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第23章 秘密の手紙
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王都からの使者が現れたのは、春の夕暮れでした。
薬草園に差し込む光が金色に染まり、風が柔らかく花を揺らしています。
私は摘み終えた薬草を束ねながら、門の方から聞こえてきた馬車の音に顔を上げました。
「公爵夫妻宛の勅使です!」
メアの声が響く。いつもより少し緊張した声音でした。
私は慌てて手を拭い、迎えに出ました。
門の前には王都の紋章を刻んだ青い馬車が止まり、立派な制服の使者が降り立っています。
白髪を整えた老年の使者が、丁寧に巻かれた手紙を差し出しました。
「ヴァレンティーヌ公爵閣下、並びに公爵夫人へ。
王立薬草院よりの正式な召喚状にございます。」
「召喚状……?」
隣に立つアレクシス様が封を受け取り、明るい光の下で開封しました。
私も隣から覗き込みます。
そこに記された文字を見て、思わず息をのんでしまいました。
「“王国学士会にて、薬草研究に関する功績の弁を求む”……」
アレクシス様が低くつぶやく。
その声には驚きとわずかな警戒が混じっていました。
「つまり……王都に招かれるということですね?」
「ああ。だが妙だ。研究の報告に王立会議の名を出すのは異例だ。」
アレクシス様の声が慎重に低くなる。
けれど私は、胸の奥で静かな喜びを感じていました。
「でも、王国が私たちの研究を認めてくださったのなら、これほど嬉しいことはありません」
「そうだな」
アレクシス様は少し微笑み、使者に頷きを返しました。
けれどその瞳の奥では、何かを測るような光がちらついていました。
***
夜。暖炉の灯だけが部屋を照らしていました。
書斎では、アレクシス様が巻物を見つめ、私はその横で資料の整理をしていました。
部屋の中には紙をめくる音と、時折薪がはぜる音だけが響いています。
「……リリアーナ。この手紙、どう思う?」
「どう、とは?」
「文面が奇妙だ。王立薬草院の印ではあるが、署名がない。誰が発したのか分からん。」
「確かに……」
私は眉をひそめました。
王国文書の場合、必ず院長の署名があるはず。
それが抜けているということは――誰かが意図的に偽装したかもしれない。
「でも、そんな危険を冒してまで偽の召喚状を作るなんて……」
「お前が王都で目立ったからだろう。“奇跡の薬師”として名が知られているからな」
「そんな、大げさですよ……」
「大げさではないぞ。お前の育てた星露草の薬は王家でも評判だ。幻影草の件でも。だが、同時に敵も増えるものだ……」
瞳を伏せると、温かい指が手に触れました。
見上げると、アレクシス様が真摯にこちらを見つめています。
「俺が隣にいる限り、何人たりともお前を傷つけさせない」
その言葉が、胸の奥まで深く届きました。
ただ、ほんの一瞬――私はその手の温もりの陰に、不安の影を感じたのです。
音もなく、窓辺の外で何かが光りました。
細い矢のようなものが、静かに窓ガラスに突き刺さり、ころりと机の上に転がります。
「っ! リリアーナ、下がれ!」
アレクシス様が私を庇い、剣を抜き放ちました。
見ると、それは巻かれた小さな紙筒のようでした。
毒ではなく――手紙。
彼が慎重に拾い上げ、封を解く。
そこに記された文を声に出さずに読むと、その表情が険しくなりました。
「……悪趣味な」
「何が書かれていたのですか?」
尋ねる私に、彼は一拍の沈黙のあと言いました。
「“王都で待つ。あなたの妻の真実を知っている”――それだけだ。」
「わたしの……真実?」
喉の奥が詰まりました。まるで過去の扉を急に開けられたような感覚。
心の奥に眠っていた不安が、音を立てて揺らぎました。
「公爵様、それはいったい……」
「わからない。罠かもしれん。」
アレクシス様は手紙を薪に投げ入れました。
炎の中で紙が音もなく燃え、灰が舞います。
「俺はそれでも行く。」
「えっ?」
「真実を語るという以上、放っておけない。お前のためにも確かめてやる」
彼の瞳は決意に硬く光っていました。
私の胸にも不安と共に、奇妙な予感が広がっていきます。
「なら……私も行きます」
「駄目だ。危険すぎる」
「でも、わたしのことなんです。私自身の“真実”なら、逃げたくないんです!」
懸命にそう訴えると、彼はしばらく沈黙し、やがて小さく苦笑しました。
「強くなったな」
「あなたがいてくださるからよ」
目を見つめ合い、静かな時間が流れる。
炎の灯が彼の横顔を照らし、その瞳に私の姿を映していました。
「……わかった。一緒に行こう。」
そう言って、アレクシス様は私の手を取ります。
「お前のための戦いなら、俺も隣に立つ」
握られた手に力を込める。
そのぬくもりが、心の不安を少しずつ溶かしていくのがわかりました。
***
夜更け。部屋に戻っても、私は眠れませんでした。
窓の外で、月が静かに輝いています。
広がる夜の中で、過去の記憶が少しだけ蘇ってきました。
お祖母様の手のぬくもり、薬草を煎じる香り。
そして、彼女が最後に言った言葉。
“リリアーナ、もし誰かがあなたを傷つけようとしても、真実を恐れないで。”
あれは、何を意味していたのだろう。
真実を恐れない――。
「……お祖母様、見守っていてくださいね」
囁いた声が、空気に溶けていく。
月光が手の中の紙を照らしていました。
薬草園に差し込む光が金色に染まり、風が柔らかく花を揺らしています。
私は摘み終えた薬草を束ねながら、門の方から聞こえてきた馬車の音に顔を上げました。
「公爵夫妻宛の勅使です!」
メアの声が響く。いつもより少し緊張した声音でした。
私は慌てて手を拭い、迎えに出ました。
門の前には王都の紋章を刻んだ青い馬車が止まり、立派な制服の使者が降り立っています。
白髪を整えた老年の使者が、丁寧に巻かれた手紙を差し出しました。
「ヴァレンティーヌ公爵閣下、並びに公爵夫人へ。
王立薬草院よりの正式な召喚状にございます。」
「召喚状……?」
隣に立つアレクシス様が封を受け取り、明るい光の下で開封しました。
私も隣から覗き込みます。
そこに記された文字を見て、思わず息をのんでしまいました。
「“王国学士会にて、薬草研究に関する功績の弁を求む”……」
アレクシス様が低くつぶやく。
その声には驚きとわずかな警戒が混じっていました。
「つまり……王都に招かれるということですね?」
「ああ。だが妙だ。研究の報告に王立会議の名を出すのは異例だ。」
アレクシス様の声が慎重に低くなる。
けれど私は、胸の奥で静かな喜びを感じていました。
「でも、王国が私たちの研究を認めてくださったのなら、これほど嬉しいことはありません」
「そうだな」
アレクシス様は少し微笑み、使者に頷きを返しました。
けれどその瞳の奥では、何かを測るような光がちらついていました。
***
夜。暖炉の灯だけが部屋を照らしていました。
書斎では、アレクシス様が巻物を見つめ、私はその横で資料の整理をしていました。
部屋の中には紙をめくる音と、時折薪がはぜる音だけが響いています。
「……リリアーナ。この手紙、どう思う?」
「どう、とは?」
「文面が奇妙だ。王立薬草院の印ではあるが、署名がない。誰が発したのか分からん。」
「確かに……」
私は眉をひそめました。
王国文書の場合、必ず院長の署名があるはず。
それが抜けているということは――誰かが意図的に偽装したかもしれない。
「でも、そんな危険を冒してまで偽の召喚状を作るなんて……」
「お前が王都で目立ったからだろう。“奇跡の薬師”として名が知られているからな」
「そんな、大げさですよ……」
「大げさではないぞ。お前の育てた星露草の薬は王家でも評判だ。幻影草の件でも。だが、同時に敵も増えるものだ……」
瞳を伏せると、温かい指が手に触れました。
見上げると、アレクシス様が真摯にこちらを見つめています。
「俺が隣にいる限り、何人たりともお前を傷つけさせない」
その言葉が、胸の奥まで深く届きました。
ただ、ほんの一瞬――私はその手の温もりの陰に、不安の影を感じたのです。
音もなく、窓辺の外で何かが光りました。
細い矢のようなものが、静かに窓ガラスに突き刺さり、ころりと机の上に転がります。
「っ! リリアーナ、下がれ!」
アレクシス様が私を庇い、剣を抜き放ちました。
見ると、それは巻かれた小さな紙筒のようでした。
毒ではなく――手紙。
彼が慎重に拾い上げ、封を解く。
そこに記された文を声に出さずに読むと、その表情が険しくなりました。
「……悪趣味な」
「何が書かれていたのですか?」
尋ねる私に、彼は一拍の沈黙のあと言いました。
「“王都で待つ。あなたの妻の真実を知っている”――それだけだ。」
「わたしの……真実?」
喉の奥が詰まりました。まるで過去の扉を急に開けられたような感覚。
心の奥に眠っていた不安が、音を立てて揺らぎました。
「公爵様、それはいったい……」
「わからない。罠かもしれん。」
アレクシス様は手紙を薪に投げ入れました。
炎の中で紙が音もなく燃え、灰が舞います。
「俺はそれでも行く。」
「えっ?」
「真実を語るという以上、放っておけない。お前のためにも確かめてやる」
彼の瞳は決意に硬く光っていました。
私の胸にも不安と共に、奇妙な予感が広がっていきます。
「なら……私も行きます」
「駄目だ。危険すぎる」
「でも、わたしのことなんです。私自身の“真実”なら、逃げたくないんです!」
懸命にそう訴えると、彼はしばらく沈黙し、やがて小さく苦笑しました。
「強くなったな」
「あなたがいてくださるからよ」
目を見つめ合い、静かな時間が流れる。
炎の灯が彼の横顔を照らし、その瞳に私の姿を映していました。
「……わかった。一緒に行こう。」
そう言って、アレクシス様は私の手を取ります。
「お前のための戦いなら、俺も隣に立つ」
握られた手に力を込める。
そのぬくもりが、心の不安を少しずつ溶かしていくのがわかりました。
***
夜更け。部屋に戻っても、私は眠れませんでした。
窓の外で、月が静かに輝いています。
広がる夜の中で、過去の記憶が少しだけ蘇ってきました。
お祖母様の手のぬくもり、薬草を煎じる香り。
そして、彼女が最後に言った言葉。
“リリアーナ、もし誰かがあなたを傷つけようとしても、真実を恐れないで。”
あれは、何を意味していたのだろう。
真実を恐れない――。
「……お祖母様、見守っていてくださいね」
囁いた声が、空気に溶けていく。
月光が手の中の紙を照らしていました。
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