悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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五頁 孤立したホオズキ

72話 夜闇に燃える

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 その時——盛大な爆発音とともに闇に覆われていた窓が深紅に輝いた。
 赤く染まっていく町を見ながらしばらく呆然としていたヌカヅキだが、唐突に狂ったように笑いだし目を血走らせながら窓の外を指さす。

「なにが俺の思い通りにはならないって? あれを見ろ! 俺を殺したファルカタのクズ共が燃えているんだよ! どんなに足掻こうが結局は俺の描いたようになった! あは、あはは、あはははははははは!!!!!」

 目を血走らせ声高々に笑っているヌカヅキに視線を向けることなく俺は窓を開け放ち身を乗りだして煌々と揺れる赤を見つめていた。まるで巨大なホオズキのようだな。とか考えていたら横から武器が迫り咄嗟に避ける。だけど俺は今体がガッタガタのため完全には避けきれず左の二の腕をすっぱりやられた。ヌカヅキの武器の切れ味がいいからか大して痛みがなかったのは幸い……でも、痛いのは痛い。感覚としてはあれだ、紙で指先切ったみたいな感じ。ヌカヅキは手練れだね。腕のいい奴のナイフとか剣は素人の振るうものに比べて痛みが少ないって聞いたことあるけど本当だったんだ。……ちょっと感動。
 痛みの元凶に目を向けるとたった今付いたばかりの血を滴らせながら無表情で立っていた。

「アンタさなんでずっと余裕でいられるわけ? ちょっとは動揺するとかさ、なんか反応ないわけ? 町が燃えているのが見えたら狼狽えるくらいするでしょ普通。なのにすました顔で窓見られるとかどんな神経しているわけ?」

 いや待て、お前にだけは言われたくないんですけど!? ていうか反応しなかったのがそんなに不満かよ。反応しないんじゃなくて表情筋が仕事しないだけだっつーの。くそ、こんな状態でアウルが来たら何て言われるやら……あれ? 別にアウルに見つかったところでどうということでもないのに、なんで? …………まあいいや。それよりも本当に立っていられなくなってきたんだけど。動きの鈍い獲物を暗殺者が見逃すはずはなくここぞとばかりにヌカヅキは俺に向かってくる。浅い切り傷が次第に増えていく。だけどここで意識を失えばそれこそこいつの思うつぼだ。

「いい加減諦めなよ。そんなに頑張ってどうするのさ~。そのまま眠ってしまえば楽になれるのになんで意地を張るかな? それとも……もっと薬を嗅がせてあげようか?」

 ほとんど言うことを聞かない俺の体を羽交い締めにして耳元で囁く。甘い言葉で人を堕落させる悪魔のように笑いながら音を流してくるヌカヅキが……超腹立つからとりあえず今出せる全力で髪の毛を引っ張ってやった。格好つけて顔なんか寄せてくるからだよバカヅキ。

「ちょっとちょっと! 髪の毛引っ張るとか反則だろクソ貴族が!」
「耳元で騒ぐな」

 こいつ男にしては声高いんだからマジでやめてほしい。まあ……

「う゛あっ!?」
 
こいつを俺から遠ざければいいだけなんだけど。渾身の力を込めて髪の毛を掴んでいる腕を振り回し俺からヌカヅキを離す。柔道でもやっていれば簡単だったんだろうけど生憎授業でしかやっていないので無理だった。この状況だったら背負い投げかな? 知らんけど。

「アンタ…………びっくりするくらい乱暴だね。そんな状態で動けるっていうのも驚きなのに反撃してくるとは思わなかった~……だけどもう限界みたいだし、遊びは終わりだよ」

 悔しいけどそうみたいだな。もう立っていられないし視界が霞んでヌカヅキの姿どころか近くの窓枠すらぼやけて見える。
 ヌカヅキは床に膝をつき倒れかけている俺に歩み寄り武器を喉元へ添えて微笑む。
 この状況ではもう詰みだ。

「さようなら」
 
 ……………………俺一人だったらの話だけど♪

「……随分と派手にやっていたなアクナイト公子」
「!? 誰だっ!!!」

 困惑と怒りの混ざった叫び声をあげた直後、派手な音を立てて——ヌカヅキの体が宙に舞った。よほど強い力を受けたのだろう、ヌカヅキの体は扉さえ吹き飛ばしその先の大木に思いきり激突する。……正直かなり痛そう。

「誰とは酷いな。何度も会っているだろう」

 俺の体を静かに支える温もりとは正反対の冷え切った聞き覚えのある声に俺はそっと息を吐いた。後は任せてこのまま眠りたいところだけどまだ全部終わっていないからなぁ。

「大丈夫か?」
「ええ、予想よりも時間がかかりましたね——オルニス公子」
「すまない。……この香りは、薬を使われたのか?」
「ええまあ、無様にも。笑いたければどうぞ」
「そんなことを言っている場合じゃないだろう」

 俺を連れ出したアウルヒーローは建物の外の柱にそっと寄りかからせてヌカヅキに近づいていく。アウルの拳だか蹴りだかを食らったヌカヅキは木に激突した影響でまだゲホゲホしていた。因果応報乙~! こんな状況だけど柊紅夏だったら絶対指さして笑っていたのにシュヴァリエ・アクナイトの表情筋は本当に仕事しない。
 何とか復活したらしいヌカヅキはアウルの姿を捉えると一瞬の瞠目の後、顔から一切の表情が消え失せた。

「アウル・オルニス……なんでいるんだよ」
「なに、花の香りに誘われただけだ」

 問いに答える間もアウルは鋭い視線を向けている。ヌカヅキもまさかの登場に警戒を露わにし武器を構えた。

「公爵子息暗殺未遂の現行犯だな。大人しく降伏しろ」
「はあ? 冗談はやめてよ。シュヴァリエ・アクナイトの暗殺依頼は賞金がいいんでね」
「町を燃やす計画を立てていたのも金のためか?」
「いや? それはもともと企んでいたことだよ? それよりさぁ……さっきのふざけた理由じゃなくて真面目に教ええてくんない?」
「何をだ?」
「とぼけんなよ。なんでここに来れたのかって聞いてんの! アンタ祭り会場にいただろうが!? どうやってこんな短時間でそいつの居場所見つけられたわけ? だいたいアン」

 おかしなところで途切れた言葉に俺は閉じそうになる瞼をなんとか上げる。そこには両腕から血を滴らせたヌカヅキとヌカヅキの武器を握ったアウルの姿があった。……え? はい? いったいこの一瞬でナニガおこったんでしょうか? だ~れ~か~解説してくれ~!

「ははっ……うっそでしょアンタ。俺が話している間に武器を奪ってそのまま腕斬りつけるとかアリ? アンタがおかしいの? それともおかしいのはアンタの国?」
「黙れ」

 アウルが発したのはたった一言。だがその言葉に込められた重みは尋常ではない。血塗られた武器を構えているから余計に威圧感半端ないわ。でも状況解説ありがとうございます。つーかまずいな。そろそろマジで意識が持たないんだけど。血も流れているからか、ちょっとぬめっている感触が気持ち悪い。急所は避けられているし傷口自体は浅いといってもなにぶん箇所が多いからさっさと縛ってしまいたいけど薬のせいで意識が持たないな。なにかいい方法は…………。朦朧とする意識の中でふと切っ先の鋭い枝が目に入った。よく漫画なんかで意識を失いそうになったときに持っていた刃物なんかで自分の体を傷つけて痛みによって意識を保つってやつがあったはず。…………よし。
 俺はなんとか枝を掴むとそのまま太腿に思い切り突き刺した。……いってえぇぇぇ!!!!!

「アクナイト公子!?」
「わぁお……ほんっとうに度胸あるね。とても親の顔色を窺っていた望まれざる子どもとは思えない豪胆さなんだけど」

 揃って感心してんじゃねえよ。ほんとこれやるキャラの神経が知れない。別の意味で意識失うよこれ。

「さて、これ以上時間を浪費するつもりはない。オルニス公子が来た時点で君の計画は失敗している。大人しく降参したほうが身のためだと思うが?」
「……笑わせないでよ。何勝手に失敗扱いしているわけ? 確かにこの状況ではアンタの暗殺は無理そうだけど、クソみたいな町は計画通りに燃えている。あはは、ツヴィトーク有数の観光地がなくなっちゃったけど……どうする気かなぁ!!!」

 もはや狂気に包まれたヌカヅキは歪だった。その身に受けた憎悪と絶望に呑まれかけているのかもしれない。アウルが武器を握り直し、ヌカヅキの首筋に食い込ませた。
 目を爛々と輝かせ得意げに笑うヌカヅキに俺は——

 
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