42 / 77
42.退院。
しおりを挟む
入院四日目の朝。
相澤和真は最後の診察を終え、無事に退院が出来ることになった。
「今日、帰っちゃうの? 寂しいわ。いっそのこと、私と付き合っちゃう?」
医師が居なくなった途端、可愛いナース姿のお姉さんが口説きはじめた。
だが、口説かれているのは和真ではない。
後輩の三峰汐音だ。
「ありがとうございます。でも、俺には好きな人がいるので、お付き合いする事は出来ないです。すみません。でも、本当にお姉さんには大変お世話になりました。感謝しています」
深々と頭を下げる汐音の腰に小柄なお姉さんが抱きつく。
「感謝だなんて! なんて可愛いの! もし、その好きな人と上手くいかなかったら私のところへいらっしゃい。慰めてあげるから」
「その時はお願いします。お姉さんは、本当に優しいですね」
部屋の隅とはいえ、会話はしっかりと和真の耳に入ってくる。
(おれは何を聞かされているんだ?)
遠い目で和真はボソリと呟く。
「それじゃあ、元気でね」
「お姉さんもお元気で。ありがとうございました」
小さく手を振りながら部屋を出ていく看護師の姿が消えるまで、汐音は頭を下げていた。
「……か、可愛い人だったじゃないか。断って良かったのか?」
さりげなさを装い、和真は汐音に声をかける。汐音が頭を上げ、振り返った。
「どうしてそんなつれない事をおっしゃるのですか? 私が誰を好きかご存じなのに」
「……」
「それとも、……嫉妬をしてくださっているのですか?」
「し、嫉妬?! そんなものする訳ないだろう!」
「そうなんですか? 残念です」
口では『残念』などと言っているが、汐音は目尻を下げ、甘々な表情を浮かべながら近づいてくる。
「……あの人に、何か世話になるような事があったのか?」
和真は汐音から視線を逸らし、気になっていたことを訊ねる。
「え? ああ、ここは完全看護だったので、私は和真さんの病室に泊まる事が出来なくて困っていると、あの方が自分の家に泊めてくださったんです」
「え?! 泊まった⁉」
「はい。泊めていただきました。ご家族の方も皆さん優しい方達でした」
「! あ、……家族。家族……ね」
「はい。年の離れたまだ小学生の可愛い弟さんがいらっしゃるんですよ」
ニコニコと笑みを浮かべたまま汐音がベッドの横の椅子に腰を下ろした。いろいろと心の内を見透かされているようで、和真は落ち着かない気持ちになる。
コンコン。
控えめに扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
和真の声に応じて扉が開き、濃い色のスーツ姿の男が入って来た。年齢は40代半ばぐらいで汐音ほどではないが、背が高い。
「和真様。心配致しました」
男は本当に心配していたのだろう。表情が固い。
「先ほどの診察で、予定通り退院出来るそうです。ホッと致しました」
言葉のとおり、宮田はホッと息を吐いた。
「宮田さん。すみません。こんなところまで来ていただく事になってしまって」
「お気になさらず。これも私の仕事ですので。退院用のお着替えもお持ちしております」
「あ、ありがとうございます」
和真の父である真宮グループの総裁である真宮蓮の秘書の一人である、宮田太一だ。
彼は三人いる跡継ぎ候補の中で、和真の担当をしている。
「では、和真様のお荷物を車へお運び致しましょう。鞄はどこにございますか?」
「これです」
汐音が和真のボストンバッグを宮田へ手渡す。
「君が、三峰汐音君だね?」
「はい」
「毒蛇から和真様を助けてくださったのは君だと、担任の先生から聞いているよ。本当にありがとう。今度お礼をさせてくれないかい?」
「お礼なんていいです。それより、和真さんの足はまだパンパンに腫れていて痛みもあるようです。日常生活に支障があると思うので、僕を和真さんの介護兼ハウスキーパーとして雇っていただけないでしょうか?」
「え?!」
驚いた和真は思わず声を上げていた。
「……介護? ハウスキーパー?」
宮田も一瞬驚いた顔をしたが、すぐに秘書らしく落ち着いた表情へ戻る。
「なるほど。では、まず数点確認させてください。和真様はこの提案を受け入れられますか?」
「え? ま、まあ、汐音が居てくれると、助かるけど……」
「そうですか。では、2点目。学校はアルバイト禁止ではありませんか?」
「はい。禁止ではないです」
「では、あなたの親御様から貴方がアルバイトをすることに対して、許可はいただけますか?」
「はい。それは、大丈夫です」
「分かりました。では、書類をご用意いたします。早速、今日からお願いできますか?」
「もちろんです」
「では、まず退院の手続きをしてまいりますので、ここで少々お待ちください」
それだけ言い残すと、宮田は颯爽と病室を出て行ってしまった。思いもしなかった話の展開に、呆然とする和真だった。
相澤和真は最後の診察を終え、無事に退院が出来ることになった。
「今日、帰っちゃうの? 寂しいわ。いっそのこと、私と付き合っちゃう?」
医師が居なくなった途端、可愛いナース姿のお姉さんが口説きはじめた。
だが、口説かれているのは和真ではない。
後輩の三峰汐音だ。
「ありがとうございます。でも、俺には好きな人がいるので、お付き合いする事は出来ないです。すみません。でも、本当にお姉さんには大変お世話になりました。感謝しています」
深々と頭を下げる汐音の腰に小柄なお姉さんが抱きつく。
「感謝だなんて! なんて可愛いの! もし、その好きな人と上手くいかなかったら私のところへいらっしゃい。慰めてあげるから」
「その時はお願いします。お姉さんは、本当に優しいですね」
部屋の隅とはいえ、会話はしっかりと和真の耳に入ってくる。
(おれは何を聞かされているんだ?)
遠い目で和真はボソリと呟く。
「それじゃあ、元気でね」
「お姉さんもお元気で。ありがとうございました」
小さく手を振りながら部屋を出ていく看護師の姿が消えるまで、汐音は頭を下げていた。
「……か、可愛い人だったじゃないか。断って良かったのか?」
さりげなさを装い、和真は汐音に声をかける。汐音が頭を上げ、振り返った。
「どうしてそんなつれない事をおっしゃるのですか? 私が誰を好きかご存じなのに」
「……」
「それとも、……嫉妬をしてくださっているのですか?」
「し、嫉妬?! そんなものする訳ないだろう!」
「そうなんですか? 残念です」
口では『残念』などと言っているが、汐音は目尻を下げ、甘々な表情を浮かべながら近づいてくる。
「……あの人に、何か世話になるような事があったのか?」
和真は汐音から視線を逸らし、気になっていたことを訊ねる。
「え? ああ、ここは完全看護だったので、私は和真さんの病室に泊まる事が出来なくて困っていると、あの方が自分の家に泊めてくださったんです」
「え?! 泊まった⁉」
「はい。泊めていただきました。ご家族の方も皆さん優しい方達でした」
「! あ、……家族。家族……ね」
「はい。年の離れたまだ小学生の可愛い弟さんがいらっしゃるんですよ」
ニコニコと笑みを浮かべたまま汐音がベッドの横の椅子に腰を下ろした。いろいろと心の内を見透かされているようで、和真は落ち着かない気持ちになる。
コンコン。
控えめに扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
和真の声に応じて扉が開き、濃い色のスーツ姿の男が入って来た。年齢は40代半ばぐらいで汐音ほどではないが、背が高い。
「和真様。心配致しました」
男は本当に心配していたのだろう。表情が固い。
「先ほどの診察で、予定通り退院出来るそうです。ホッと致しました」
言葉のとおり、宮田はホッと息を吐いた。
「宮田さん。すみません。こんなところまで来ていただく事になってしまって」
「お気になさらず。これも私の仕事ですので。退院用のお着替えもお持ちしております」
「あ、ありがとうございます」
和真の父である真宮グループの総裁である真宮蓮の秘書の一人である、宮田太一だ。
彼は三人いる跡継ぎ候補の中で、和真の担当をしている。
「では、和真様のお荷物を車へお運び致しましょう。鞄はどこにございますか?」
「これです」
汐音が和真のボストンバッグを宮田へ手渡す。
「君が、三峰汐音君だね?」
「はい」
「毒蛇から和真様を助けてくださったのは君だと、担任の先生から聞いているよ。本当にありがとう。今度お礼をさせてくれないかい?」
「お礼なんていいです。それより、和真さんの足はまだパンパンに腫れていて痛みもあるようです。日常生活に支障があると思うので、僕を和真さんの介護兼ハウスキーパーとして雇っていただけないでしょうか?」
「え?!」
驚いた和真は思わず声を上げていた。
「……介護? ハウスキーパー?」
宮田も一瞬驚いた顔をしたが、すぐに秘書らしく落ち着いた表情へ戻る。
「なるほど。では、まず数点確認させてください。和真様はこの提案を受け入れられますか?」
「え? ま、まあ、汐音が居てくれると、助かるけど……」
「そうですか。では、2点目。学校はアルバイト禁止ではありませんか?」
「はい。禁止ではないです」
「では、あなたの親御様から貴方がアルバイトをすることに対して、許可はいただけますか?」
「はい。それは、大丈夫です」
「分かりました。では、書類をご用意いたします。早速、今日からお願いできますか?」
「もちろんです」
「では、まず退院の手続きをしてまいりますので、ここで少々お待ちください」
それだけ言い残すと、宮田は颯爽と病室を出て行ってしまった。思いもしなかった話の展開に、呆然とする和真だった。
10
あなたにおすすめの小説
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
ノエルの結婚
仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。
お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。
生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。
無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ
過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。
J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。
詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる