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71.息子。
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相澤和真が病院へ運び込まれ、目を覚ます少し前。
病院の受付へ小走りで向かう女性の姿があった。それは、和真の母、相澤梨紗だった。
「息子は、私の息子は、……相澤和真は、どこですか?」
これまで、梨紗は人前で取り乱すことなど決してなかった。
だが、その声は震え、瞳は潤んでいた。
「梨紗」
梨紗の名前を呼ぶ声に振り返る。そこには真宮蓮が立っていた。十数年ぶりに向き合う男の姿に、梨紗の強張った顔が一瞬で崩れる。
「れ、蓮……。和真は、和真は……」
「大丈夫だ。今は眠っている」
蓮は落ち着いた声で告げ、両手を顔に当てて泣き出した梨紗の肩をそっと引き寄せた。そのまま好奇の視線から梨紗を守るようにその華奢な体を包み込むように抱き寄せて歩き出す。
「和真に命の危険はない。医師からそう説明を受けている」
「命……? 酷い怪我をしているのね?」
「腹を殴られたらしい。腹腔内出血があるらしく、しばらく安静は必要だそうだ」
蓮の声は驚くほど優しく、梨紗は彼の胸にすがるように額をつけた。
「あの子が強盗に襲われたって……」
「ああ。その強盗達から三峰君が助けてくれたそうだ」
梨紗が顔を上げる。息子が助かったと知って少し落ち着きを取り戻したようだった。
「……三峰君? 和真が唯一心を許している綺麗な男の子ね?」
「そうだ。パーティーの時に初めて会ったが、何とも不思議な子だな。今も病室にいるよ。和真の側から離れようとしないんだ」
梨紗は初めて会った時の事を思い出す。
「……汐音君にとっては、私も要注意人物なのよ」
蓮が無言で梨紗を見下ろす。顔にはどういう意味だ?と書いてある。梨紗は気まずそうに、視線を外した。
「三峰くんの前で、和真の頬を打ってしまったからよ」
「打った? 何故?」
蓮の形の良い眉が右側だけ僅かに上がった。梨紗は躊躇いを見せたが、連のまっすぐな眼差しに観念したように口を開いた。
「あの子が祝賀パーティーには行かないと言っていると宮田さんから聞いて、そんな事初めてだったから、どこか具合が悪いのかと思って、会いに行ったのよ。そしたらピンピンしていたわ。三峰君と楽しそうにお昼を食べていたのよ。なのに、私の顔を見た途端、恐ろしいものでも見るような顔をしたの。腹が立って、頬をぶってしまったのよ。……すぐに三峰君が和真を助けに来たわ」
梨紗は和真を叩いた手を苦しそうに見つめる。
「……私に暴力を振る親が大嫌いだった。私は違うと思っていた。でも、色々な事が上手くいかなくて苦しくなってくると、愛しいはずの和真にさえ手を上げてしまいそうになったわ。そんな自分が恐ろしくて、ベテランのお手伝いさんを雇って、私は和真から距離を取ったのよ。だから、あの日まであの子に手を上げた事はなかったのに。……やっぱり、ダメだった。所詮は、蛙の子は蛙だったわ」
蓮は黙って聞いていた。
「……でも、今もあの子の事が大切なの、愛しているのよ。和真に何かある度に、心臓が破裂しそうになる……」
梨紗は溢れ出す涙を拭おうともせず、頬を濡らしながら蓮を見上げる。
「でも、親から愛された事がなかったから、愛し方が分からないの。ずっと安定した生活が送れているから和真は幸せなのだと思っていたのよ。でも違った。蓮、あの子は私を憎んでいるわ。……もちろんほったらかしにしていたと言われたら、その通りだから、責められても仕方が無いと思っているの。でも、あの子は私達に愛されていないと思っているだけじゃなくて、自分の存在をゲームのコマだと思っているのよ。どうすればいいの? ……どうしてそんな事に? 哀しすぎるじゃない──」
再び梨紗は両手で顔を覆った。蓮は泣き崩れる梨紗を胸に抱き寄せる。
「……すまない。私の不手際だ。和真に私と君の関係を歪めて吹き込んだ男がいる」
「え……?」
「私の秘書の一人だ。和真が真宮蓮として私を見た時、呼吸困難になるのを見て、調べてみたんだ。丁度、和真が高1になった頃に、海外へ長期出張した宮田の代わりに和真の担当を代行していた男だ。どうやら私達の関係を、勝手に歪めて話していたらしい」
梨紗は目を見開いたまま涙を流し続けた。
「そんな……和真……」
「本当に、すまない。私が寄ってくる女達を遠ざけるために吹聴していた事が仇となってしまった」
蓮の自分を責めるような口調に、梨紗の肩がさらに震え始めた。
「……すべては、私よ。……貴方の背後にあるものが恐ろしくて、『守る』と言ってくれたあなたを信じられずに、貴方から逃げたから……」
「違う。……母が君に酷いことを言ったと後で知った。君の不安を取り除けなかったのは私が至らなかったからだ。梨紗を手にいれることしか頭になかった。君の心情にまで気が回っていなかった……」
いつも自信に満ちていた蓮の顔が後悔の色に染まる。
「……あなたは、今も変わらずに優しいのね? ……あの頃、それは私にだけって知らなかったわ……」
「……仕方がないだろ? 君の事をどうしようもなく愛していたのだから。今も……」
切なそうに眉を寄せながら蓮は梨紗の頬を優しく撫でる。
「……和真は、私達の子だ。今度こそ、必ず守るよ」
梨紗は静かに頷いた。
病院の受付へ小走りで向かう女性の姿があった。それは、和真の母、相澤梨紗だった。
「息子は、私の息子は、……相澤和真は、どこですか?」
これまで、梨紗は人前で取り乱すことなど決してなかった。
だが、その声は震え、瞳は潤んでいた。
「梨紗」
梨紗の名前を呼ぶ声に振り返る。そこには真宮蓮が立っていた。十数年ぶりに向き合う男の姿に、梨紗の強張った顔が一瞬で崩れる。
「れ、蓮……。和真は、和真は……」
「大丈夫だ。今は眠っている」
蓮は落ち着いた声で告げ、両手を顔に当てて泣き出した梨紗の肩をそっと引き寄せた。そのまま好奇の視線から梨紗を守るようにその華奢な体を包み込むように抱き寄せて歩き出す。
「和真に命の危険はない。医師からそう説明を受けている」
「命……? 酷い怪我をしているのね?」
「腹を殴られたらしい。腹腔内出血があるらしく、しばらく安静は必要だそうだ」
蓮の声は驚くほど優しく、梨紗は彼の胸にすがるように額をつけた。
「あの子が強盗に襲われたって……」
「ああ。その強盗達から三峰君が助けてくれたそうだ」
梨紗が顔を上げる。息子が助かったと知って少し落ち着きを取り戻したようだった。
「……三峰君? 和真が唯一心を許している綺麗な男の子ね?」
「そうだ。パーティーの時に初めて会ったが、何とも不思議な子だな。今も病室にいるよ。和真の側から離れようとしないんだ」
梨紗は初めて会った時の事を思い出す。
「……汐音君にとっては、私も要注意人物なのよ」
蓮が無言で梨紗を見下ろす。顔にはどういう意味だ?と書いてある。梨紗は気まずそうに、視線を外した。
「三峰くんの前で、和真の頬を打ってしまったからよ」
「打った? 何故?」
蓮の形の良い眉が右側だけ僅かに上がった。梨紗は躊躇いを見せたが、連のまっすぐな眼差しに観念したように口を開いた。
「あの子が祝賀パーティーには行かないと言っていると宮田さんから聞いて、そんな事初めてだったから、どこか具合が悪いのかと思って、会いに行ったのよ。そしたらピンピンしていたわ。三峰君と楽しそうにお昼を食べていたのよ。なのに、私の顔を見た途端、恐ろしいものでも見るような顔をしたの。腹が立って、頬をぶってしまったのよ。……すぐに三峰君が和真を助けに来たわ」
梨紗は和真を叩いた手を苦しそうに見つめる。
「……私に暴力を振る親が大嫌いだった。私は違うと思っていた。でも、色々な事が上手くいかなくて苦しくなってくると、愛しいはずの和真にさえ手を上げてしまいそうになったわ。そんな自分が恐ろしくて、ベテランのお手伝いさんを雇って、私は和真から距離を取ったのよ。だから、あの日まであの子に手を上げた事はなかったのに。……やっぱり、ダメだった。所詮は、蛙の子は蛙だったわ」
蓮は黙って聞いていた。
「……でも、今もあの子の事が大切なの、愛しているのよ。和真に何かある度に、心臓が破裂しそうになる……」
梨紗は溢れ出す涙を拭おうともせず、頬を濡らしながら蓮を見上げる。
「でも、親から愛された事がなかったから、愛し方が分からないの。ずっと安定した生活が送れているから和真は幸せなのだと思っていたのよ。でも違った。蓮、あの子は私を憎んでいるわ。……もちろんほったらかしにしていたと言われたら、その通りだから、責められても仕方が無いと思っているの。でも、あの子は私達に愛されていないと思っているだけじゃなくて、自分の存在をゲームのコマだと思っているのよ。どうすればいいの? ……どうしてそんな事に? 哀しすぎるじゃない──」
再び梨紗は両手で顔を覆った。蓮は泣き崩れる梨紗を胸に抱き寄せる。
「……すまない。私の不手際だ。和真に私と君の関係を歪めて吹き込んだ男がいる」
「え……?」
「私の秘書の一人だ。和真が真宮蓮として私を見た時、呼吸困難になるのを見て、調べてみたんだ。丁度、和真が高1になった頃に、海外へ長期出張した宮田の代わりに和真の担当を代行していた男だ。どうやら私達の関係を、勝手に歪めて話していたらしい」
梨紗は目を見開いたまま涙を流し続けた。
「そんな……和真……」
「本当に、すまない。私が寄ってくる女達を遠ざけるために吹聴していた事が仇となってしまった」
蓮の自分を責めるような口調に、梨紗の肩がさらに震え始めた。
「……すべては、私よ。……貴方の背後にあるものが恐ろしくて、『守る』と言ってくれたあなたを信じられずに、貴方から逃げたから……」
「違う。……母が君に酷いことを言ったと後で知った。君の不安を取り除けなかったのは私が至らなかったからだ。梨紗を手にいれることしか頭になかった。君の心情にまで気が回っていなかった……」
いつも自信に満ちていた蓮の顔が後悔の色に染まる。
「……あなたは、今も変わらずに優しいのね? ……あの頃、それは私にだけって知らなかったわ……」
「……仕方がないだろ? 君の事をどうしようもなく愛していたのだから。今も……」
切なそうに眉を寄せながら蓮は梨紗の頬を優しく撫でる。
「……和真は、私達の子だ。今度こそ、必ず守るよ」
梨紗は静かに頷いた。
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