悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

34話 宿にて①

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 なんだここは。
 学園から馬車で移動して三日。センダンの町に着いた俺たちはーー目の前に広がる光景に立ち尽くしていた。

「ここですわよね……」
「そのはずだが、これは……」

 センダンの町はーー元貴族の屋敷があった場所とは思えないほどに寂れていた。町と銘打っているがこれではもはやちょっと小綺麗な村だ。RPGゲームでよく見る序盤の大きな街の手前にあるような様相に俺もみんなと同じく絶句した。ゲーム背景として知ってはいたけど、実際に目にするのとでは視覚的認識の重みが圧倒的に違う。

「……ひとまず話は宿を見つけてからだ」

 馬車を進めて町に入るもこれといって賑わっているでもなく、平凡な村のような景色が過ぎていくばかりだった。マジでどうやったらたかだか数年でここまでくたびれるんだよ。

「なんだか寂しいですね」
「ええ……領地の併呑が行われる前に一度来たことがあるのですが、こんな場所ではありませんでしたわ」
「たった数年でここまで変わってしまうものなんですね……」
「俺たちも他人事ではありませんから余計に気が沈みます」

 クラルテを除き、全員が権力者階級に属する者たちだ。感じるものは大きいだろうな。前世で俺は平民だったけど政府が増税やら訳わからん法案を作ったりした時はマジで生活が苦しくて、お金の問題で結婚も旅行も趣味もセーブしている人が急増した。だけどこれはそれの比じゃない。
 ……一旦宿を見つけて予定を決めよう。これはかなり念入りに見て回る必要がありそうだ。貴族の権限を使うことは禁じられているが、状況次第でそんなこと言っていられなくなりそうだから、そこら辺も話し合わないとダメだな。


      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 町に入ってしばらく、俺たちは一応宿らしきものを見つけることができた。

「馬車の置き場所ってありますかね」
「馬車もだが、馬を休ませる場所も必要だろう。店主に聞いてみよう」

 ちょっと確かめたいこともあるし、ここは俺が行くか。

「私が聞いてこよう」
「いえ、アクナイト公子にさせるわけには……」

 渋るイデアルを無視して俺はさっさと馬車を降りて宿の扉を開ける。後ろから微妙な視線が刺さるがきっと気のせいだ。
 ……しっかしこの扉、開け閉め怖いな。音もホラー映画に出てきそうなボロ屋のようなものなのにろくに修繕もされていないなんて。人の気配もないし留守なのか?
 そう思ってカウンターに近づいた時、奥の扉から人が出てきた。

「お客様ですか……?」
「ええまあ。宿の方ですね」
「はい。宿に店主をしております」
「そうですか。では男五人の女二人で二週間泊まりたいのですが」
「見たところ貴族様のようですが……このような寂れた場所では不釣り合いではないでしょうか」
「今はただの客ですよ。それとも宿泊は難しそうですか?」
「とんでもございません。ご無礼をお許しください」
「怒っているわけではありませんから謝罪は不要です。それからそこまでへり下る必要もありません。これまでのお客と同じように接してください」
「は、はい……。ありがとうございます。しばらくお客も来ていませんしお好きなお部屋をお使いください」

 しばらく、ねえ。聞きたいことが多いけど、いつまでもあいつらを待たせてはおけないし、後にするか。

「馬車で来ているんですが置ける場所はありますか? それと馬も休ませてあげたいのですが」
「それでしたら宿の裏手に敷地がございます」
「わかりました。ありがとうございます」

 ふう……なんとか屋根のあるところに入れそうでよかったわ。中も結構綺麗だし繁盛していた頃はそこそこの宿だったんじゃないか?

「アクナイト公子、どうだった?」
「好きな部屋を使っていいそうです。それからここの裏手に馬車の置き場所と馬の休める場所があると」
「そうか。宿泊先が見つかってよかった」

 アウルに続いて他の五人も安堵の表情を見せている。
 馬車を置くため裏手に回ると確かにそこそこ広い空間とやや高めの柵がある場所があった。
 もっと荒れているかと思ったけどちゃんと手入れがされてある。こんな有様になってもいつお客が来てもいいようにメンテナンスは欠かしていないらしい。
 止めた馬車から馬を解き屋根の下に引いてきたところで店主がやってきた。
その手には馬の餌と思しき籠が抱かれている。

「お客様、こちら馬の餌です。世話は私がやりますのでどうぞお寛ぎください」
「ですが……」
「これでも繁盛していた頃は馬の世話も仕事のうちでしたので」
「そうですか。ではお言葉に甘えてお願いします」
「お任せください」

 店主の厚意に甘え俺たちは宿の中へと入る。扉を開けるたびにギイギイと不気味な鳴き声が響く。クラルテと俺を除く面々は初めて聞くであろう音に少し戸惑いながらもどうにか宿へ入った。気持ちはわかる。壊すかと思うと怖いよね。

「古びた扉というものはこんなにも脆いものなんですね……」
「少々怖かったですわ……」
「一刻も早く直したほうがいいですよね」
 
 こいつら根っからの貴族だな。確かにボロ屋って不気味だけど屋根がない場所で野宿よりはましだ。

「それにしてもこの宿、馬の世話までやっていたなんてどれだけ繁盛していた宿だったんだ?」
「そうですね。オルニス公子の仰る通り、ちょっと違和感があります」
「もともとは貴族も泊まれるような場所だったってことですか?」
「そこまではまだわからないが……」
「アクナイト公子、ここの部屋は自由に使ってよかったんだったよな?」
「ええ、店主がそう言っていましたから」

 俺たちは揃って二階へ上がり、部屋数とベッドの数を確認する。

「何かあった時のために二人から三人で泊まった方がいいでしょう」
「でしたらブバルディア嬢とサフィニア嬢は真ん中で、その左右に僕たちっていう部屋割りにしませんか?」
「そうだな。万が一人攫いなんかに遭遇した際に一方通行になってしまう角部屋よりも真ん中の方がいいだろう」
「そこまでお気遣いいただくわけにはまいりませんわ」
「ええ……危険なのは皆様もですし」
「だからこそすぐさま外に助けを求められる人間は必要だ。女性ならば保護もされやすいだろう」
「皆様……ありがとうございます」

 女性が捕まると色々厄介なことになるし最悪の場合……なんてことになったら取り返しがつかないからね。他の男子も同じ考えだったらしく、ご令嬢二人を挟んで、両隣の部屋に決めた。部屋割りはイデアルとクラルテ。ルーフとアウル、そして俺だ。

「じゃあ荷物を置いたら、三十分後に食堂へ集合だ」

 アウルの言葉に全員が頷き、そのまま一時解散する。俺もアウルとルーフに続いて部屋に入った。

「だいぶ綺麗だな」
「そうですね。これなら休息も充分に取れるでしょう」
「アクナイト公子、オルニス公子。二週間よろしくお願いします」
「ああ」
「こちらこそよろしく頼む」

 簡素な挨拶を交わし外套を脱ぐ。その下は庶民用の服だ。学外ワークは普段着ている貴族の服ではなく、民間人と同じ服装をする決まりになっている。俺はこっちの方が動きやすくて好きだ。前世の部屋着はジャージだったし、私服も伸縮性の高い機能的なものばかりチョイスしていたから物凄くありがたい。

「それじゃあ女性たちと合流しよう」
「そうですね。女性を待たせる訳にはいきませんから」
「それに何かと話し合いは長引きそうですから」
「……そうだな」

 扉の鍵を閉めたところでちょうど女子たちと鉢合わせ、そのまま下に降りる。食堂にはすでに食事が用意されていた。

「わあっ、懐かしい……!」

 クラルテが声を上げる。まあ普段学園で豪華なものばかり食べていれば、素朴なものが懐かしくなるよな。俺的にも馴染み深い。貴族の食事のような豪華さはないのにこんな安心するのはなんでだろう。……だめだ、考えるとポテチやらラーメンやらコンビニのチキンやらが食べたくなってきてしまう。

「皆様、お食事の用意ができております。貴族の皆様のお口に合えば良いのですが……」
「ありがとうございます。いただきます」
 
 それぞれが席につき、早速食事を始める。うん、うまい。無駄に高級品使った料理よりもこっちの方が食べやすくていいな。味付けも俺好みだ。さて他のメンバーは……。
 
「美味しいですね……!」
「ええ、素朴ですがとても優しい味ですわね」
「クラルテさんにとっては久しぶりなんですよね」
「はいっ! なんだかお母さんの味に似ています」
「私たちは自分たちで料理をする機会は滅多にありませんが、こういったものを食べると家族の手料理というものに憧れてしまいますね」
「家では厨房に立たせてもらえませんが、自分たちで挑戦してみるのも良い経験になりそうです」

 だよなぁ……。俺も久しぶりに自分で作りたくなってくるわ。今度学食の人に厨房貸してもらおうかな。こうして貴族が平民の食事に触れる機会っていうのもなかなかないし、そういった意味ではすごくいい経験だと思う。

     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 各々が食事を楽しんでささやかな幸福に浸っていた時、アウルが徐に口を開いた。

「あまり遅くまで起きているわけにはいかないから、そろそろ明日のことを話し合おう」
 
 ああ、そうだったそうだった。いつまでも浸っている場合じゃない。これから重要会議だ。



 



 

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