悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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四頁 カンパニュラの恩恵

60話 フェイバースパイダーからの恩恵

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 体調も何とか回復し部屋から出られるようになった俺は……今も宿の中にいた。だって少しでも宿の外に出ようものなら——

「シュヴァリエ様、いい加減外に出てはどうですか?」
「リヒトの言う通りだ。倒れてからずっと部屋の中で過ごしていたし、定期的に窓を開けているとはいえ籠りきりはよくない」
「それは私の勝手ですよ」
「だからってこんなところでずっとフェイバースパイダーの子どもを撫でまわしているなんて……正直かわいらしいですね。ついつい目を閉じてしまいたくなってしまいますよ」
「だったら部屋に入らなければいいだけの話だ。それなのにわざわざやって来るとは第二王子の側近候補殿はティータイムがお好きなようだな。実に羨ましい」
「二人ともやめないか」
「アクナイト公子はようやく動けるようになったんだ。療養していても問題ないだろう」
「そうだな。それに……」

 苦笑しながらそっとカーテンを開けると窓の向こうには拝むように手を合わせている村人が大勢いた。

「これではアクナイト公子が外に出たがらないのも伺える」
「仮にも貴族の子息が民との交流を避けるのはどうかと思いますけどね」
「まあまあリヒト。そんなにピリピリしないでよ」
「クラルテは優しすぎるよ。シュヴァリエ様は公爵子息だよ? 甘やかすわけにはいかない」
「またそんなこと言って……アクナイトさんが倒れたときあんなに慌てていたのに」

 ……は? クラルテの奴、何言ってんの?
 見るとリヒトも同じことを思ったのかジト目でクラルテを見つめていた。今の俺とリヒトの思いは同じ。

「「あり得ない、なによりも気持ち悪い」」

 揃った。案の定不快だと言わんばかりの目をしたリヒトと目が合う。リヒトとシュヴァリエの不仲はなぜか人気でよくネットでユーザーたちが盛り上がってましたね。意味わからんけど。
 綺麗に重なった俺たちにアウルとクオーレは深いため息を吐く。そんなに呆れなくても……。

「そういえばヴィータさんはどこに行ったの?」
「彼ならひと足先に戻ると言ってそのまま帰った。後継も産まれた今、一刻も早くアベリア山の穢れを浄化する必要があるからな」
「浄化に関しては我が伯爵家も全面的に支援することになっている。父上からも命令を受けているしな」
「ではしばらく学園には来られないと?」
「ああ。まあそこまで長く休学するつもりはない」

 確かにゲーム内でもそこまで休学していたという印象はなかったな。なにせもうすぐ夏休みだし。なんかそこまで授業受けた記憶がないのはなんでだろう。俺一応学生のはずなのに。授業イベントがないのっておかしくない? ……まあいいや。それよりも問題は……

「ところで、君はいつまで私のところにいるつもりだ?」

 動けるようになった今も俺の膝の上で呑気にリラックスしているフェイバースパイダーの子どもへ目を向ける。こいつは俺のところから離れない。それどころか俺の膝が気に入ったらしく隙あらば膝に乗ってくる。ただこいつは通常の蜘蛛よりも大きいのでこの子蜘蛛は俺の太腿を八本の足で引っ掴んでいるんだけど。俺の足はクレーンゲームの景品じゃないんだがね。

「そんなこと言いながら頭を撫でている時点でまんざらでもないでしょうに」
「リヒト! もうなんでそうすぐに喧嘩腰になるの?」
「喧嘩腰になんかなっていないよ」

 クラルテに指摘されてやや気まずげに視線を逸らすリヒトに俺はそっと視線を向けた。シュヴァリエとリヒトの確執……というよりはシュヴァリエ、リヒト、エヴェイユの因縁は俺が思っている以上に深い。別に緩和されるのを望んでいるわけじゃないけどいちいち突っかかれるのはうざいな。
 そんな俺の思いなど知らぬとばかりに子蜘蛛は気持ちよさそうに寛いでいた。いい気なもんだ。多分フェイバースパイダーから自分の浄化が完了すれば何かしらアクションがあるだろうけど……ほんとうによく許したもんだよな……。確かに人間が救ったのかもしれないけど自分が堕ちかけ卵が危険にさらされる原因になったのも人間だってのに……。

「そういえばその子蜘蛛さん、名前とかは付けないんですか?」
『は?』

 全員が唖然とする中、俺はやらかしの張本人であるクラルテにジト目を向ける。本当に命知らずだよなぁこいつは。さすが主人公と褒めるべきだろうかね? 
 そんな俺たちに気付かずクラルテは話を進めていく。

「だっていつまでも子蜘蛛って呼ぶのも不便だし、ここまで懐いてくれているんですから。もちろん子蜘蛛さんがよければ、ですが」

 どうですか? とにこやかに子蜘蛛へ訊ねるクラルテに俺は頭を抱えたくなった。いやね、たしかに言い分は間違ってはいませんよ? そもそもゲームで同じ発言していましたし。だからと言ってじゃあつけましょう! なんて流れにはなりませんって。たとえ子蜘蛛がよくてもフェイバースパイダーはどうなんだってなるでしょうが。
 話題の中心はというとクラルテの問いに首を傾げたまま動かない。こいつがフェイバースパイダーのようにテレパシーが使えればいいんだけど生まれて間もない赤ん坊にはできない相談だ。
 ……と、あれこれ考えていた時、子蜘蛛が唐突にピクリと動き俺の膝から降りてどこかへ向かおうと扉へ向かおうとしている。この現象ゲームであったな。『お迎え』だ。

「いきなりどうしたんだ?」
「『お迎え』だ」
「お迎え……ってことはフェイバースパイダーからか?」
「他に何があるんです? この子蜘蛛を連れてアベリア山へ行ってきます」
「一人では危険だ」
「僕たちも行きます!」
「シュヴァリエ様になんか任せられませんし」

 こんな大人数で行ってどうするんだ。

「アベリア山が安全になったかどうかわからないしその子蜘蛛はできるだけ人目にさらさないほうがいい。大人数で行けば少しは目くらましにはなるはずだ」

 ……たしかに宿の外があんな状態である以上少しでもこの子蜘蛛を隠したほうがいいだろう。いくらなんでもこの面子に絡んでくるアホはいないだろうし、盾引き連れて子蜘蛛の護衛としゃれこみますか。

 
    ♦♦♦♦♦♦♦


 再びやってきましたアベリア山! 
 ここまでの道のりははっきり言って最悪だった。まず宿から出たとたんに村人から口々にお礼を言われた。しかもめちゃくちゃ平身低頭で。そんなことされたことのない人間からすれば一種の恐怖ですよ。正直この山のほうが落ち着く。あとは今俺の胸に引っ付いているもふもふ子蜘蛛は本当に癒しだ。いや眷属を癒し要素にするのはどうかと思うけど、この場合はかわいい子蜘蛛が悪い。 
 忙しない子蜘蛛を地面に下ろすと子蜘蛛はそのまま山を登っていく。

「これで役目は終わりか?」
「そのはずです。これ以上は人が関わるべきではないでしょう。精々がこの山の浄化に手を貸す程度でしょうがそれはカンパニュラ家の仕事です」
「カンパニュラの誇りにかけて最善を尽くす」

 決意を込めた強い言葉に特に反応はせず子蜘蛛が山を登っていくのを見つめていた。……が木々が不自然に揺れているのが目に入り、思わず睨みつけた。アウルとクオーレも気づいたようで瞬時に剣を抜いてあたりを警戒する。リヒトとクラルテも奇妙に思ったのか険しい表情で周囲を見渡した。
 俺はじっと木々を観察していると太陽光に反射する細い糸のようなものを捉えた。なんだあれ……こんな場所に糸? …………糸? 
 
「木々の間に糸のようなものが見える」
「糸?」
「……ああ、なにか糸状に光っていると思っていたがやはりか」
「どうするんです?」
「行くしかないだろう。少なくとも悪い予感はしない」

 俺はそう言ってゆっくりと木々の間に近づいて透明にも見える糸にそっと触れる。すると一本の細い糸だったはずのものがすさまじい早さで俺の腕に巻きついた。俺の腕を芯にして巻きつきやがてずっしりとした糸の束となった。

「これは一体……?」
「こんなことが…………」
「なぜ?」
「すごい……」

 各々の感想を述べながら揃って呆然としている面々は放置して俺は糸束をじっくりと観察する。…………おいこれって、欲しいと思っていたフェイバースパイダーの糸じゃん! なんでこんなに!? っていうかこんな簡単に手に入っていいわけ!?

 ——人間、ご褒美、あげる

 心の中でパニックを起こしていると頭に声が響いてきた。もはや何度目かのテレパシーですが……ご褒美? これが!?

 ——あげる、言った

 …………そういやそんなこと言っていましたね。でもこの量はちょっとやりすぎだと思うんだが。

 ——まだ、ある

 はい?

 ——木の根っこ

 フェイバースパイダーの言葉に心の底から首を傾げながら近くの木の根を見てみるとそこには……


「カンパニュラの花?」

 俺の言葉に驚愕した面々は後ろから木の根をのぞき込んできた。

「え!?」
「なに?」
「もしかしてこの花……あの花畑の花では?」
「白に紫にピンク! 綺麗ですね」
「だけどなぜ?」
「アクナイト公子は花が好きだと知り、摘んできたのでは?」
「蜘蛛が? どうやって……」
「リヒト、無粋だぞ」

 ——異界の人間、花、好き、あげる

 ……確かに好きだけど、まさか神に属する存在から賜る日が来るとは思わなかった。断るのも失礼だし、受け取りますか。

「受け取るのか?」
「ええ。断るのも失礼でしょう」
「そうだな」

 俺は立ち上がり、みんな揃ってフェイバースパイダーのいるであろう山頂を見つめる。

『立ち入ったことに魂から謝罪を。慈悲の品々に生涯の感謝を。我が魂がこの世界に在ることに永劫の誉を』

 この世界の神々に捧げる祝詞を全員で述べ、俺たちはアベリア山に背を向ける。そんな俺たちを見送ったのは木の裏に隠れて見つからなかった、枯れたカンパニュラの花一輪。

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