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70.弟だから。
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救急車が到着した後、すぐにパトカーがサイレンの音を響かせながら止まる。相澤和真が住むマンションは物々しい状態になっていた。
担架で運ばれる中、和真は意識を取り戻した。
「和真さん!」
側に付き添っていた三峰汐音がそれに気付き、悲痛な面持ちで名前を呼ぶ。
「……汐音? ……怪我はないのか?」
「! ……私は、大丈夫です」
汐音は驚いたように大きく目を見開いた後、苦しそうに表情を歪めた。その顔を見て、怪我をしたのかと思った和真は、すぐに視線を汐音の体へ向ける。出血も無く、しっかりと立って歩いている姿を確認出来ると、それは杞憂だったと分かり、心から安堵した。
救急車に乗せられる瞬間、視界にふと見覚えのある顔が目に留まった。野次馬の中、怯えた顔でこちらを見ている。その男は、緑川蒼蓮だった。
(……なんで、あいつがここに……?)
救急車の扉が閉まり、サイレンが再びけたたましく鳴り響いた。振動に揺られながらも、和真は最後に見た蒼蓮の表情を思い返していた。
嫌な予感に、和真の心の奥に暗い影がさす。
「痛むところはありますか?」
救急隊員が訊ねてくる。
「お腹と背中が痛いです。特にお腹です。腹は殴られました。背中は思いっきり踏まれましたので……。それに、ずっと吐きそうなんです……」
「お腹を殴られたのですか? では診てみますね。熱と脈拍も測定させてもらいます。我々が到着した時、意識を失ってましたが、どれほど意識がなかったか分かりますか?」
「え……?」
「だいたい二十分ぐらいだと思います」
すぐに答えられない和真に代わり、共に救急車へ乗り込んだ汐音が答えてくれる。
その汐音の顔も蒼白で、汐音も診てもらった方がいいように思えた。
「汐音、やっぱりおまえもどこか具合が悪いんじゃないのか?」
「いいえ。私の体は、大丈夫です……」
そう言って儚げに微笑んだ。その姿に余計不安になる。
救急車が病院に到着すると、和真は救急車専用の入り口から初療室へと運ばれた。超音波治療やCTスキャンなどが行われる。腹腔内出血があり、手術は回避できたが、絶対安静との事だった。点滴をされている間に、寝てしまったらしく、目を覚ませば白と茶色を基調とした広い部屋に移されていた。
「……ここは、どこだ?」
「病室ですよ」
驚く和真の問いに答えたのは汐音だった。ベッドの横、壁との間にある椅子に座った汐音が虚ろな目でこちらを見ている。
「病室⁈」
病室には見えなかった。書斎にしたくなるような落ち着いた雰囲気で、床はフローリングになっている。大画面のTVもある。
「病室に、なんでソファやテーブルがあるんだ? それに、広すぎだろ……」
和真の声にまるで答えるように扉が開いた。父の秘書の宮田太一が姿を現す。普段は穏やかな表情なのに、今日はどこか緊張した面持ちでこちらを見てくる。
「社長の指示です」
「……社長?」
「真宮蓮様の事です」
当然とでもいうように、間髪入れずに宮田は答える。
(そうだった。……宮田さんのボスは真宮蓮だった)
和真が驚いていると、突然病室の扉が勢いよく開かれた。
「和真!」
飛び込んできたのは、ハワイにいるはずの母、相澤梨紗だった。何故かそのすぐ後ろには、存在感が凄まじい男が立っている。濃い色のスーツに身を包む長身の男は真宮蓮だった。
(? 母さんと真宮蓮……⁈)
二人がそろって病室にいる光景は、和真にとってあまりに現実味が無かった。
(おれは、幻でも見ているのか?)
だが、すぐに幻でないと分かった。梨紗が、涙を流しながらベッドに横たわる和真に縋りついて来たからだ。
「和真……。あんたは、心配ばかりさせて──」
顔を上げた母の顔は見慣れないものだった。いつもバッチリ化粧をしている顔が、今日は化粧をしていないように見える。だからなのか、どこか頼りなげに見えた。和真と良く似た目を赤くし、和真を見下ろしている。
「母さん……?」
和真は戸惑いながら声を掛けると、梨紗は顔を覆って泣き崩れる。その母を真宮連が背後から支えている。
戸惑いながら室内へ視線を向ければ、病室には母と真宮蓮、父の秘書の宮田、そして汐音がいる。
「……な、なんでこんなに揃って……?」
状況が飲み込めず戸惑う和真に、宮田が一歩進み出た。
「今回の和真様が襲われた強盗事件についてなのですが、……どうも、行き当たりばったりでの犯行では無いようなのです」
宮田の報告に、空気が張りつめる。
「強盗達は、和真さんが『資産家の息子』であると知った上で、襲ったようなのです」
「そうですよ。あいつら、知ってるって言ってましたよ。おれが『真宮蓮の息子』だと」
全員が息を飲む気配がした。宮田は困惑した表情を浮かべた。
「……ですが、情報が漏れた経路が不明なのです。この度のパーティーは和真様と蓮弥さまと蒼蓮様には、あの独特の空気感に慣れていただく事が目的でしたので、あえて皆さまに紹介などしていないのです。さらに、和真様はすぐに体調を崩されたので、そのまま帰宅されましたし……。ですから、和真様の事は社内でも一部の人間しか知らないままだったのですよ。なぜ強盗が知っていたのか……。さらに、しっかりと和真様の帰宅時間まで調べあげていたようなのです」
その言葉に、和真は背筋に冷たいものが走る。
ふと担架に乗せられる時に目に留まったあの蒼白な顔が脳裏を過った。
「……まさか、あいつ……か?」
ぽつりと落ちた言葉に、部屋にいた全員の視線が和真に集まった。
「和真。誰か身に覚えがあるのか?」
蓮の緊張した低い声が室内に響く。
戸惑いを見せる和真を見下ろし、布団の上に置かれた手の上に大きな手を重ねてきた。さらに、和真の目を覗き込んでくる。
「何か、心当たりがあるのだな? 恐れずに、何でも思ったことを言ってみなさい。ここにいる者は皆おまえの味方だ。頼るといい」
蓮は和真から目を離さないで告げる。和真の心は揺れた。
「……蒼蓮かもしれないんだ」
ぽつりと言葉が零れ落ちた。その瞬間、室内に漂う空気が変わる。
「蒼蓮……だと?」
明らかに真宮蓮が動揺をみせた。
「どうしてそう思うの?」と梨紗も困惑した表情で訊いてくる。
「あ、いや、おれの勘違いかもしれない……」
慌てて否定する和真に蓮は今までで一番優しい声で話かけてきた。
「言いなさい。勘違いだと分かれはそれでいいのだから」
言いよどみながらも和真はあの日見た事を伝える。
「……担架で救急車に運ばれる時……野次馬の中に蒼蓮がいたんだ」
四人がお互いの顔を見合わせる。
「蒼蓮様が……あの場に? 確かに、偶然にしてはあまりに……」
宮田は顔色を無くしている。
「……もちろん、情報を漏らしたとかは分からない。ただ、担架で運ばれているおれの姿を見ても驚いていなかった。おれも気が動転していたから、なんであいつがいるんだ? ぐらいしか思っていなかったんだけど、ずっと引っかかっていて……。ただ、あいつ、酷く……怯えたような顔をして突っ立ていたんだ……」
宮田はすぐにメモを取り出し、蓮の方を向く。
「真宮様、至急調査を致します」
「ああ。頼む」
緊張が走る中、和真は蓮を見た。真宮蓮の纏う空気がピリピリと張り詰めている。
「あの! ……もし、蒼蓮が関わっていたら、何か大変な事に足を突っ込んでしまっていたら……救ってやって欲しいんだ」
半身を起こそうとして、失敗する。痛みで顔を歪ませながら真宮蓮を見上げる。蓮は瞠目していた。
室内に異様な静けさが支配していた。
だが、その静けさをぶち破ったのは汐音だった。
「和真さん!」
激しい声が病室に響く。珍しく和真に向けて荒々しい感情を剥き出しにしていた。
「救うってなんですか⁈ あなたは……あなたは、あの時! 殺されていたかもしれないんですよ! あいつらはナイフを持っていた! 普通のナイフじゃなく、殺傷能力の高いナイフを!」
梨紗は最悪を想像したのか、蒼ざめて口を押えた。
汐音の怒りと恐怖が入り混じった叫び声に和真は胸をつかれた。
汐音の目は真っ赤だった。眠れていない為なのか、それとも怒りなのか。
その顔が突然、今にも泣き出しそうに歪み、握り締めている拳がわなわなと震えている。
「……汐音、もしあいつが絡んでいたとしても、きっとこんな大事になるとは思っていなかったはずなんだ。それに、まだあいつは汐音と同じ高一なんだよ!」
和真はゆっくりと汐音へ手を伸ばした。
「汐音……」
汐音は珍しく戸惑いを見せた。
だが、しばらくすると差し出された手を壊れ物にでも触れるようそっと包み込んだ。
「……あいつは、おれの弟で、おれは兄ちゃんなんだよ」
その言葉が鋭く胸に刺さったように、汐音は苦しそうに視線を落とした。和真に触れている手が僅かに震え始めた。
「……弟、だから……? 貴方を襲わせたかもしれないのですよ⁈ よくそんな事を考えられますね」
押し殺した声で呟く汐音。
その肩までもが細かく震えているのが分かった。
和真は胸が締めつけられるような痛みを感じた。
「……ごめん、汐音」
謝る事しか出来なかった。
自分が傷つくより和真が傷つくことを酷く恐れる汐音。その気持ちを、今回も和真は無下に扱ってしまった。
しかし、和真と同様に蒼蓮も大人達の勝手な事情に巻き込まれている。もしかしたら、かなり追い詰められた精神状態なのかもしれないのだ。
「……私は……」
汐音は顔を上げないまま言葉を続けた。
「あなたが傷つくのが嫌なんです。それだけなんです……」
その声があまりにも切なくて、梨紗が思わず口元に手を当てた。
蓮はただ感情を抑え込むように低く告げた。
「……和真、お前の気持ちは分かった。蒼蓮のことは私がしっかり調べるよ。まずは、そこからだ」
宮田も深く頷く。
「和真様、安心してください。調査は慎重に行います。蒼蓮様が関わっていたとしても、あなたの望む形で解決できるよう尽力致します」
汐音を残し、全員が病室を出て行った。
静寂が二人を包み込む。
和真は静かに息をつき、汐音の手を強く握りしめる。
「汐音……。おれは、汐音がいなければ、パーティーに参加させられてからの日々を乗り越えられなかったと思う。きっと頭がおかしくなっていた。おまえが居てくれるから、おれは自分を保てている。……汐音のお陰だよ。それに、こやって汐音にまた命を助けてもらったな」
『ありがとう』と告げると、その一言で、汐音が唇を噛む。
顔を上げた汐音の瞳には、涙が滲んでいた。
「……死なないでください。死にかけるのも嫌です。……お願いですから」
その言葉は祈りのようだった。
「ごめん。……汐音」
今の和真には、ただ謝ることしか出来なかった。
担架で運ばれる中、和真は意識を取り戻した。
「和真さん!」
側に付き添っていた三峰汐音がそれに気付き、悲痛な面持ちで名前を呼ぶ。
「……汐音? ……怪我はないのか?」
「! ……私は、大丈夫です」
汐音は驚いたように大きく目を見開いた後、苦しそうに表情を歪めた。その顔を見て、怪我をしたのかと思った和真は、すぐに視線を汐音の体へ向ける。出血も無く、しっかりと立って歩いている姿を確認出来ると、それは杞憂だったと分かり、心から安堵した。
救急車に乗せられる瞬間、視界にふと見覚えのある顔が目に留まった。野次馬の中、怯えた顔でこちらを見ている。その男は、緑川蒼蓮だった。
(……なんで、あいつがここに……?)
救急車の扉が閉まり、サイレンが再びけたたましく鳴り響いた。振動に揺られながらも、和真は最後に見た蒼蓮の表情を思い返していた。
嫌な予感に、和真の心の奥に暗い影がさす。
「痛むところはありますか?」
救急隊員が訊ねてくる。
「お腹と背中が痛いです。特にお腹です。腹は殴られました。背中は思いっきり踏まれましたので……。それに、ずっと吐きそうなんです……」
「お腹を殴られたのですか? では診てみますね。熱と脈拍も測定させてもらいます。我々が到着した時、意識を失ってましたが、どれほど意識がなかったか分かりますか?」
「え……?」
「だいたい二十分ぐらいだと思います」
すぐに答えられない和真に代わり、共に救急車へ乗り込んだ汐音が答えてくれる。
その汐音の顔も蒼白で、汐音も診てもらった方がいいように思えた。
「汐音、やっぱりおまえもどこか具合が悪いんじゃないのか?」
「いいえ。私の体は、大丈夫です……」
そう言って儚げに微笑んだ。その姿に余計不安になる。
救急車が病院に到着すると、和真は救急車専用の入り口から初療室へと運ばれた。超音波治療やCTスキャンなどが行われる。腹腔内出血があり、手術は回避できたが、絶対安静との事だった。点滴をされている間に、寝てしまったらしく、目を覚ませば白と茶色を基調とした広い部屋に移されていた。
「……ここは、どこだ?」
「病室ですよ」
驚く和真の問いに答えたのは汐音だった。ベッドの横、壁との間にある椅子に座った汐音が虚ろな目でこちらを見ている。
「病室⁈」
病室には見えなかった。書斎にしたくなるような落ち着いた雰囲気で、床はフローリングになっている。大画面のTVもある。
「病室に、なんでソファやテーブルがあるんだ? それに、広すぎだろ……」
和真の声にまるで答えるように扉が開いた。父の秘書の宮田太一が姿を現す。普段は穏やかな表情なのに、今日はどこか緊張した面持ちでこちらを見てくる。
「社長の指示です」
「……社長?」
「真宮蓮様の事です」
当然とでもいうように、間髪入れずに宮田は答える。
(そうだった。……宮田さんのボスは真宮蓮だった)
和真が驚いていると、突然病室の扉が勢いよく開かれた。
「和真!」
飛び込んできたのは、ハワイにいるはずの母、相澤梨紗だった。何故かそのすぐ後ろには、存在感が凄まじい男が立っている。濃い色のスーツに身を包む長身の男は真宮蓮だった。
(? 母さんと真宮蓮……⁈)
二人がそろって病室にいる光景は、和真にとってあまりに現実味が無かった。
(おれは、幻でも見ているのか?)
だが、すぐに幻でないと分かった。梨紗が、涙を流しながらベッドに横たわる和真に縋りついて来たからだ。
「和真……。あんたは、心配ばかりさせて──」
顔を上げた母の顔は見慣れないものだった。いつもバッチリ化粧をしている顔が、今日は化粧をしていないように見える。だからなのか、どこか頼りなげに見えた。和真と良く似た目を赤くし、和真を見下ろしている。
「母さん……?」
和真は戸惑いながら声を掛けると、梨紗は顔を覆って泣き崩れる。その母を真宮連が背後から支えている。
戸惑いながら室内へ視線を向ければ、病室には母と真宮蓮、父の秘書の宮田、そして汐音がいる。
「……な、なんでこんなに揃って……?」
状況が飲み込めず戸惑う和真に、宮田が一歩進み出た。
「今回の和真様が襲われた強盗事件についてなのですが、……どうも、行き当たりばったりでの犯行では無いようなのです」
宮田の報告に、空気が張りつめる。
「強盗達は、和真さんが『資産家の息子』であると知った上で、襲ったようなのです」
「そうですよ。あいつら、知ってるって言ってましたよ。おれが『真宮蓮の息子』だと」
全員が息を飲む気配がした。宮田は困惑した表情を浮かべた。
「……ですが、情報が漏れた経路が不明なのです。この度のパーティーは和真様と蓮弥さまと蒼蓮様には、あの独特の空気感に慣れていただく事が目的でしたので、あえて皆さまに紹介などしていないのです。さらに、和真様はすぐに体調を崩されたので、そのまま帰宅されましたし……。ですから、和真様の事は社内でも一部の人間しか知らないままだったのですよ。なぜ強盗が知っていたのか……。さらに、しっかりと和真様の帰宅時間まで調べあげていたようなのです」
その言葉に、和真は背筋に冷たいものが走る。
ふと担架に乗せられる時に目に留まったあの蒼白な顔が脳裏を過った。
「……まさか、あいつ……か?」
ぽつりと落ちた言葉に、部屋にいた全員の視線が和真に集まった。
「和真。誰か身に覚えがあるのか?」
蓮の緊張した低い声が室内に響く。
戸惑いを見せる和真を見下ろし、布団の上に置かれた手の上に大きな手を重ねてきた。さらに、和真の目を覗き込んでくる。
「何か、心当たりがあるのだな? 恐れずに、何でも思ったことを言ってみなさい。ここにいる者は皆おまえの味方だ。頼るといい」
蓮は和真から目を離さないで告げる。和真の心は揺れた。
「……蒼蓮かもしれないんだ」
ぽつりと言葉が零れ落ちた。その瞬間、室内に漂う空気が変わる。
「蒼蓮……だと?」
明らかに真宮蓮が動揺をみせた。
「どうしてそう思うの?」と梨紗も困惑した表情で訊いてくる。
「あ、いや、おれの勘違いかもしれない……」
慌てて否定する和真に蓮は今までで一番優しい声で話かけてきた。
「言いなさい。勘違いだと分かれはそれでいいのだから」
言いよどみながらも和真はあの日見た事を伝える。
「……担架で救急車に運ばれる時……野次馬の中に蒼蓮がいたんだ」
四人がお互いの顔を見合わせる。
「蒼蓮様が……あの場に? 確かに、偶然にしてはあまりに……」
宮田は顔色を無くしている。
「……もちろん、情報を漏らしたとかは分からない。ただ、担架で運ばれているおれの姿を見ても驚いていなかった。おれも気が動転していたから、なんであいつがいるんだ? ぐらいしか思っていなかったんだけど、ずっと引っかかっていて……。ただ、あいつ、酷く……怯えたような顔をして突っ立ていたんだ……」
宮田はすぐにメモを取り出し、蓮の方を向く。
「真宮様、至急調査を致します」
「ああ。頼む」
緊張が走る中、和真は蓮を見た。真宮蓮の纏う空気がピリピリと張り詰めている。
「あの! ……もし、蒼蓮が関わっていたら、何か大変な事に足を突っ込んでしまっていたら……救ってやって欲しいんだ」
半身を起こそうとして、失敗する。痛みで顔を歪ませながら真宮蓮を見上げる。蓮は瞠目していた。
室内に異様な静けさが支配していた。
だが、その静けさをぶち破ったのは汐音だった。
「和真さん!」
激しい声が病室に響く。珍しく和真に向けて荒々しい感情を剥き出しにしていた。
「救うってなんですか⁈ あなたは……あなたは、あの時! 殺されていたかもしれないんですよ! あいつらはナイフを持っていた! 普通のナイフじゃなく、殺傷能力の高いナイフを!」
梨紗は最悪を想像したのか、蒼ざめて口を押えた。
汐音の怒りと恐怖が入り混じった叫び声に和真は胸をつかれた。
汐音の目は真っ赤だった。眠れていない為なのか、それとも怒りなのか。
その顔が突然、今にも泣き出しそうに歪み、握り締めている拳がわなわなと震えている。
「……汐音、もしあいつが絡んでいたとしても、きっとこんな大事になるとは思っていなかったはずなんだ。それに、まだあいつは汐音と同じ高一なんだよ!」
和真はゆっくりと汐音へ手を伸ばした。
「汐音……」
汐音は珍しく戸惑いを見せた。
だが、しばらくすると差し出された手を壊れ物にでも触れるようそっと包み込んだ。
「……あいつは、おれの弟で、おれは兄ちゃんなんだよ」
その言葉が鋭く胸に刺さったように、汐音は苦しそうに視線を落とした。和真に触れている手が僅かに震え始めた。
「……弟、だから……? 貴方を襲わせたかもしれないのですよ⁈ よくそんな事を考えられますね」
押し殺した声で呟く汐音。
その肩までもが細かく震えているのが分かった。
和真は胸が締めつけられるような痛みを感じた。
「……ごめん、汐音」
謝る事しか出来なかった。
自分が傷つくより和真が傷つくことを酷く恐れる汐音。その気持ちを、今回も和真は無下に扱ってしまった。
しかし、和真と同様に蒼蓮も大人達の勝手な事情に巻き込まれている。もしかしたら、かなり追い詰められた精神状態なのかもしれないのだ。
「……私は……」
汐音は顔を上げないまま言葉を続けた。
「あなたが傷つくのが嫌なんです。それだけなんです……」
その声があまりにも切なくて、梨紗が思わず口元に手を当てた。
蓮はただ感情を抑え込むように低く告げた。
「……和真、お前の気持ちは分かった。蒼蓮のことは私がしっかり調べるよ。まずは、そこからだ」
宮田も深く頷く。
「和真様、安心してください。調査は慎重に行います。蒼蓮様が関わっていたとしても、あなたの望む形で解決できるよう尽力致します」
汐音を残し、全員が病室を出て行った。
静寂が二人を包み込む。
和真は静かに息をつき、汐音の手を強く握りしめる。
「汐音……。おれは、汐音がいなければ、パーティーに参加させられてからの日々を乗り越えられなかったと思う。きっと頭がおかしくなっていた。おまえが居てくれるから、おれは自分を保てている。……汐音のお陰だよ。それに、こやって汐音にまた命を助けてもらったな」
『ありがとう』と告げると、その一言で、汐音が唇を噛む。
顔を上げた汐音の瞳には、涙が滲んでいた。
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