【完結】25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても

朝日みらい

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第6章 氷の将軍

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 冬の風はまだ厳しく、庭の雪もなかなか溶けません。  
 それでも、少しずつ春の兆しが見えてきました。

 この領地に来てから、もう十日ほどが経ちます。  
 最初に見た荒れた庭も、今では穏やかな景色に変わりつつありました。

「アメリア様、お花の芽が……!」
「本当? まあ……!」

 地面を押し分けるようにして、小さな花のつぼみが顔を出していました。  
 その可憐な黄色を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなります。

「よかった……これで、この庭にも春が来ますね」

 兵士たちも顔を見合わせて笑いました。  
 あの無骨だった人たちが、今では花壇の水やりまでも手伝ってくれるようになったのです。

「ほんと、不思議な娘さんだよな。将軍まで様子を見に来るなんて」
「え、えっ、将軍が!?」

 思わず振り返ると、遠くの回廊から見慣れた黒衣の背中がありました。  
 庭を見下ろす位置に立ち、静かにこちらを見ています。  
 ゆらぐ雪空を背に、まるで氷の彫刻のように美しい。

「……今日も“監視”でしょうか」
「違うと思いますぜ」

 兵士たちがにやりと笑って去っていきました。  
 頬が少し熱くなるのを、冷たい風のせいにしました。

~~~~~~~~~~

 その夜。  
 王都では考えられないほど静かな夜が訪れます。  
 暖炉の火がぱちぱちと音を立て、木の芳ばしい香りが部屋に満ちていました。

 ふと廊下を歩いていると、訓練場の方から鉄の音が聞こえました。

 気になって外へ出てみると、夜明け前の空の下で――  
 ライナルト様が一人、剣を振っていました。

「……こんな時間に……」

 夜明けの冷気の中、息さえも白くなるほどの寒さ。  
 それでも彼の動きは静かで力強く、氷を砕くように鋭く正確でした。

「剣は嘘をつかない。誤魔化せば、命を奪われる。」

 独り言のように呟く声が耳に届きました。  
 思わず立ち止まり、見惚れてしまいます。  
 その表情は、鋼の面影の中にどこか悲しげで――。

「……アメリアか」

 気づかれていました。
 振り向いた彼の額に、薄い汗が光っています。

「申し訳ありません、驚かせてしまって」
「いや。見物客は久しぶりだ」

 そう言って剣を鞘に収める仕草が、どこか穏やかで優雅でした。  
 寡黙な将軍――というより、本当はとても繊細な人なのかもしれません。

「夜明け前から訓練されているのですか?」
「眠れない夜もある。昔の戦のことを思い出す」

「……“氷の将軍”と呼ばれているのは、その戦のせいですか?」

 聞いた瞬間、胸がどくんと鳴りました。  
 失礼かもしれないと思ったのに、彼は静かに頷きました。

「そうだ。三年前の北方戦で、多くの部下を失った。守れなかった命の分だけ、心が凍った」

 低く落ち着いた声に混じる、痛みの響き。  
 雪の冷たさよりも静かに、心に沁みてきました。

「……ライナルト様」
「民は俺を“冷たい将軍”と呼ぶ。だが、戦場で泣く時間があれば、誰かを救えたかもしれない。だから凍るしかなかった」

 そう言って彼は微かに笑いました。
 その笑顔があまりにも哀しくて、見ていられませんでした。

 ふらりと歩み寄って、無意識に手を伸ばしてしまったのです。

「……それでも、凍らない心もあります。  
 誰かを想う気持ちは、きっと消えないから」

 自分でも驚くほど自然に出た言葉でした。  
 指先が、ライナルト様の手の甲に触れた瞬間、彼は息をのんだように動きを止めました。

「アメリア……」

 呼ばれた名前が、そのまま心の奥に落ちていきます。  
 その声は、雪を溶かすように優しかった。

 わたしたちは小さく笑って、視線を交わしました。

「寒いでしょう。中に入れ」
「はい。けれど――」

 言いかけて、思いきって言葉を継ぎました。

「もしまた夜眠れない時があったら……お話を聞かせてください。  
 戦のことでも、昔のことでも。黙って聞くくらいなら、得意です」

 ライナルト様はほんの一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからわずかに口角を上げました。

「変わった娘だな。……だが、頼もしい」

 その笑顔はどこまでも静かで、そしてやさしかった。

~~~~~~~~~~

 その夜、寝台の上で目を閉じても、心臓が落ち着きませんでした。  
 あの人の瞳。冷たく見えて、実はあんなにも優しい光。

「……氷の将軍、なんて嘘ですよ」

 小声でそう呟いた瞬間、窓の外で雪がひとひら溶けるのを見ました。

 心の中で暖かな炎が灯るのを感じながら、そっとまぶたを閉じます。

 この屋敷にいる限り、もしかしたら――。  
 もう一度、自分の運命を信じられるかもしれない。

 静かな寒夜の中、暖炉の音だけがやさしく響いていました。
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