生まれる前から好きでした。

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55.非常階段。

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 三峰汐音が作ったおにぎりを頬張りながら、相澤和真は非常階段で青い空を見上げていた。学校での昼食は本当に久しぶりだった。さすがに腫れた足を引きずりながら屋上まで行くのは無謀だったため、汐音と一緒に昼食を取れる近場が非常階段だったのだ。
 もちろん、汐音が屋上まで抱き上げて行くと前のめりで提案してきたが、速攻で却下した。いつもどおりの言動に、内心安堵した事は汐音には内緒だ。

「いい天気だな。……こうやって汐音と一緒に学校でおにぎりを食べていると、何だか昨日までの事が全部夢だったのかと思えてくるな」

 横顔にずっと視線を感じているが、汐音はなぜか黙ったままでいる。

(『こいつ何言ってんだ?』とか思っているのかもしれないな……)

 確かに、汐音には住み込みで介護兼ハウスキーパーをさせておいて、『全部夢』だなんて、大いに巻き込んでいる和真が言うにはあまりに呑気な発言だった。汐音には本当に申し訳ないと思う。
 実際、腫れた右足がすべて現実なのだと事実を突きつけてくる。

「ごちそう様でした」

 手を合わせると、隣から汐音の手が伸びて来て、気づけば汐音の膝の上に頭を乗せていた。

「……汐音。これはどういう状況なんだ?」
「膝枕です」
「それは、分かっている! 何で、膝枕なんだ?」
「私に甘えてほしいからです」
「……おれは、かなり汐音に甘えていると思うんだが?」
「もっと、もっと甘えてください。私無しでは生きられないダメな人になってください」

 上から覗き込む汐音の顔は逆光になっていて表情が良く分からない。
 だが、どこか泣きそうになっているのだけは分かった。

(すでに汐音に頼り切っている生活をしているのに、これ以上おれにどうしろと?)

「汐音はおれに、本当にダメな人間になってほしいのか?」

 ゆっくりと体を起こしながら汐音と目を合わせる。一般の日本人にしては薄い瞳の色を綺麗だなと思いながら白い頬に掌を添える。

「おれは……、今のおれでさえ、いつか汐音に背を向けられるのが怖いよ」

 今朝感じた事を正直に伝える。汐音の目が徐々に大きくなっていく。
 もしフィーリアの生まれ変わりでなかったら、汐音は和真を気にも留めなかったはずだ。今朝、集まってきていた女達に対して、作った笑みを向けていた汐音の顔が思い出された。

(いつかおまえにあんな目を向けられるのか?)

 そう思っただけで、胸がギュッと締め付けられる。

「汐音、考えてもみろ。こんな広い世界でフィーリアと同じ魂を見つけたんだぞ。そんな偶然、誰だって興奮するだろう? 今、まさに汐音はその状態なんだよ。でも、その興奮がいつまでも続くなんてありえない。それに、フィーリアと相澤和真おれはまったく違う人間なのだといつかおまえは気付く」

 汐音に出会ってからずっと心の奥でくすぶっていた不安を初めて口にする。毒蛇に噛まれたことで、死を近くに感じたからかもしれない。
 胸が苦しくなって一度言葉を切った。和真は眉根をギュッと寄せる。

「汐音。その時におまえが出す答えが、正直恐ろしいよ」

 突然、前が見えなくなった。

(違う、おれの目の前に汐音の体があるのか……)

 汐音の肩口に顔を押し付けられるように抱き締められていた。汐音は和真の頭に右手を回し、左腕は腰に巻きつけ、まるで和真が逃ださないようにでもしているようだ。その腕の強さは、息が出来ないほどだ。

「私が、好きなのは! 好きになったのは! 相澤和真さん、貴方なんですよ! 今の貴方が三峰汐音今の私を好きにさせたんですよ!」

 両手で顔を挟まれ、至近距離からほむらのような瞳で見つめられる。

「貴方が不安になる度に、何度だって言います! 私の和真さんへの想いを勝手に決めつけないでください!」

 まるで咬み付くように口を塞がれた。性急に深くなる口づけに和真は無意識に逃げ腰になる。汐音はまるで逃がさないと言わんばかりに和真の舌を追いかけて絡めとる。お互いの呼吸がどんどん荒くなっていく。
 汐音の事が好きなのだと気付いてからは、ずっと不安が胸の奥でくすぶり続けていた。愛された事が無かった時よりも、愛される喜びを知ってしまった後では、その愛情を失うことは恐怖でしかない。
 だが、汐音は出会ってからずっと惜しみない愛情を、言葉だけでなくこうして体全体で示してくる。

(おれはすでに、おまえ無では生きていけないんだよ……、汐音)

ガチャッ

 非常口の扉が勢いよく開く音と共に、和真は反射的に汐音を突き飛ばした。非常階段へ駆け込んで来たのは数人の男子生徒達だった。騒ぎながら和真達がいる階段の上側へと駆け上がって行く。間髪入れずに、その後を別の男子生徒が追いかけて行った。どうやら鬼ごっこでもしているようだ。すぐに辺りは静かになった。

「うわあっ! 汐音⁉ 大丈夫か⁈」

 突き飛ばされた汐音が数段とはいえ、階下へ転がり落ちていた。
 だが、さすが武術で鍛えただけはあり、汐音には怪我一つなかった。その事にももちろん安堵したが、意識が飛びそうな口づけを止められた事に何よりもほっとしていた。
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