悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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四頁 カンパニュラの恩恵

55話 穢れの理由

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 フェイバースパイダー。
 数少ない眷属の一体。その体は透明とも純白とも見れる色は太陽光を反射して世界一美しい蜘蛛と称される。眷属の中でもとりわけ温厚なその眷属に気に入られれば生涯幸福でいられる、らしい。
 しかしその体は今や見る影もなく、穢れが黒い斑点のように体全体を侵食しつつあった。纏う気も聖なるものではなく、魔物のそれだ。今は何とか正気を保っているようだが、いつ狂気に変わるともしれない。……やっぱりゲームよりも進行が早い。こりゃ一刻の猶予もないぞ。
 
【グウゥゥゥ……】

 うおっ!? なにかがプツリと切れる音がして俺とクラルテは同時に崩れ落ち地面に膝をつく。……やっとかい。

「「アクナイト公子!/クラルテ!」」

 即座に駆け寄ってきたふたりに支えられながらなんとか立ち上がる。正直座り込みたい。あ~……これ明日動けないやつだ。

「無事か?」
「……ええ。というか意識はありましたのでご心配なく」
「……君は倒れたばかりだろう。その直後の山登りで戦闘までしたんだ。不必要な強がりはよせ」

 ……おう、そういや俺倒れたんでした。すっかり忘れてた。どうりで怠いわけだ。

「まさか忘れていたのか……?」
「……興味がなかっただけです」

 嘘です完全に忘れていました。俺押し花に夢中になるあまり結構生活リズムが崩れてたし。親に何度叱られたことか……。三日連続で夜更かしとかザラにありましたからね。…………自慢にもならないけど。

「自分の体だろう」

 呆れを含んだ声を出すアウルに俺は内心同意した。どんなことをするにしても体は基本だ。口酸っぱく言われてきましたからよくわかっておりますとも。……実行できないだけで。

「アンタたち少しは黙りなさい。眷属の御前よ」

 おっとそうでした。と言ってもこいつは俺たちを害するつもりがないことは知っている。少なくともゲームではそうだった。だからって絶対ではないけども。
 肝心のフェイバースパイダーはというと連れてくるだけ連れてきて俺とクラルテをじっと見ているだけで動く気配がない。おかしいなゲームではすぐに堕ちかけている原因のところへ連れて行ったのに。……って、おや? こいつなぜかクラルテから視線を外して俺を見ているぞ? ……なぜ?
 と思うや否やくるりと方向転換した、というよりは場所を開けた。その先に見えるのは。

「カンパニュラの花畑?」

 …………嘘。
 ゲーム背景と全然違う。そんなことあるかよ。奴の向こう側には黒く変色した木々が連なっていたはずだ。これまでの道すがらとのあまりの変わりように驚き通り越して軽く引いたから変に記憶されたはず。その衝撃の光景を生で見るのかと覚悟していたのに全っ然違うじゃん。いや別の意味で驚いたけどさ。ちょくちょく変わる部分はあったけどまさか背景そのものが違うとは思わなかった。……帰ったらストーリー洗い直そう。これ以上変更点が増えようものなら俺の押し花ライフに支障が出る。…………すでに出ているという言葉は受けつけん!

「こんな山頂に咲く花なのか?」
「……カンパニュラはもともと乾いた土を好み、標高の高い岩場に生息している花だ。だから条件が揃っているならここでも充分咲く」
「詳しいな。アクナイト公子」
 
 あ、やべ。

「そういえば、これまでの出来事も花から解決に導いたんだったな」
「たまたまですよ」

 お馬鹿! なにペロってんだ俺! 花に反応しすぎだろ。なんで俺ってこうなんだろう…………。

「花の知識はいいとして、今はこちらを片付けるべきでは?」
 
 リヒトに正論パンチ食らった。でもありがとう。自分のやらかしで気まずくならずにすんだよ。
 ……じゃなくて。
 フェイバースパイダーが何を求めているかは知っているが、背景が変わっているからわからない。せめて何か目印でもあればいいんだけど。だからって勝手に動き回るのはなぁ……。あの花畑はフェイバースパイダーの完全なテリトリーだ。ゲームではすぐさま回れ右してしまいそうなるほど陰鬱な場所だったからフェイバースパイダーの縄張りということもあって入るのをためらっていたけど、今俺の目の前にあるのは綺麗すぎて怖いくらいのカンパニュラの花畑だ。正直汚してしまいそうで入りたくない。

「フェイバースパイダーは一体何を伝えたいんだ?」
「クラルテとアクナイト公子はわからないか?」

 いやわかるけどどうすればいいのかがわからない。クラルテは本気でわからないようで静かに首を振る。どうせなら全部伝えてからにしてくれませんかねぇ? しかもわざわざと言ったくらいだし。だけどこの後のことを考えたら急いだほうがいいか。じゃないとこの山自体が
 なんて思っていたら、あの祠の靄食らったときのような感覚が全身を包んだ。……おいおい、またかよ。

 ——異界の人間、あそこ

  頭に流れてくる声と同時に前足を少し動かしてある一点を指す。……気づかなかった。花畑の中でフェイバースパイダーが指し示した場所だけ微妙に隆起している。あそこにフェイバースパイダーが堕ちかけるに至った原因があるのか。
 ……なんで俺に話かけてくるのかはさっぱりわからない。クラルテもいるじゃん。

 ——波長、似てる
   そこ人間より話、しやすい

疑問が解消された。わーい……ちっともうれしくないわ。俺は破滅するのは嫌だけどだからといって主人公になりたいわけでもないんだっての。
 けど場所がわかったのなら急いで回収しないとな。
 フェイバースパイダーの示すまま俺はほとんど気力で花畑の中へと足を進めていく。

「シュヴァリエ様何をする気ですか?」

 リヒトの声が後ろから聞こえるが答えている時間が惜しいと俺は構わず歩いていく。

「アクナイト公子一人では危ない」

 そう言いながら俺に続くようにアウルが駆け寄り、その後ろから残されていたメンバーが続いた。みんながみんな緊張した面持ちで歩いている中で大物がひとり。言わずもがなヴィータである。奴だけはその場にしゃがみ込んでなにやら地面をいじりだしていた。おそらく錆ついている部分を持ち帰るつもりだろう。この花畑も中は大丈夫だが花畑の周りは道中にもあった錆があちこちにこびりついているし。
 まあそれは専門家に任せよう。すごいものが出てくるだろうけど、今のところ俺には関係ない。上で勝手にやってくれ。

「アクナイト公子一体どうしたんだ?」
「フェイバースパイダーが示しました。何かあるのでしょう」
「君とクラルテに何も言ってこなかったのか?」
「……百聞は一見に如かず、ですよ」
「……なるほど」

 通じたようで何より。こればっかりは見てもらったほうがはやい。それになにがあるのかはフェイバースパイダーは言わなかった。俺が勝手に知っているだけなのだ。よって嘘は言っていない。仮にも神に属する存在を前に嘘を言うつもりはない。今は特に何が刺激になるかわからないのだ。大人しく言うこと聞きますとも。

「ここです」
「ここをどうするんだ?」

 アウルの問いかけには答えず、少し下がっているように伝えると俺は腰に佩いていた剣を抜き、目の前の隆起地帯めがけて振り下ろした。
 唐突な出来事に一同が瞠目しあんぐりと口を開ける。最近驚かせてばっかりだな。だけどシュヴァリエならいちいち説明しないだろう。勝手にやるさ。
 ……さて、と。隆起した大地を斬った瞬間噴き出したのは祠からあふれ出たのとまったく同じ瘴気を纏った——フェイバースパイダーの卵だった。

「これはまさか……」
「フェイバースパイダーが堕ちかけた原因が判明しましたね」
「我が子の卵を穢されたのか?」
「そのようです。……編入生、この周りの土をどかせ」
「あ、はい」
「シュヴァリエ様! クラルテはさっきまで操られていたんです。少しは労わってくれませんか?」
「それは私も同じだが? 私は土魔法が使えない。だから誰かにやってもらうしかない。故に編入生を指名した。なにか問題でも?」
「……ご自分で掘ればいいでしょう?」
「なぜ私が? 少しは状況を見てから言え。ただでさえ時間がないのに余計な手間を増やすな鬱陶しい」
「はあ? 時間がないって何言って……」

 リヒトが反論しかけた時、突如空気が変わった。同時にフェイバースパイダーから尋常じゃないほどの殺気が噴き出す。あ~あ、お出ましだ。
 
「なんだ!?」
「! 全員構えろ!」

 クラージュが叫んだ瞬間、フェイバースパイダーと卵をめがけて銃弾のようなものが降り注いだ——!
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