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第6章 氷の将軍
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冬の風はまだ厳しく、庭の雪もなかなか溶けません。
それでも、少しずつ春の兆しが見えてきました。
この領地に来てから、もう十日ほどが経ちます。
最初に見た荒れた庭も、今では穏やかな景色に変わりつつありました。
「アメリア様、お花の芽が……!」
「本当? まあ……!」
地面を押し分けるようにして、小さな花のつぼみが顔を出していました。
その可憐な黄色を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなります。
「よかった……これで、この庭にも春が来ますね」
兵士たちも顔を見合わせて笑いました。
あの無骨だった人たちが、今では花壇の水やりまでも手伝ってくれるようになったのです。
「ほんと、不思議な娘さんだよな。将軍まで様子を見に来るなんて」
「え、えっ、将軍が!?」
思わず振り返ると、遠くの回廊から見慣れた黒衣の背中がありました。
庭を見下ろす位置に立ち、静かにこちらを見ています。
ゆらぐ雪空を背に、まるで氷の彫刻のように美しい。
「……今日も“監視”でしょうか」
「違うと思いますぜ」
兵士たちがにやりと笑って去っていきました。
頬が少し熱くなるのを、冷たい風のせいにしました。
~~~~~~~~~~
その夜。
王都では考えられないほど静かな夜が訪れます。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、木の芳ばしい香りが部屋に満ちていました。
ふと廊下を歩いていると、訓練場の方から鉄の音が聞こえました。
気になって外へ出てみると、夜明け前の空の下で――
ライナルト様が一人、剣を振っていました。
「……こんな時間に……」
夜明けの冷気の中、息さえも白くなるほどの寒さ。
それでも彼の動きは静かで力強く、氷を砕くように鋭く正確でした。
「剣は嘘をつかない。誤魔化せば、命を奪われる。」
独り言のように呟く声が耳に届きました。
思わず立ち止まり、見惚れてしまいます。
その表情は、鋼の面影の中にどこか悲しげで――。
「……アメリアか」
気づかれていました。
振り向いた彼の額に、薄い汗が光っています。
「申し訳ありません、驚かせてしまって」
「いや。見物客は久しぶりだ」
そう言って剣を鞘に収める仕草が、どこか穏やかで優雅でした。
寡黙な将軍――というより、本当はとても繊細な人なのかもしれません。
「夜明け前から訓練されているのですか?」
「眠れない夜もある。昔の戦のことを思い出す」
「……“氷の将軍”と呼ばれているのは、その戦のせいですか?」
聞いた瞬間、胸がどくんと鳴りました。
失礼かもしれないと思ったのに、彼は静かに頷きました。
「そうだ。三年前の北方戦で、多くの部下を失った。守れなかった命の分だけ、心が凍った」
低く落ち着いた声に混じる、痛みの響き。
雪の冷たさよりも静かに、心に沁みてきました。
「……ライナルト様」
「民は俺を“冷たい将軍”と呼ぶ。だが、戦場で泣く時間があれば、誰かを救えたかもしれない。だから凍るしかなかった」
そう言って彼は微かに笑いました。
その笑顔があまりにも哀しくて、見ていられませんでした。
ふらりと歩み寄って、無意識に手を伸ばしてしまったのです。
「……それでも、凍らない心もあります。
誰かを想う気持ちは、きっと消えないから」
自分でも驚くほど自然に出た言葉でした。
指先が、ライナルト様の手の甲に触れた瞬間、彼は息をのんだように動きを止めました。
「アメリア……」
呼ばれた名前が、そのまま心の奥に落ちていきます。
その声は、雪を溶かすように優しかった。
わたしたちは小さく笑って、視線を交わしました。
「寒いでしょう。中に入れ」
「はい。けれど――」
言いかけて、思いきって言葉を継ぎました。
「もしまた夜眠れない時があったら……お話を聞かせてください。
戦のことでも、昔のことでも。黙って聞くくらいなら、得意です」
ライナルト様はほんの一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからわずかに口角を上げました。
「変わった娘だな。……だが、頼もしい」
その笑顔はどこまでも静かで、そしてやさしかった。
~~~~~~~~~~
その夜、寝台の上で目を閉じても、心臓が落ち着きませんでした。
あの人の瞳。冷たく見えて、実はあんなにも優しい光。
「……氷の将軍、なんて嘘ですよ」
小声でそう呟いた瞬間、窓の外で雪がひとひら溶けるのを見ました。
心の中で暖かな炎が灯るのを感じながら、そっとまぶたを閉じます。
この屋敷にいる限り、もしかしたら――。
もう一度、自分の運命を信じられるかもしれない。
静かな寒夜の中、暖炉の音だけがやさしく響いていました。
それでも、少しずつ春の兆しが見えてきました。
この領地に来てから、もう十日ほどが経ちます。
最初に見た荒れた庭も、今では穏やかな景色に変わりつつありました。
「アメリア様、お花の芽が……!」
「本当? まあ……!」
地面を押し分けるようにして、小さな花のつぼみが顔を出していました。
その可憐な黄色を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなります。
「よかった……これで、この庭にも春が来ますね」
兵士たちも顔を見合わせて笑いました。
あの無骨だった人たちが、今では花壇の水やりまでも手伝ってくれるようになったのです。
「ほんと、不思議な娘さんだよな。将軍まで様子を見に来るなんて」
「え、えっ、将軍が!?」
思わず振り返ると、遠くの回廊から見慣れた黒衣の背中がありました。
庭を見下ろす位置に立ち、静かにこちらを見ています。
ゆらぐ雪空を背に、まるで氷の彫刻のように美しい。
「……今日も“監視”でしょうか」
「違うと思いますぜ」
兵士たちがにやりと笑って去っていきました。
頬が少し熱くなるのを、冷たい風のせいにしました。
~~~~~~~~~~
その夜。
王都では考えられないほど静かな夜が訪れます。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、木の芳ばしい香りが部屋に満ちていました。
ふと廊下を歩いていると、訓練場の方から鉄の音が聞こえました。
気になって外へ出てみると、夜明け前の空の下で――
ライナルト様が一人、剣を振っていました。
「……こんな時間に……」
夜明けの冷気の中、息さえも白くなるほどの寒さ。
それでも彼の動きは静かで力強く、氷を砕くように鋭く正確でした。
「剣は嘘をつかない。誤魔化せば、命を奪われる。」
独り言のように呟く声が耳に届きました。
思わず立ち止まり、見惚れてしまいます。
その表情は、鋼の面影の中にどこか悲しげで――。
「……アメリアか」
気づかれていました。
振り向いた彼の額に、薄い汗が光っています。
「申し訳ありません、驚かせてしまって」
「いや。見物客は久しぶりだ」
そう言って剣を鞘に収める仕草が、どこか穏やかで優雅でした。
寡黙な将軍――というより、本当はとても繊細な人なのかもしれません。
「夜明け前から訓練されているのですか?」
「眠れない夜もある。昔の戦のことを思い出す」
「……“氷の将軍”と呼ばれているのは、その戦のせいですか?」
聞いた瞬間、胸がどくんと鳴りました。
失礼かもしれないと思ったのに、彼は静かに頷きました。
「そうだ。三年前の北方戦で、多くの部下を失った。守れなかった命の分だけ、心が凍った」
低く落ち着いた声に混じる、痛みの響き。
雪の冷たさよりも静かに、心に沁みてきました。
「……ライナルト様」
「民は俺を“冷たい将軍”と呼ぶ。だが、戦場で泣く時間があれば、誰かを救えたかもしれない。だから凍るしかなかった」
そう言って彼は微かに笑いました。
その笑顔があまりにも哀しくて、見ていられませんでした。
ふらりと歩み寄って、無意識に手を伸ばしてしまったのです。
「……それでも、凍らない心もあります。
誰かを想う気持ちは、きっと消えないから」
自分でも驚くほど自然に出た言葉でした。
指先が、ライナルト様の手の甲に触れた瞬間、彼は息をのんだように動きを止めました。
「アメリア……」
呼ばれた名前が、そのまま心の奥に落ちていきます。
その声は、雪を溶かすように優しかった。
わたしたちは小さく笑って、視線を交わしました。
「寒いでしょう。中に入れ」
「はい。けれど――」
言いかけて、思いきって言葉を継ぎました。
「もしまた夜眠れない時があったら……お話を聞かせてください。
戦のことでも、昔のことでも。黙って聞くくらいなら、得意です」
ライナルト様はほんの一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからわずかに口角を上げました。
「変わった娘だな。……だが、頼もしい」
その笑顔はどこまでも静かで、そしてやさしかった。
~~~~~~~~~~
その夜、寝台の上で目を閉じても、心臓が落ち着きませんでした。
あの人の瞳。冷たく見えて、実はあんなにも優しい光。
「……氷の将軍、なんて嘘ですよ」
小声でそう呟いた瞬間、窓の外で雪がひとひら溶けるのを見ました。
心の中で暖かな炎が灯るのを感じながら、そっとまぶたを閉じます。
この屋敷にいる限り、もしかしたら――。
もう一度、自分の運命を信じられるかもしれない。
静かな寒夜の中、暖炉の音だけがやさしく響いていました。
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