悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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三頁 ローダンセの喜劇

45話 二つの喜劇

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「アクナイトさぁ~んっ!」

 樽野郎の屋敷から出るなり、クラルテが大声で駆け寄ってきた。その顔には涙で濡れており、目も充血している。どんだけ泣いたのさ。
 その後を追うようにアウル、ルーフ、シャリテ、プレア、イデアルもやってきて一斉に俺を取り囲んだ。よく見るとなんかみんな目が潤んでいるし、イデアルなんか大粒の涙をぼろぼろ溢している。え、そんなに泣くっ!?

「アクナイト公子、無事で何よりだ」
「あの程度でどうにかなる私ではありません」
「それでも皆が君を案じていた。もちろん俺もだ」

 それに同意するように他の面々も次々に頷く。樽野郎にとっ捕まってから大して時間経っていないと思うけど、この様子を見ると心配をしていたというのはどうやら本当らしい。まさかシュヴァリエ・アクナイトが同窓から心配される日が来るとは思わなかったな。

「本当にお怪我とかされてませんか!?」
「君に心配されるほどのことは起こっていない」
「ですがコランバイン伯爵は以前からあまり良い噂がありませんでした。王族の皆様方も目をつけていらしたということですし、本当に何もされていないのですわね?」
「先ほどからそう言っている。……それよりもローダンセ公子はどこだ?」
「公子でしたら早々に騎士様に保護され今後カンパニュラ伯爵邸にて療養されることになりました」

 オドオドしながらイデアルが報告してくる。ゲームの展開通りだな。それが聞ければあとは正直どうでもいい。

「それならこれ以上私たちが関わる理由はない。センダンへ戻ろう」
「ですが……」
「心配するのは勝手だが私たちに一体何ができる? もうすぐ王室からも人が派遣されてくるだろう。私たちははっきり言って邪魔でしかない。素人が玄人の仕事に割って入っても不要な仕事が増えるだけだ」

 自分たちが力不足なのは自覚しているのかクラルテが俯く。ここにリヒトがいたら真っ先に噛みついてきそうだと思いながらまた口を開いた。

「わかったのならセンダンに戻って……」
  
 学外ワークの続きをしようと言い終わる前に馬の鳴き声といっそけたたましいと思うほどの音を立てながら一台の馬車がコランバイン邸の正門に停まり、やや乱暴に扉が開かれる。中から出てきたのはーー

「お兄様っ!!!」

 我らがアクナイトの女王様ルアルだった。貴族令嬢が大声を出すのは如何なものかと思ったのも束の間。ものすごい形相でこちらへやってくるなり。

「一体何を考えておりますのこの馬鹿兄っ!」

 思い切り罵られた。
 ……妹よ、人前で馬鹿兄呼びは酷くないかね? 思わずジト目で睨むがルアルはあっさり無視、どころかますます美麗な眉を吊り上げた。

「なんですのあの手紙は! 妹に初めて送る内容がアレだなんて、何をどうしたらこんなことになるんですっ!? アレを見たときの私の気持ちが分かりまして? あまりの内容にお父様やシエルお兄様にも手紙を送ってしまいましたわ!」

 げ、まじかこの妹。公爵はわかる。だけどシエルにまで送るなんて。もっともシエルとは全くと言っていいほど接点ないし、ゲームでも名前だけでモブにすらカウントされないような人物だったから俺もどんな性格なのかは知らない。だからルアルの手紙を読んでどんな行動をとるかさ~っぱり検討つかんのよね。……まあエヴェイユの一番の親友っていう時点である程度察せられそうだけど。ほら類は友を呼ぶって言うし?

「兄上と交流がないのは知っているだろう。なぜわざわざ送った?」
「はい? 何を寝ぼけたことを言っていますの? 家族なのですから当然ではありませんか。近々シエルお兄様から何かしら連絡があるはずですわ」
「……なぜ兄上にも?」
「何を言っていますの? シエルお兄様はアクナイトの後継者ですわよ? それ以前に家族なのですから身内の危機を知らせて当然でしょう!」

 当たり前のことを言わせるなとばかりの視線を寄越され思わず半目になった。ええ、ええ確かに家族でしょうよ。ただ……シュヴァリエはびっくりするほどその家族と交流を持っていないから正直ルアルのこともシエルのことも知らないの一言なんだよな。家族なのに趣味とか好物とか普段どんな風に過ごしているかなど多分、というか絶対にお互い知らない。そんな油も凍りそうな関係しか築いていない存在だ。しかもシエルは現在絶賛留学中。交流など皆無である。
 その相手にいきなりシュヴァリエにこんなことがあったと言う報告をしたところでどんな反応が返ってくるのやら。自分がどう思われているか全くの未知数で行動も読めない。ゲームではシエルもルアルも名前しか出てこないモブ以下だったし。

「聞いていますの? 心ここに在らずとは妹である私を前にいい度胸ですわ! ようやくお話できるようになったんですもの。遠慮はしませんわよ?」

 ……なんかルアルが不穏なことを言い出した。一体どうした?
 内心困惑する俺など知ったことかとばかりに俺を取り囲んでいた面々に向き直ると綺麗に礼をとり、

「皆様申し訳ありませんが、我が兄を少々借りていきますがよろしいでしょうか?」

 有無を言わさぬお上品なお言葉に皆は揃って頷く。

「センダンの町にお戻りになるのでしたらその前に一息入れてはいかがでしょう? 道中宿もありますしここしばらくは落ち着くことはできなかったでしょうから」
「……そうさせてもらおう。それにまだ学外ワークの期間は余っているから不測の事態があったとはいえきっちりこなすべきだ。だが騎士たちの事情聴取もある。今日はこの町の宿に泊まろう」
 
 それで構わないだろうか? とアウルに目で問われれば皆否やはないようで、賛同の意を示す。もちろん俺もだ。……が、妹の対話はちょーっと考えもの。

「ルアルも期間が残ってるはずだ。戻れ」
「それならばグループの皆に了承はとっていますし、連絡もなんら問題ありません。むしろ皆様がこぞって送り出してくださいましたのよ」

 皆の気遣いを無駄にするわけにはいきませんから、というルアルの笑みのなんと麗しいことだろうか。……その背が紅蓮の焔に包まれていなければ。
 ……。
 ……俺、無事に生還できるんだろうか。


     ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 あれから。
 特に何事もなく学外ワークを終えた。あのあとルアルに自分がどれだけ心配したか、シエルがシュヴァリエをどう思っているのかを懇々と語られ、その後今度はアウルたちが口々に文句と心配とお叱りの言葉をもらった俺は正直学外ワークどころではなかった。ルアルに俺が無茶をしないようしっかり監視をするよう頼まれたらしく、いつどこに行くにも誰かしらがそばにいたのである。常に人がいるというのも非常に疲れると嬉しくない知識を得てようやく学園へと戻ってきた。
 それから数日して俺たちはエヴェイユから話があると言われ、奴の執務室へと向かった。

「お久しぶりですシュヴァリエ公子」
「エヴェイユ第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
「堅苦しくしなくて結構ですよ。どうぞおかけください」

 言われるままに着席すると早速エヴェイユが話を切り出した。

「この度はローダンセ伯爵親子を救ってくれたこと、王家の者として心からお礼を言わせてください」
「そのようなお言葉を言われるようなことはしていませんのでお気遣いなく」
「まあまあそう言わずに。王国の膿も出せましたし、王家としてはこの上なくありがたいことなのですよ」
「そうですか。それでコランバイン伯爵にはどのような沙汰が下ったのです?」
「領地と財産を没収した上で、十年間の強制労働の後に国外追放となりました」
「それはまた……」

 なんだろう……ゲーム通りなのにその程度では足りないと思ってしまっている。被害者になりかけたからか?

「何か言いたそうですねシュヴァリエ公子?」
「いえまさか。王家が決めたのでしたら私に否やはありませんよ」
「そうですか? 私はてっきりもう少し重い罰でもいいと思っているのかと」
「此度の件は陛下が直々に沙汰を下されたのでしょう?」
「ええ、事が事ですからね」
「であれば心配も指摘も不要です」
「なるほど……シュヴァリエ公子は父上を信頼してくださっているんですね。嬉しい限りですよ」
「……ローダンセ伯爵家はどうなるのですか?」
「彼らは現在カンパニュラ伯爵家にて療養されています。コランバイン伯爵が強奪したローダンセ伯爵家の財産を返還し、売られてしまったものは買い戻している最中です。もっとも民のためにお金に換えたものもあるようです。そちらに関しては買い戻しは不要とローダンセ伯爵から言われてしまいましたが」
「『民のために売った』?」

 思わずと言った感じでイデアルが口に出し直後に慌てて口を閉じた。ああやっぱりね。

「ローダンセの屋敷に不自然なほど物がなかったのはローダンセ公子が民のためにお金に換えていたのですよ。あらかじめ屋敷にあったという隠し部屋に保管。定期的に外部へと流し換金して民に分け与えていたようです。……そうでしたよねパフィオペディラム公子?」

 えっ!? という声と共に知らなかった面々はルーフへと視線を向けた。これもゲームの内容であった事だ。なんてことはない。ルーフはフェリキタスの協力者だったというだけである。だったらなぜ家の力を使って助けなかったのかという話だが、証拠がない上に下手に動けば夫妻の命が失われてしまうからである。そこは貴族だろと思わないでもないが、いかんせん向こうにはがいた。結果として下手に動かないことは正解だったのである。

「……殿下は咎めないのですか?」
「なにをですか? 貴方は民のために尽くしただけでしょう。咎める理由などありませんよ」
「しかし……!」
「真面目な人ですね。けれど本当に不要ですよ? 父上も気にしていませんし」

 寛大な国王だな。いかなる理由であれ、長年ローダンセ伯爵一家のことを知っていたのにも関わらず黙っていたルーフを見逃すとは。

「むしろ貴方はこれからが大変なのですから、対面的にはそれが罰になるでしょう。もっとも貴方にとってはご褒美になってしまうかもしれませんが?」
「……! 殿下それはっ……!」
「成就、おめでとうございます」

 意味がわからず首を傾げる面々を横目に俺は内心頭を抱えた。絶っ対に楽しんでやがるわこのエセ紳士!

「エヴェイユ殿下お戯れがすぎます。何もこの場で遊ぶ必要はないかと。せめて私の前でやらないでいただけますか?」
「おや……シュヴァリエ公子はお気づきだったんですね。せっかくですし応援して差し上げては?」
「ご用がお済みでしたら失礼します」

 そう言うなり俺はやや乱暴に執務室を出た。無礼とかそんなものは知らない。これ以上あいつの遊戯に巻き込まれてはたまらん。今回思い通りに動いてやったんだからむしろ感謝しやがれ!
 ……それにどうせ狭い社交界なんだからすぐ噂になるだろ。

 ーールーフ・パフィオペディラムとシャリテ・サフィニアの婚約が解消され、新たにルーフ・パフィオペディラムとフェリキタス・ローダンセが婚約した、という話は。
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