25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第23章 秘密の手紙

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 王都からの使者が現れたのは、春の夕暮れでした。

 薬草園に差し込む光が金色に染まり、風が柔らかく花を揺らしています。
 私は摘み終えた薬草を束ねながら、門の方から聞こえてきた馬車の音に顔を上げました。

「公爵夫妻宛の勅使です!」

 メアの声が響く。いつもより少し緊張した声音でした。
 私は慌てて手を拭い、迎えに出ました。

 門の前には王都の紋章を刻んだ青い馬車が止まり、立派な制服の使者が降り立っています。
 白髪を整えた老年の使者が、丁寧に巻かれた手紙を差し出しました。

「ヴァレンティーヌ公爵閣下、並びに公爵夫人へ。
 王立薬草院よりの正式な召喚状にございます。」

「召喚状……?」

 隣に立つアレクシス様が封を受け取り、明るい光の下で開封しました。
 私も隣から覗き込みます。
 そこに記された文字を見て、思わず息をのんでしまいました。

「“王国学士会にて、薬草研究に関する功績の弁を求む”……」

 アレクシス様が低くつぶやく。
 その声には驚きとわずかな警戒が混じっていました。

「つまり……王都に招かれるということですね?」
「ああ。だが妙だ。研究の報告に王立会議の名を出すのは異例だ。」

 アレクシス様の声が慎重に低くなる。
 けれど私は、胸の奥で静かな喜びを感じていました。
 
「でも、王国が私たちの研究を認めてくださったのなら、これほど嬉しいことはありません」
「そうだな」

 アレクシス様は少し微笑み、使者に頷きを返しました。
 けれどその瞳の奥では、何かを測るような光がちらついていました。


 ***


 夜。暖炉の灯だけが部屋を照らしていました。
 書斎では、アレクシス様が巻物を見つめ、私はその横で資料の整理をしていました。
 部屋の中には紙をめくる音と、時折薪がはぜる音だけが響いています。

「……リリアーナ。この手紙、どう思う?」

「どう、とは?」

「文面が奇妙だ。王立薬草院の印ではあるが、署名がない。誰が発したのか分からん。」

「確かに……」

 私は眉をひそめました。
 王国文書の場合、必ず院長の署名があるはず。
 それが抜けているということは――誰かが意図的に偽装したかもしれない。

「でも、そんな危険を冒してまで偽の召喚状を作るなんて……」

「お前が王都で目立ったからだろう。“奇跡の薬師”として名が知られているからな」
「そんな、大げさですよ……」

「大げさではないぞ。お前の育てた星露草の薬は王家でも評判だ。幻影草の件でも。だが、同時に敵も増えるものだ……」

 瞳を伏せると、温かい指が手に触れました。
 見上げると、アレクシス様が真摯にこちらを見つめています。

「俺が隣にいる限り、何人たりともお前を傷つけさせない」

 その言葉が、胸の奥まで深く届きました。
 ただ、ほんの一瞬――私はその手の温もりの陰に、不安の影を感じたのです。

 音もなく、窓辺の外で何かが光りました。
 細い矢のようなものが、静かに窓ガラスに突き刺さり、ころりと机の上に転がります。

「っ! リリアーナ、下がれ!」

 アレクシス様が私を庇い、剣を抜き放ちました。
 見ると、それは巻かれた小さな紙筒のようでした。
 毒ではなく――手紙。

 彼が慎重に拾い上げ、封を解く。
 そこに記された文を声に出さずに読むと、その表情が険しくなりました。

「……悪趣味な」

「何が書かれていたのですか?」

 尋ねる私に、彼は一拍の沈黙のあと言いました。

「“王都で待つ。あなたの妻の真実を知っている”――それだけだ。」

「わたしの……真実?」

 喉の奥が詰まりました。まるで過去の扉を急に開けられたような感覚。
 心の奥に眠っていた不安が、音を立てて揺らぎました。

「公爵様、それはいったい……」

「わからない。罠かもしれん。」

 アレクシス様は手紙を薪に投げ入れました。
 炎の中で紙が音もなく燃え、灰が舞います。

「俺はそれでも行く。」

「えっ?」

「真実を語るという以上、放っておけない。お前のためにも確かめてやる」

 彼の瞳は決意に硬く光っていました。
 私の胸にも不安と共に、奇妙な予感が広がっていきます。

「なら……私も行きます」
「駄目だ。危険すぎる」
「でも、わたしのことなんです。私自身の“真実”なら、逃げたくないんです!」

 懸命にそう訴えると、彼はしばらく沈黙し、やがて小さく苦笑しました。

「強くなったな」
「あなたがいてくださるからよ」

 目を見つめ合い、静かな時間が流れる。
 炎の灯が彼の横顔を照らし、その瞳に私の姿を映していました。

「……わかった。一緒に行こう。」
 そう言って、アレクシス様は私の手を取ります。

「お前のための戦いなら、俺も隣に立つ」

 握られた手に力を込める。
 そのぬくもりが、心の不安を少しずつ溶かしていくのがわかりました。


 ***


 夜更け。部屋に戻っても、私は眠れませんでした。

 窓の外で、月が静かに輝いています。
 広がる夜の中で、過去の記憶が少しだけ蘇ってきました。

 お祖母様の手のぬくもり、薬草を煎じる香り。
 そして、彼女が最後に言った言葉。

 “リリアーナ、もし誰かがあなたを傷つけようとしても、真実を恐れないで。”

 あれは、何を意味していたのだろう。
 真実を恐れない――。

「……お祖母様、見守っていてくださいね」

 囁いた声が、空気に溶けていく。

 月光が手の中の紙を照らしていました。
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