33 / 77
33.ファーストキス。
しおりを挟む
夕飯のカレー作りと飯盒炊飯が始まる僅かな休憩時間に、姿が見えない福井奏の姿を追って相澤和真は建物の外まで探しに出て来ていた。
(くそっ! 時間が無いっていうのに、あいつはどこに行ったんだ?)
ふと気になって、建物の裏側へと回ってみた。
すると、そこには大きな木が一本立っていて、その存在感に目を見張る。見惚れていたのはほんの僅かの間だった。その木の傍に誰かが居る事に気が付いたからだ。
(奏だ!)
喜びは一瞬。すぐに和真の顔が強張る。
だが、勇気を出して、一歩足を踏み出した。
と、その時、靴の下で枝が折れる音が静かな空間に響いた。木を見上げていた奏が振り返った。
「和真……」
小さな声だったが、しっかりと和真の耳にまで届いた。どこか惚けたようなその声に拒絶する感じがなかったので、そのまま真っ直ぐに歩み寄って行く。
「奏」
和真はわざと奏の目の前に立ってから名前を呼んだ。今まで夢でも見ていたのか、ぼんやりとしていた奏がやっと我に返ったようだった。僅かに驚いた表情を浮かべて和真を凝視する。和真は奏の視線を感じながら、あえて巨木へ視線を向けた。
「……枝も立派だな。登れそうだ」
「登る? 普通、木に登ろうなんて思わないだろ?」
和真の言葉に奏が反応する。その口調がいつもどおりで、和真はほっとして泣きそうになる。
「普通って、何? こんなすげぇ木があれば、登りたくなるだろ?」
つい嬉しくて笑みを浮かべて言い返せば、奏がはっとしたのが分かった。
「……夢の中のあの娘少女と同じ──」
まるで何かに囚われているかのように、呆然とした表情で奏が呟く。
「夢?」
どこか様子がおかしい奏のことが心配になり、大丈夫か?と和真が思わず奏へ手を伸ばした。
途端、奏の足が一歩、和真から距離を取るように後退る。和真はすぐさま奏の腕を掴んだ。静電気でも流れたのかと思うほど、奏の体がびくりと反応する。
(まただ……)
今回は振り払われたりはしなかったが、奏が掌をぎゅっと握り締めるのが見て取れた。
(俺が触れるのが、そんなに嫌なのかよ……)
大声で叫び出したい気持ちを押し殺し、奏をまっすぐに見つめる。
「今日は逃がさないからな!」
必死の覚悟が伝わったのか、奏はその場に留まった。
だが、奏の表情は固く何かを堪えているように感じられた。
「……おれは、奏に何かしたのか? もし奏を傷つけていたのなら、教えてほしい。おれに謝罪させてほしいんだ」
「え……?」
意味が分からないとでもいうように奏は目を大きく見開き、困惑した表情を浮かべた。
(謝罪されるのも嫌なのか?)
「……おれがそばにいるのも嫌なら、そうはっきり言ってくれ! おれは、おまえに二度と近づいたりしないから!」
奏に両肩を掴まれ、背後の大木に押し付けられたと気付いたのは、背中と肩に強い衝撃を感じたのと同時だった。
「……二度と近づかないって、何だよ!」
「おまえは、おれを避けているじゃないか! 嫌いなら我慢なんかしないで、そう言えと言っているんだよ!」
「俺が和真を嫌い……? そんな訳が無いだろう!」
突然、奏が豹変する。
和真は一瞬、背中の痛みを忘れた。頭の中が真っ白になる。
奏の唇が和真のそれに強く押し当てられていたからだ。
ドンッ
和真は奏の胸を強く叩いた。
だが、奏は唇を離さない。それどころか、さらに口付けが深くなっていく。木の幹に体ごと押し付けられ、身動きさえとれない。和真は奏の後ろ髪を掴み、強引に引き離しながら顔を逸らした。
「……我慢するなと言ったのは、和真だ。おまえを押し倒してしまいそうだから、今まで必死で距離を取っていたのに……」
まるで自分のものだと主張するように強く抱き締められた。耳元で奏の苦しそうな呟きが聞こえる。
「……男のおまえを好きになった俺の事が、気持ち悪い?」
苦笑と共に、いつも自信に満ち溢れていた奏が珍しく自虐的な言葉をこぼす。
だが、奏の心情を気にかけていられるほどの余裕などなかった。ショックだったのだ。奏の腕を振り切り、キッと睨みつける。
そして、奏の目の前で、和真は自分の唇を袖で拭いた。
「……誰が、誰の事を好きになっても気持ち悪いなんて思わない! だけどな! 勝手におれのファーストキスを奪ったことは許さない!」
「ファーストキス……」
奏がひどく驚いた顔をした。和真はそんな奏を思いっきり突き飛ばし、その場から駆け出したのだった。
(くそっ! 時間が無いっていうのに、あいつはどこに行ったんだ?)
ふと気になって、建物の裏側へと回ってみた。
すると、そこには大きな木が一本立っていて、その存在感に目を見張る。見惚れていたのはほんの僅かの間だった。その木の傍に誰かが居る事に気が付いたからだ。
(奏だ!)
喜びは一瞬。すぐに和真の顔が強張る。
だが、勇気を出して、一歩足を踏み出した。
と、その時、靴の下で枝が折れる音が静かな空間に響いた。木を見上げていた奏が振り返った。
「和真……」
小さな声だったが、しっかりと和真の耳にまで届いた。どこか惚けたようなその声に拒絶する感じがなかったので、そのまま真っ直ぐに歩み寄って行く。
「奏」
和真はわざと奏の目の前に立ってから名前を呼んだ。今まで夢でも見ていたのか、ぼんやりとしていた奏がやっと我に返ったようだった。僅かに驚いた表情を浮かべて和真を凝視する。和真は奏の視線を感じながら、あえて巨木へ視線を向けた。
「……枝も立派だな。登れそうだ」
「登る? 普通、木に登ろうなんて思わないだろ?」
和真の言葉に奏が反応する。その口調がいつもどおりで、和真はほっとして泣きそうになる。
「普通って、何? こんなすげぇ木があれば、登りたくなるだろ?」
つい嬉しくて笑みを浮かべて言い返せば、奏がはっとしたのが分かった。
「……夢の中のあの娘少女と同じ──」
まるで何かに囚われているかのように、呆然とした表情で奏が呟く。
「夢?」
どこか様子がおかしい奏のことが心配になり、大丈夫か?と和真が思わず奏へ手を伸ばした。
途端、奏の足が一歩、和真から距離を取るように後退る。和真はすぐさま奏の腕を掴んだ。静電気でも流れたのかと思うほど、奏の体がびくりと反応する。
(まただ……)
今回は振り払われたりはしなかったが、奏が掌をぎゅっと握り締めるのが見て取れた。
(俺が触れるのが、そんなに嫌なのかよ……)
大声で叫び出したい気持ちを押し殺し、奏をまっすぐに見つめる。
「今日は逃がさないからな!」
必死の覚悟が伝わったのか、奏はその場に留まった。
だが、奏の表情は固く何かを堪えているように感じられた。
「……おれは、奏に何かしたのか? もし奏を傷つけていたのなら、教えてほしい。おれに謝罪させてほしいんだ」
「え……?」
意味が分からないとでもいうように奏は目を大きく見開き、困惑した表情を浮かべた。
(謝罪されるのも嫌なのか?)
「……おれがそばにいるのも嫌なら、そうはっきり言ってくれ! おれは、おまえに二度と近づいたりしないから!」
奏に両肩を掴まれ、背後の大木に押し付けられたと気付いたのは、背中と肩に強い衝撃を感じたのと同時だった。
「……二度と近づかないって、何だよ!」
「おまえは、おれを避けているじゃないか! 嫌いなら我慢なんかしないで、そう言えと言っているんだよ!」
「俺が和真を嫌い……? そんな訳が無いだろう!」
突然、奏が豹変する。
和真は一瞬、背中の痛みを忘れた。頭の中が真っ白になる。
奏の唇が和真のそれに強く押し当てられていたからだ。
ドンッ
和真は奏の胸を強く叩いた。
だが、奏は唇を離さない。それどころか、さらに口付けが深くなっていく。木の幹に体ごと押し付けられ、身動きさえとれない。和真は奏の後ろ髪を掴み、強引に引き離しながら顔を逸らした。
「……我慢するなと言ったのは、和真だ。おまえを押し倒してしまいそうだから、今まで必死で距離を取っていたのに……」
まるで自分のものだと主張するように強く抱き締められた。耳元で奏の苦しそうな呟きが聞こえる。
「……男のおまえを好きになった俺の事が、気持ち悪い?」
苦笑と共に、いつも自信に満ち溢れていた奏が珍しく自虐的な言葉をこぼす。
だが、奏の心情を気にかけていられるほどの余裕などなかった。ショックだったのだ。奏の腕を振り切り、キッと睨みつける。
そして、奏の目の前で、和真は自分の唇を袖で拭いた。
「……誰が、誰の事を好きになっても気持ち悪いなんて思わない! だけどな! 勝手におれのファーストキスを奪ったことは許さない!」
「ファーストキス……」
奏がひどく驚いた顔をした。和真はそんな奏を思いっきり突き飛ばし、その場から駆け出したのだった。
10
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
ノエルの結婚
仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。
お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。
生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。
無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ
過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。
J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。
詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる