生まれる前から好きでした。

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33.ファーストキス。

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 夕飯のカレー作りと飯盒炊飯が始まる僅かな休憩時間に、姿が見えない福井奏の姿を追って相澤和真は建物の外まで探しに出て来ていた。

(くそっ! 時間が無いっていうのに、あいつはどこに行ったんだ?)

 ふと気になって、建物の裏側へと回ってみた。
 すると、そこには大きな木が一本立っていて、その存在感に目を見張る。見惚れていたのはほんの僅かの間だった。その木の傍に誰かが居る事に気が付いたからだ。

(奏だ!)

 喜びは一瞬。すぐに和真の顔が強張る。
 だが、勇気を出して、一歩足を踏み出した。
 と、その時、靴の下で枝が折れる音が静かな空間に響いた。木を見上げていた奏が振り返った。

「和真……」

 小さな声だったが、しっかりと和真の耳にまで届いた。どこか惚けたようなその声に拒絶する感じがなかったので、そのまま真っ直ぐに歩み寄って行く。

「奏」

 和真はわざと奏の目の前に立ってから名前を呼んだ。今まで夢でも見ていたのか、ぼんやりとしていた奏がやっと我に返ったようだった。僅かに驚いた表情を浮かべて和真を凝視する。和真は奏の視線を感じながら、あえて巨木へ視線を向けた。

「……枝も立派だな。登れそうだ」
「登る? 普通、木に登ろうなんて思わないだろ?」

 和真の言葉に奏が反応する。その口調がいつもどおりで、和真はほっとして泣きそうになる。

「普通って、何? こんなすげぇ木があれば、登りたくなるだろ?」

 つい嬉しくて笑みを浮かべて言い返せば、奏がはっとしたのが分かった。

「……夢の中のあの少女と同じ──」

 まるで何かに囚われているかのように、呆然とした表情で奏が呟く。

「夢?」

 どこか様子がおかしい奏のことが心配になり、大丈夫か?と和真が思わず奏へ手を伸ばした。
 途端、奏の足が一歩、和真から距離を取るように後退る。和真はすぐさま奏の腕を掴んだ。静電気でも流れたのかと思うほど、奏の体がびくりと反応する。

(まただ……)

 今回は振り払われたりはしなかったが、奏が掌をぎゅっと握り締めるのが見て取れた。

(俺が触れるのが、そんなに嫌なのかよ……)

 大声で叫び出したい気持ちを押し殺し、奏をまっすぐに見つめる。

「今日は逃がさないからな!」

 必死の覚悟が伝わったのか、奏はその場に留まった。
 だが、奏の表情は固く何かを堪えているように感じられた。

「……おれは、奏に何かしたのか? もし奏を傷つけていたのなら、教えてほしい。おれに謝罪させてほしいんだ」
「え……?」

 意味が分からないとでもいうように奏は目を大きく見開き、困惑した表情を浮かべた。

(謝罪されるのも嫌なのか?)

「……おれがそばにいるのも嫌なら、そうはっきり言ってくれ! おれは、おまえに二度と近づいたりしないから!」

 奏に両肩を掴まれ、背後の大木に押し付けられたと気付いたのは、背中と肩に強い衝撃を感じたのと同時だった。

「……二度と近づかないって、何だよ!」
「おまえは、おれを避けているじゃないか! 嫌いなら我慢なんかしないで、そう言えと言っているんだよ!」
「俺が和真を嫌い……? そんな訳が無いだろう!」

 突然、奏が豹変する。
 和真は一瞬、背中の痛みを忘れた。頭の中が真っ白になる。
 奏の唇が和真のそれに強く押し当てられていたからだ。

ドンッ

 和真は奏の胸を強く叩いた。
 だが、奏は唇を離さない。それどころか、さらに口付けが深くなっていく。木の幹に体ごと押し付けられ、身動きさえとれない。和真は奏の後ろ髪を掴み、強引に引き離しながら顔を逸らした。

「……我慢するなと言ったのは、和真だ。おまえを押し倒してしまいそうだから、今まで必死で距離を取っていたのに……」
 
 まるで自分のものだと主張するように強く抱き締められた。耳元で奏の苦しそうな呟きが聞こえる。

「……男のおまえを好きになった俺の事が、気持ち悪い?」

 苦笑と共に、いつも自信に満ち溢れていた奏が珍しく自虐的な言葉をこぼす。
 だが、奏の心情を気にかけていられるほどの余裕などなかった。ショックだったのだ。奏の腕を振り切り、キッと睨みつける。
 そして、奏の目の前で、和真は自分の唇を袖で拭いた。

「……誰が、誰の事を好きになっても気持ち悪いなんて思わない! だけどな! 勝手におれのファーストキスを奪ったことは許さない!」
「ファーストキス……」

 奏がひどく驚いた顔をした。和真はそんな奏を思いっきり突き飛ばし、その場から駆け出したのだった。
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