25番目の花嫁 ~妹の身代わりで嫁いだら、冷徹公爵が私を溺愛し始めました~

朝日みらい

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第25章 白薔薇の祝宴

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 会議から数日後、街では王家主催の祝宴が開かれると噂が広がり、広場には花売りの娘たちが白薔薇の花を手に行き交っていました。
 王宮の庭園では、初夏を思わせる風が吹き抜け、噴水が陽光を反射しています。

 私はその風の中で、淡い薄布のドレスの裾を整えていました。
 今日の祝宴は、幻影草事件の収束と、薬草学の功績を讃えるための公式なもの。
 アレクシス様と並んで、国王の前に立つ日が来るとは、信じられない思いでした。

「緊張しているのか?」

 肩越しにかけられた低い声。
 振り向くと、いつもの黒衣ではなく、純白の礼装に身を包んだアレクシス様が立っていました。
 淡い金の刺繍に、銀の瞳が映えて、とても凛々しく見えます。

「はい……少しだけ。でも、あなたがいてくださるから大丈夫です」
「それを聞いて安心した。……いや、本当は俺の方が緊張しているのかもしれん」

「えっ?」

 思わず見上げると、彼が珍しく照れたように目を逸らしました。
 そんな表情が見られるなんて、誰が想像したでしょう。

「お前とこうして人前に立つのが、少し恥ずかしい。あまりにも眩しいからな」
「……もう、褒め方がずるいんですから」

 笑いながら小さくため息を漏らすと、アレクシス様の指がそっと私の手に触れました。
 硬く結ばれていた指先が一瞬震えて、それからしっかりと絡められた。

「大丈夫。今日は、お前が王都中の花になる日だ」
「いえ、違います。あなたがいるから、私は咲けるんです」

 言葉を交わしたその時、扉の向こうから呼び出しの声が響きました。

「ヴァレンティーヌ公爵ご夫妻、御入場の時です!」

 アレクシス様が軽く頷き、私の手を取って進み出ます。
 王宮の広間には、無数の燭台と花の飾り。
 貴族たちが一斉に顔を向け、静寂が訪れました。

 国王が中央の階段から立ち上がり、朗々とした声で言いました。

「ヴァレンティーヌ公爵夫妻、貴殿らの功績をここに称え、王国紋章の名において授与する。癒しの君、リリアーナ・ヴァレンティーヌ。そして氷の守護者、アレクシス・ヴァレンティーヌ。」

 ――癒しの君。

 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなりました。
 凍っていた時間が溶け、ようやくすべての季節が巡り合った気がしました。

「陛下……ありがたきお言葉を、心から拝受いたします」

 アレクシス様が礼を述べる。
 私はそっとその隣で頭を下げ、目を開いた時、彼の掌が私の背に添えられていました。

 広間の上から、白薔薇の花びらが舞い落ちる。
 王国の人々が祝福の声を上げ、音楽が流れ始めました。

「リリアーナ。踊れるか?」
「恥ずかしいですが、たぶん……」

「なら、手を。俺がお前を導く」

 音楽とともにステップを踏む。
 最初は恐る恐るだったけれど、アレクシス様の左手が腰を支え、右手が軽く私の指先を導いた瞬間、不思議なくらい自然に身体が動きました。

「怖がるな。……お前は軽やかだ」
「ほんとうですか?」
「俺の手の中にいる限り、世界でいちばん美しい」

 耳元で囁かれて、頬が熱くなる。
 笑いを堪えきれず、見上げたその瞳の穏やかさに、胸がいっぱいになりました。

「アレクシス様。あなたが笑ってくださるのを見るのが、いちばん嬉しいです」
「なら、これからは毎日笑おう。お前のために」

 彼が微笑んだその瞬間、広間から拍手が湧き起こりました。
 氷の公爵が、初めて心から笑った瞬間を、王都の人々が目撃したのです。

 音楽に合わせて、花びらがまた舞い落ちます。
 風に散る白薔薇の花弁が、輝く雪のようでした。

「白薔薇……」
「この国で最も尊い花。純潔と永遠の象徴だ」

「私たちの花、ですね」
「そうだ。冬でも枯れない薔薇――まるでお前のようだ」

 静かに踊りながら、彼の言葉が胸に響きました。

 音楽が終わると、人々が一斉に拍手を送りました。
 私は胸の前でそっと両手を合わせ、息を整えます。

 アレクシス様が私の隣で言いました。
「今日、俺はようやく“氷の公爵”を捨てられた気がする」
「では、これからは?」
「“春の旦那”では味がないな……」

「それなら、“春を守る人”はいかがです? 私の季節を守ってくださる人という意味で」
「悪くない。……リリアーナ、お前はどうしてそう愛しいことを言うんだ」

 その言葉と共に、彼が軽く笑って額に口づけを落としました。
 打ち寄せる拍手。白薔薇が再び舞い降り、ひとひらが彼の肩に落ちる。
 私はその花を取り上げ、彼の胸元にそっと挿しました。

「これが、私の誓いです」
「なら、俺のも」

 アレクシス様が薔薇の花弁を一枚摘み、私の髪に指で留めました。
 指先が髪に触れた瞬間、まるで春の風そのもののように優しい息が吹いた気がしました。

「これからも、ずっと俺の隣で咲いてくれ」
「はい。あなたの白薔薇として」

 その答えに、彼が静かに微笑みます。

 広間の天窓から差し込む陽光が、二人を包みました。
 まるで天からの祝福のように。
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