー明日だ。
…………はい?
うん、何か幻聴が聞こえた気がするけど、気のせいだよな。そう、気のせい気のせい……。
「すみませんもう一度いいでしょうか」
「フェイバースパイダーに気に入られることだ」
……。
何その無理ゲー。そんなの機嫌損ねたら俺の頭と体が永遠にお別れすることになるやつじゃん。
「他の方法はないのでしょうか」
「ないな/ございませんね」
揃えて即答するな主従! どうしよう……いくら乾燥させても花は生ものだ。枯れもするし萎れもする。前世のようにそこらの店に行けば保存可能な物品がいくらでも置いてあるような世界じゃない。あったとしてもきっと貴重で絶対に高い。金は充分にあるけど、そんな貴重な物を一公爵家で独占することはできないだろう。
かと言って眷属に気に入られろというのも相当無茶な話だ。何が逆鱗かわからない上、もし失敗すれば十中八九命はない。そんな危なすぎる賭けに俺が出れるかというと……無理の一言に尽きるんだよな。
「そうですか。ではそのフェイバースパイダーが生息している場所を教えていただけますか?」
「……お前、本当にやる気か?」
「念のためです」
「…………はあ。この辺りならアベリア山での目撃情報が残っている。もっともそこでの記録は建国以来五回もないから遭遇する確率は極めて低いがな。アベリア山以外だと他国になるから行くのは余計に難しくなるだろう」
それは実質アベリア山以外じゃ遭えないってことじゃねえか。しかも確率もSSR並みとかほぼ詰みでしょ。ちょっと入手難易度が前世なんかと比べるのも烏滸がましい次元ってどうよ。前世の難易度なんて近くの百均に行くという難易度とも呼べないレベルなんですが。アベリア山自体は遠くないないんだけど、そこから先が無理難題だ。
……うん、後で考えよう。
「わかりました。ありがとうございます。それからダズル、部屋の準備が整い次第、手の空いている人間を俺のところに寄越してくれ」
「かまいませんが、お部屋のお引越しでもなさるのですか?」
「荷物運びって言えばそうだが、引っ越すわけじゃねえ。必要以上に重いわけでもないから女性でも大丈夫だ」
「承知いたしました。何人かの使用人を坊っちゃまのお部屋へ向かわせます」
「ああ。……そうだダズル、紙とペンを寄越せ」
「……こちらに」
用意がよろしいことで。なんで持っているのか知らんけども助かった。
俺は渡された紙に書き込んでいき、それをダズルへと返した。
「坊っちゃま、これはなんでしょうか?」
「部屋の内装の指示書だ。細かく言うのは面倒だからな。それの通りにやってくれ」
「これはまた随分と細かい指示ですな」
「できないのか?」
「……かしこまりました。ご指示通りに用意させます」
「ああ。……それでは公爵、私はこれにて失礼します」
俺は一礼をして自室へ向かった。
「お帰りなさいませシュヴァリエ様」
部屋に入るとちょうどサリクスが本の整理をしている最中だった。うんかなり量があるから結構重労働だよな。……マジでごめん。用事も済んだし手伝います。というか部屋の散らかりは俺のせいなので本来は俺がやらねばいかんことなんです。変な風にこき使ってごめんなさい。
そう思って残りの本をどかそうと手を伸ばすとサリクスの慌てたような声が飛んできた。
「ああ! そういうことは私の仕事です。シュヴァリエ様は朝食をお召し上がりになってください」
……あ、そういや朝ごはんまだだった。部屋のことで頭がいっぱいですっかり忘れていたや。
いやでも全部サリクスにやらせるというは違うだろ。いくら使用人でもさ、だいぶ無理言っている自覚があるからやりますよ。
「構うな。本来は俺のものだ。自分のものくらい自分で片す」
「シュヴァリエ様……」
結構手間だったろうに、俺の指示通りに重ねないで置いてくれている。ほんと素晴らしいねえ。
それにしてもまさか保存シートの確保にあんなふざけた試練が待ち構えているとは思わなかった。まじでどうするのさ。この世界にも転移魔法陣は存在するからそれを使えば移動の時間は大幅に短縮できるけど、使用許可が必要な上に一度は自力でアベリア山に赴く必要がある。
そうなると今度は授業どうするって話になるんだよな。休日が週に一日しかないこの国では必ず授業に出られない日が出てくる。できればこれ以上休むのは避けたい……。
……。
問題だらけじゃねえかよ。大量に作った押し花どうしよう。もうすぐ吸水紙を交換した方がいい花とかあるんだけどな。
「はあ……」
「だいぶお悩みのようですが、どうなさいましたか?」
「いや、この本の下にあるのは生の花だから保存をどうしようかと思ってな」
「保存、ですか……」
本を運んでいたサリクスが首を捻り、何かを考え始めた。
「……でしたら魔塔の主にご相談なされてはいかがでしょう?」
「……アレに相談、ねえ?」
「うっ……シュヴァリエ様があの方を苦手とされているのは存じていますが、いちばんの近道なのは確かですよ~」
……それはその通りなんだよな。ぶっちゃけそれが一番早いのは俺も理解している。そもそも転移魔法陣の使用許可を下すのは奴だから、アベリア山に行くのならどの道接触は不可避ということもわかっている。……が、正直会いたくないというのが俺の感想でして。
「そんなにお嫌いですか」
「面倒なだけだ」
とか言いつつ結局行くことになるんだろうな……。くそ、保存シートひとつでこんなに頭を悩ます羽目になるとは思ってもみなかったっつーの!
…………とりあえず目下の問題は、俺の視界に入っている大量の押し花の保存をどうしようかということなんだよな。シートに関しては多分絶対的に時間がかかる案件なので、ひとまず枯死の進行を遅らせる方法から模索するしかない。それ系の魔法陣ならありそうだ。それでも魔塔の力を借りることになるんだけどね。
「……様。……ヴァリエ様。シュヴァリエ様!」
「あ?」
考え込んでいた俺にサリクスが声をかけてきた。結構飛ばしていたらしい。
「そろそろお食事を召し上がっては如何でしょう」
「いや、まだ大丈」
言い終わる前に間抜けな鳴き声がかなりの音量で響いた。もちろんそれは俺の腹の虫で……。
「……」
「……」
「…………食うわ」
恥っず! いくらなんでもタイミング良すぎだろ。こんな盛大に腹鳴らしたのなんていつぶりだよ! ああ、サリクスの視線が痛い気がする。こいつだって初めてだろ。あのシュヴァリエがこんな醜態を晒す日が来るなんて想像すらしたことないだろうな。俺だってないわ、自分のことだけど。
いそいそと食事を始めた俺は横から時々横から飛んでくる視線に全力で気付かない振りをしていた。
くそ、サリクスの奴、笑いたけりゃ笑えよ! 無言で生温かい視線向けられる方が痛いんだよ!
「……サリクス」
「申し訳ありませんっ……」
うん、全力で抑えているけど肩震えているの丸わかりだからな!
やや不貞腐れながら食事をすること数十分。押し花の整理ですっかり冷め切った朝食を食べ終え、俺は書き物を始めた。その時食器を下げるため部屋を出ようと扉を開けたサリクスが声を上げた。同時にやや呆れたようなダズルの声が聞こえてくる。
「サリクス。いくら驚いたとしても、もう少し取り繕いなさい」
「も、申し訳ありません。ですがダズル様、こんなに大勢の使用人を引き連れてどうなさったんですか?」
「俺が頼んでいたことだ」
「そう、だったんですね」
「どうやら部屋の用意ができたらしい。せっかく並べてもらったところ悪いが、早速これを移すぞ」
俺の言葉に目を見開き視線を床に置かれている本へと視線を向けたサリクスと、なんのことやらさっぱりの使用人たちという、なかなか面白い空間になっていることに俺はひっそりと笑った。
「いつまでもこんな狭い部屋に置いておくわけにはいかないだろ」
「それはそうですが……もしや本を動かしていたのは使用人たちの歩行のためですか?」
「ああ。お前もそれを置いたら手伝え」
「……は、はい」
のんびりしている時間はない。自分で言うのもなんだが後先考えず作り過ぎてしまったので、急いでどうにかせねばいけないのだ。いろいろな意味で。
「失礼いたします坊っちゃま。ご用命通り使用人たちを集めてまいりましたが、いかようにいたしますか?」
「そこに重なっている本を俺の指示通りには運べ。部屋の方は俺の要望通りになっているんだろ?」
「はい、抜かりなく」
仕事早すぎて怖いわ。普通部屋の用意ってそう簡単にできるものじゃないでしょうよ。俺の出した要望はかなり細かいから時間がかかっただろうし、掃除もある。普通はこんな短時間でできるものじゃないんだよ。……普通はね。
「仕事が早くて結構だ」
「坊っちゃまは本日中に学園へ戻られると仰っておりましたので、急がせていただきました」
「そうかよ。部屋が要望通りならいいわ。ダズル、お前時間はあるか?」
「はい。元々通常業務におかれましては、将来私の後任となる者に任せていますので」
「……そろそろいい歳だからな」
「ホッホッホ、いつまでもこんな老ぼれに頼りきりではこの屋敷の者が成長できませんのでね」
……なんだろう。屋敷の者が成長できないの部分に俺たちも含まれているような気がするんだが。探るように目を細めても返ってくるのはいつもの笑顔だけ。まじでわかんないわこの人。
そしてその言葉を聞いた使用人が一斉にダズルから視線を外したのはなんだ。一体どんな教育をしているのやら。……怖いから聞けないけど。
「時間があるならいい。お前は向こうの部屋で 本を運んできた使用人の統括をしてくれ。これが指示書だ」
そう言って今さっき書いていた紙をダズルへと渡す。
「かしこまりました。ですが……重しのようなものの他にも書物が本来の役割を果たしていないようにお見受けしますが」
「重しが足りなかったから代用しただけだ」
「では追加の重しをご用意いたしましょう」
「その本と同じようなものがいい。クッション性があるような」
「クッション性……なるほど、それで代用が本だったのですね」
「ああ」
「かしこまりました。ご用意いたします」
しかし結構な人数を集めたものだ。……いっそ乾燥の工程はやってもらってもいいかもしれない。仕事増やしてしまうけど。……なんかごめんなさい。
俺はダズルを含めた使用人に押し花の説明から始め、平面に置かれ乾燥中の押し花の移動とついでに乾燥作業もしてもらいたい旨を伝えた。
尚、乾燥作業については使用人の業務外の仕事になるので挙手制にし公爵と相談の上で追加手当を出すことも説明。俺が考えなしに作りまくったのが原因なので、定期的に発生するものではないことに加え、使用人への給料を上げたところでアクナイトの財政はびくともしないので多分この案は通るだろう。というか通す。じゃないと俺の暴走に巻き込まれた使用人に申し訳ない。それに服だの宝石だのでかなり散財していたどこかの誰かさんよりは遥かに正当性のある使い道だし、公爵も首を縦に振ってくれると思う。
一通りの説明を終えて俺、ダズルそして合流したサリクスの指示で、押し花の大移動が始まった。最初こそ訝しんでいた使用人たちだったがさすがはプロと言うべきか、特に問題もなく運搬を行っていき予想よりもはるかに短時間での移動が完了した。……すごいわ。
使用人たちがせっせと運んでいる間に公爵を訪ね、俺がつくった期間限定業務外の仕事へのボーナスについては意外にもあっさり通った。『お前の趣味のことに口は出さんと条件に出しただろ』とのこと。確かに出したけど公爵家の財政も関わると言ったら『金など有り余っている』と、貧しい人々が聞いたら暴動を起こしそうなお言葉を頂戴した。もうちょい取り繕えや。涼しい顔で吐くことじゃないでしょ。
ボーナスが通ったことをダズルに報告したら、不気味なほど楽しそうに笑いながら何かの紙を差し出してきた。
「乾燥作業を希望した者の名簿です。かなりの希望者が出ましたよ」
「……予想よりだいぶ多いな」
「ボーナス目当てとあとは単純な好奇心といったところでしょう」
「……まあ、そっか。ただでさえ給料いいのに追加が出るんだからな」
しかし本当に思っていた以上の希望者が出たな。花というものも良かったのかもしれないけど。
まあで乾燥作業の注意事項と作業完了のチェックシートは用意したし、あとは決められた場所に入れてもらえば大丈夫だろう。
……それにしても。最後は俺も作業部屋へ一緒に行ったんだけど、結構すごいことになっていた。ちゃんと指示通りになっているし、なんなら俺の部屋よりも明るかった。
けどひとまずこれで俺の作業部屋が完成! 頻繁には帰ってこないから使う機会も少ないだろうけどそれでもやっぱり嬉しいものだ。管理をしっかりすればそれなりに長持ちする。その間に保存シートをなんとしても確保しないといけないな。
余談だが、ボーナスの交渉をしている間、公爵は終始奇妙なものでも見ているかのような目をしていて、何か言いたくても言えないという微妙な表情を浮かべていた。
こうして、押し花の大移動を終えた頃にはすっかり夕方になっており、俺は急いで馬車に乗り込んだ。学園に持っていく物は特になく、カルから貰ったあれは制服のポケットで充分だったので手ぶらで学園へと向かう。
「では坊っちゃま。お気をつけて」
「ああ。おしばなのことは頼んだぞ」
「かしこまりました。ご言いつけ通りに」
頭を下げるダズルを尻目に、俺はサリクスへと視線を向けた。
「俺の部屋のことは頼んだぞ」
「はい、お任せください! シュヴァリエ様、くれぐれもお気をつけて」
「ああ。じゃあな」
使用人二人が頭を下げる中、馬車は学園へと走り出した。
「ふう……いよいよか」
シュヴァリエとして見慣れた道を行く馬車の中で俺はため息をついた。これまではなんとも思っていなかったけど、やっぱり街並みも道路の舗装具合も前世とは全く違うな。点字ブロックも縁石もないや。
そんな街並みを見ながら俺は学園での生活に思いを馳せる。以前考えたようにシュヴァリエが学園に戻るということがゲームの始まりの合図なら。
「できれば平穏な学園生活を送れますように」
チュートリアルの開始はーー明日だ。
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……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
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