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第21章 春の目覚め
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春の朝は、こんなにも静かなものだったでしょうか。
窓をわずかに開けると、柔らかな風がカーテンを揺らし、外から花の香りが流れてきました。
鳥たちが囀り、小川のせせらぎが聞こえる。世界全体が、まるで深い眠りから覚めたばかりのように穏やかです。
私は寝台から起き上がり、肩に羽織をかけました。
鏡の前の自分の頬が、ほんのりと桜色に染まっているのを見て、思わず苦笑します。
「ふふ……ようやく、本当に元気になったみたい」
まだ少し指先に残る弱々しさを感じながらも、体の中を流れる力がしっかりと戻ってきているのが分かりました。
昨夜、アレクシス様の腕の中で安らかな眠りについた後——夢の中で、青い泉が光り、祖母の声が微かに響いていたのです。
“愛する人と歩みなさい。その人が、あなたの未来を変えるのだから。”
目を覚ました時、頬に温かな光が差していました。
あれは夢ではなく、きっと祝福の証だったのでしょう。
「おはようございます、リリア様!」
明るい声がして、扉の向こうからメアが入ってきました。
彼女の手には花籠が抱えられています。見れば、色とりどりの春花がいっぱいでした。
「庭園に、こんなに花が! 冬の間眠っていた薬草たちも、今朝一斉に芽吹いたんです!」
「まあ……!」
私は思わず手を口に当てました。昨日まで固かった土の表面から、小さな芽がのぞいている。それはまるで、あの泉の光が大地にも届いたかのようでした。
「アレクシス様が、お呼びです。庭園までお越しくださいって」
「はい。すぐ行きます!」
嬉しさに胸が高鳴り、外衣を羽織る手が少し震えました。
けれどその手に宿る力は、確かなもの。
もう、あの冷たい毒の気配はどこにもありません。
私は花の香りを胸いっぱいに吸い込み、外へ出ました。
***
「おはよう、リリアーナ。」
声をかけられた瞬間、早朝の陽だまりがいっそう眩しくなった気がしました。
庭園の中央で、アレクシス様が立っていました。
黒の外套を脱いだ彼はいつもより柔らかく、風に揺れる銀髪が光を反射してきらめいています。
その足元には一面の薬草の芽。ほんのり緑色の絨毯のようでした。
「お前の庭、素晴らしいな」
「本当に……うれしいです」
そう言って笑うと、彼も穏やかに微笑みを返しました。
差し出された手に気づき、私もそっと指を重ねました。
その手があたたかい。前よりもずっと。
アレクシス様が私の手を引き、薬草園の中をゆっくり歩きます。
春風がひとひら花びらを運び、私たちの間を通り抜けました。
見上げれば、白い雲が穏やかに流れています。
「リリアーナ。あの時、泉で見た光を覚えているか」
「ええ。あの青い泉の中で、お祖母様の声を聞きました」
「俺にも見えた。泉に映ったお前の姿が、まるで“光”そのもので」
「光なんて……そんなこと」
「違うか?」
アレクシス様は微笑み、そっと私の頬に触れました。
「あの光は、お前そのものだ。俺の目には見える」
頬の熱を隠せずにうつむくと、彼は楽しそうに笑いました。
それから小さく囁きます。
「照れている顔も、可愛らしいな」
「もう……アレクシス様ったら……」
そのやり取りに、気づけば笑みが溢れていました。
ふと、彼が足を止めました。
薬草園の奥、まだ雪の残る一角——そこには、小さな白い蕾が並んでいました。
「この花、見覚えがないな」
「“氷華草”です。泉の光が当たった土から芽吹いたのだと思います」
私は膝をつき、そっと手を伸ばしました。
冷たいけれど、柔らかくて。
まるで冬の名残と春のあいだに生まれた、奇跡のような花。
「名をつけよう。」
アレクシス様が言いました。
「お前の好きな名を。」
少し考え、私は微笑みました。
「“始まり草”はどうでしょう。冬が終わって、一番最初に咲く花だから」
「いい名だ。……俺たちの始まりと同じだな」
その言葉に胸が熱くなり、思わず彼を見上げました。
陽光が彼の頬を照らし、その髪が風に揺れる。
「アレクシス様」
「ん?」
「私、この庭をもっと広げたいんです。花だけでなく、人の心も癒せる場所に」
「それはいい考えだ。なら俺は、その庭を守る城を建てよう。どんな嵐も通さぬように」
「……本当に、頼もしい方ですね」
「頼もしさでは負けたくない。お前を、俺の手で守りたいんだ」
冗談めかして言いながらも、その瞳には真摯な光が宿っていました。
そのまま、彼が私の手を取ります。
指先が触れるたび、胸がくすぐったくて幸せで。
「リリアーナ。」
「はい?」
「好きだ……光溢れるほど」
彼の声が風に溶けました。
私はその手を握り返し、そっと微笑みました。
――この人と出会うために、私は25番目の花嫁になったのだ、と。
遠くで風鈴のように鳥が鳴き、花びらが舞う。
新しい朝は、穏やかに流れ始めていました。
窓をわずかに開けると、柔らかな風がカーテンを揺らし、外から花の香りが流れてきました。
鳥たちが囀り、小川のせせらぎが聞こえる。世界全体が、まるで深い眠りから覚めたばかりのように穏やかです。
私は寝台から起き上がり、肩に羽織をかけました。
鏡の前の自分の頬が、ほんのりと桜色に染まっているのを見て、思わず苦笑します。
「ふふ……ようやく、本当に元気になったみたい」
まだ少し指先に残る弱々しさを感じながらも、体の中を流れる力がしっかりと戻ってきているのが分かりました。
昨夜、アレクシス様の腕の中で安らかな眠りについた後——夢の中で、青い泉が光り、祖母の声が微かに響いていたのです。
“愛する人と歩みなさい。その人が、あなたの未来を変えるのだから。”
目を覚ました時、頬に温かな光が差していました。
あれは夢ではなく、きっと祝福の証だったのでしょう。
「おはようございます、リリア様!」
明るい声がして、扉の向こうからメアが入ってきました。
彼女の手には花籠が抱えられています。見れば、色とりどりの春花がいっぱいでした。
「庭園に、こんなに花が! 冬の間眠っていた薬草たちも、今朝一斉に芽吹いたんです!」
「まあ……!」
私は思わず手を口に当てました。昨日まで固かった土の表面から、小さな芽がのぞいている。それはまるで、あの泉の光が大地にも届いたかのようでした。
「アレクシス様が、お呼びです。庭園までお越しくださいって」
「はい。すぐ行きます!」
嬉しさに胸が高鳴り、外衣を羽織る手が少し震えました。
けれどその手に宿る力は、確かなもの。
もう、あの冷たい毒の気配はどこにもありません。
私は花の香りを胸いっぱいに吸い込み、外へ出ました。
***
「おはよう、リリアーナ。」
声をかけられた瞬間、早朝の陽だまりがいっそう眩しくなった気がしました。
庭園の中央で、アレクシス様が立っていました。
黒の外套を脱いだ彼はいつもより柔らかく、風に揺れる銀髪が光を反射してきらめいています。
その足元には一面の薬草の芽。ほんのり緑色の絨毯のようでした。
「お前の庭、素晴らしいな」
「本当に……うれしいです」
そう言って笑うと、彼も穏やかに微笑みを返しました。
差し出された手に気づき、私もそっと指を重ねました。
その手があたたかい。前よりもずっと。
アレクシス様が私の手を引き、薬草園の中をゆっくり歩きます。
春風がひとひら花びらを運び、私たちの間を通り抜けました。
見上げれば、白い雲が穏やかに流れています。
「リリアーナ。あの時、泉で見た光を覚えているか」
「ええ。あの青い泉の中で、お祖母様の声を聞きました」
「俺にも見えた。泉に映ったお前の姿が、まるで“光”そのもので」
「光なんて……そんなこと」
「違うか?」
アレクシス様は微笑み、そっと私の頬に触れました。
「あの光は、お前そのものだ。俺の目には見える」
頬の熱を隠せずにうつむくと、彼は楽しそうに笑いました。
それから小さく囁きます。
「照れている顔も、可愛らしいな」
「もう……アレクシス様ったら……」
そのやり取りに、気づけば笑みが溢れていました。
ふと、彼が足を止めました。
薬草園の奥、まだ雪の残る一角——そこには、小さな白い蕾が並んでいました。
「この花、見覚えがないな」
「“氷華草”です。泉の光が当たった土から芽吹いたのだと思います」
私は膝をつき、そっと手を伸ばしました。
冷たいけれど、柔らかくて。
まるで冬の名残と春のあいだに生まれた、奇跡のような花。
「名をつけよう。」
アレクシス様が言いました。
「お前の好きな名を。」
少し考え、私は微笑みました。
「“始まり草”はどうでしょう。冬が終わって、一番最初に咲く花だから」
「いい名だ。……俺たちの始まりと同じだな」
その言葉に胸が熱くなり、思わず彼を見上げました。
陽光が彼の頬を照らし、その髪が風に揺れる。
「アレクシス様」
「ん?」
「私、この庭をもっと広げたいんです。花だけでなく、人の心も癒せる場所に」
「それはいい考えだ。なら俺は、その庭を守る城を建てよう。どんな嵐も通さぬように」
「……本当に、頼もしい方ですね」
「頼もしさでは負けたくない。お前を、俺の手で守りたいんだ」
冗談めかして言いながらも、その瞳には真摯な光が宿っていました。
そのまま、彼が私の手を取ります。
指先が触れるたび、胸がくすぐったくて幸せで。
「リリアーナ。」
「はい?」
「好きだ……光溢れるほど」
彼の声が風に溶けました。
私はその手を握り返し、そっと微笑みました。
――この人と出会うために、私は25番目の花嫁になったのだ、と。
遠くで風鈴のように鳥が鳴き、花びらが舞う。
新しい朝は、穏やかに流れ始めていました。
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