悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

37話 ぼろぼろの少年

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「こんなところに、隠し通路?」

 いきなり現れた階段に俺もルーフも驚愕していた。というか俺のほうが驚いている。ローダンセの屋敷にこんなものあるなんて知らんぞ。少なくともゲームには出ていなかった。
 ……。
 どうしよう。なんだかものすごく嫌な予感がするよぉ……。

「……どうしますか?」
「貴族の屋敷ならば非常時に備えて隠し通路のひとつやふたつあってもおかしくはないが……」

 いやほんとどうすんだこれ。一度戻って全員に情報共有をしたほうがいいんだろうけど、放っておくとやばい気もするんだよなぁ。…………よし、こうなったら覚悟を決めよう。

「ひとまず中を確認する」
「危険ではないでしょうか。一度戻って皆と共有をしてからの方が……」
「確かにそれは一理ある。だがその間にコランバイン伯爵の手下が来てしまえば再びここへ来るのは面倒になる。これまで来なかったからと言って今後も来ないという保証はどこにもない」
「しかし……」
「それに、もしコランバイン伯爵がローダンセ一族の失踪に関与しているとしたらこの隠し通路を放っておくはずがないだろう」
「……そう、ですね。ですが今は二人しかいませんし、何かあった際に備えておくべきかと」

 シュヴァリエの魔法を使えばできるだろうが、無属性持ちへの決まりごとがある以上ルーフの前では使えない。ならばどちらかが見張りをするしかないんだけど。

「……私が行こう。パフィオペディラム公子はここで見張りをしてもらう」
「いえ、アクナイト公子にそのようなことは……」
「私は同じことを二度言うのが嫌いだ」
「……! わかりました。お気をつけください」

 ルーフの言葉を背に俺は狭い階段を下りていく。下へ行くにつれ、地下特有のひんやりとした空気が肌を包んだ。外が暑いとはいえ、ここはちょっと寒いくらいだな。めっちゃ冷房の効いている店内って感じ。あれ半袖だと寒いよね。どういう基準で温度設定しているんだか。

「しっかしどこまで続いているんだ?」

 思っていた以上に暗い階段に俺は座りながら降りていくという面倒くさい方法を取らざるを得なかった。そういやアクナイトの実家にある地下通路を初めて見つけたときもこんな感じだったっけ……。
 
 時間をかけながら進んでいくうち、地面の感触が明らかに変わる。どうやら無事階段を降り切ったらしい。勝手のわからないところでコケたくないからね。

「さてと……ここからどうなっているのやら。……?」

「……ーー。」

 ……。なんかうめき声みたいなのが聞こえた気がする。いやきっと風の音だろう。無視して先に進もう……。

「……ーーぅぅぅ」
 
 ……。
 うそでしょ? ホラー展開とか俺マジでダメなんですけど!?

「だけど確かめないわけにはいかないよなぁ……」
 
 すぅ……よし!
 俺は耳を澄まして声のするほうへ足を進める。鬼が出るか蛇が出るか、頼むからどっちも出てくんなよください。

「……え」
 
 声を頼りに向かった先にあったのは果たしてーー

「……扉?」
 
 シンプルな扉だった。どうやら声はこの中からするらしいけど……開けるの怖いなぁ。やっぱルーフに行かせればよかった。だけどずっとルーフに守られているっていうのも違うし、なんにもしないで命令しているだけっていうのはよくないでしょ。俺はシュヴァリエであり柊紅夏でもあるんだから。

「……よし!」

 ゆっくり深呼吸してから静かにドアノブに手をかけた。

「うっ……」

 空気が悪いな。こんなところに一体なにが……って、は!?
 扉を開けた先、十畳足らずの小さな空間にひどく汚れた人の形をしたなにかが横たわっていた。

「……おい」

 扉は閉めず、横たわるなにかーーおそらく人間へおそるおそる声をかけた。

「そこで何をしている?」

 俺の声が届いたのかピクリと動き、ゆっくりと顔を上げた。汚れた長い髪に顔が隠れてしまっているためか、俺のことがよく見えないらしい。……はあ、仕方ない。

「失礼」

 顔にかかっている髪をそっとどかしあらわになった顔にーー俺は心の底から驚愕した。

「うそだろ……」

 思わず声を出してしまうほどには。
 おいおいおいおい、なんでお前がこんなところにいるんだよ。だってお前は……町の裏路地にいるはずだろうが。

「……て」
「は……なんて?」
「……ださい。……け……さい」

 ぶつぶつと何かを言いながら、目の前の人間は枯れ枝のような手を伸ばし髪をかき上げている俺の手首を掴んできた。
 ……。
 ……まじかよ。
 混乱がひどくて軽くパニックになりかけているんだが……。
 そんな俺などお構いなしに人間は手首を掴みながらずっとなにかを言い続けている。多分……助けて、だろうな。
 ……。
 正直、いろいろと思うところはあるが、こんなに縋ってくる手を振りほどくほど俺はクズではない。

「いいだろう。だからしばらく寝ていろ」
「……ありが、」

 最後まで言うことなく気を失った男にため息をついて、俺は部屋を見渡す。部屋の中には木製のテーブルとイス、簡易なベッド。そして魔法石を使用した小さなランプがひとつだけ。よかった蝋燭じゃなくて。でなきゃ一酸化炭素中毒でとっくに死んでいただろう。テーブルの上にはおそらく食べ物の残骸と思しきカスが落ちている、ということは。

「ここは……万が一の避難場所か」
 
 道理で気づかないわけだ。ひとまずランプは拝借していこう。あの暗さを痩せぎすとはいえ、男を抱えて上がるのは危険すぎる。明かりがあれば多少はマシになるだろう。
 ランプを外して一旦テーブルに置いてから男を背負う。そしてランプを手に来た道を戻っていく、が!
 人間一人を担いで階段を上がるのは思った以上に重労働で。

「……はあ、はあ……はあ、くそっ」

 外の光が見える頃には、盛大に息を切らしていた。

「アクナイト公子、ご無事ですか!?」

 参っていたところに天の救いが! 
 階段を登り外へ出たところですかざずルーフの腕に男を落とす。

「アクナイト公子、お怪我は?」
「私は大丈夫だ。それよりもーー」

 俺はルーフを見つめて問う。

「パフィオペディラム公子。この男に、見覚えは?」

 ルーフの顔色が目に見えて悪くなった。


     ♦♦♦♦♦♦♦


 その日の夜、俺たちの報告を聞いた全員が言葉を失っていた。

「アクナイト公子……本当に彼は……」
「顔を知っている者たちに確認させただろう。間違いはないはずだ」
「……まだ信じられませんわ。まさかローダンセ伯爵子息がそんな場所にいただなんて」

 そう、俺があの地下室で拾った人間はこの章のモブキャラのひとりであり、キーパーソンである。
 ーーフェリキタス・ローダンセ
 期せずして失踪中のひとりを見つけたわけだが、見つかった時の状態を考えればまず間違いなくただ事ではないと誰もがわかる。少なからずローダンセと関わりのあった者は決して楽観視できない状況に青ざめ、幼馴染らしいルーフに至ってはほとんど血の気を失っていて今にも倒れそうだ。
 クラルテと同じグループになった時点で看病云々の話になることはわかっていた。だから行きたくなかったんだけどね! 正直クラルテのグループに入れられた瞬間軽く絶望した。どう頑張ってもストーリー回避は無理だって。それでも回避できるところは回避したくてゲームでの遭遇イベント発生の場である町中での聞き込みをクラルテとアウルに押しつ……任せたっていうのに、なんで俺が遭遇することになったんだよ!

「……明日以降の活動だが、ローダンセ公子が目を覚ますまでの間、彼の看病も内容に組み込むことになるが」
「それは自分にまかせてもらえないでしょうか」

 食い気味で反応してきたのはやはりルーフだった。彼からすれば数年間行方知れずだった幼馴染があんな姿で見つかったんだ。さぞ心配だろう。……だけど。
 ふとアウルが視線で何かを伝えてきた。……考えていることは同じか。
 俺は瞬きで返事をする。アウルはすぐに俺の思考を汲み取り、ルーフに向き直る。

「看病すること自体はいいが、パフィオペディラム公子がずっとかかりきりというのはよくないだろう」
「なぜですか?」
「君は本来の目的を忘れたのか? 私たちはなんのためにセンダンへやってきた? 幼馴染を案じるのは結構だが、こういった事態にもどうやって対処していくかが重要だろう。一人の生徒が私情でひとつのことしかやらないというのは認められない」
「ですが……!」
「もちろんローダンセ公子の回復は重要だ。だが、学外ワークでは慣れない場所で怪我や病気になることは往々にして起こりうる事態だ。そういったことも含めてどう乗り切るかというのが学外ワークだろう」
「……それは、そうですが……」
「看病は通例通り数人での交代制で行う。パフィオペディラム公子もそれで収めてくれないか?」
「……わかりました。取り乱してしまい申し訳ありません」
「構わない。かなり酷なことを言っているという自覚はある。ローダンセ公子がどういった状態か逐一君に報告しよう」
「ありがとうございます」
「組み合わせは部屋ごとのほうがいいだろう。順番は彼の部屋の隣であるクラルテとオルテンシア公子から部屋順に一日交替でいく。夜に行われる報告と明日の活動内容の決定の際はひとりローダンセ公子の部屋で待機させ、同室の者がそれを伝えるという流れにする。ここまででなにか質問や意見のあるものはいるか?」

 誰もいない。妥当なところだろう。アウルもそれを確認して一つ頷く。

「それじゃあ次に、町の人から聞いたことを報告する」
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