新緑の少年

東城

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心はこわれるもの

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「ねえ、先生。頭痛いんだけど、薬ない?」
少年の声でふっと現実に戻る。
痛み止めの薬を渡すと、少年は「寝る」と言って、ソファーに寝転がった。
「ベッドで寝たら?」
「ここでいい」そう元気なく言うと、黙ってしまった。
毛布を取ってきて、ふんわりとかけてあげる。
「ちょっと買い物に行ってくるから、留守番しててね」
返事は返ってこない。

スーパーから戻ってくると、少年はまだ寝ていた。
夕食の時間になって起こしにいくと、気持ち悪いから食べたくないとのこと。
体温計で熱を計ると38.5度。
これは風邪だな。
少年は、関西訛りのイントネーションで「せんせぇ」と僕のことを呼ぶ。
ベッドで寝てと言ってるのに「ソファーでもいい。ふかふかして心地いい」とか「先生も疲れたまってるから、ベッドで寝て、はやく元気になって」と理由をつけて断る。
ソファーがそんなにいいなら、そこでもいいか。疲れて体も弱っていたから、風邪引いちゃったんだね。

二日経過して顔や体のあざは薄らいできているが、具合が悪く、あまり食事もとらない。
相変わらずソファーで寝ている。
風邪に効く薬はないから、ゆっくり休んで寝ていれば治るよ。

衝動的に引き取ってしまったけど、よく知らない子なのにどうしよう。
テレビで保護司と不良少年のドキュメンタリーを見て、自分も一度保護司というものをやってみたかった。
親をカッターナイフで切りつけるような子だよ。悪い子かもしれない。
でも、かわいそうだったし、見た感じではそんなに性格の歪んだ子には思えなかった。
この子の学校の転校手続きや身の回りの物の購入とか、やることも沢山あるな。

熱は下ったけど、咳がひどい。炎症おこしてそうな激しい、いやな咳が続いていた。
病院に連れていったほうがいいな。
「咳とまらないね」
「風邪ひくとね。いつも咳が長引くんだ」
「病院行こうか?」
「病院行くとお金かかるし。先生、医者なんだから、診察できるよね」
病院に連れて行ってもらったことないのか? 
お金がかかるとか親は理由付けて、ネグレクトしていたんだね。虐待がばれて通報されるのが怖いから、子供を病院に連れて行かない。
たぶん、そういう親は健康保険も未納なんだろう。
「それはそうだけど。僕は内科医じゃなくて精神科医だし」
あ、僕でも処方箋書けるか。
「じゃあ、診察するから。えーと、とりあえず、炎症を起こしてないか、胸の音聴いてみるね」
聴診器なんて家にあったかな。医大時代に使っていたのが押し入れにあるかも。

探してみたけども結局見つからなくて、近くの個人病院の内科に連れて行った。
抗生物質と咳止めをもらって帰ってきた。
夜九時になっても激しく咳こんでいる。
あの医者、やる気なさそうな3分診療だったし、やぶ医者かも。
ソファーで寝ている少年の背中をさすってあげる。
「ねえ、朝日君って呼んでいいかな? はざま君のほうがいいかな?」
「朝日でいいよ」
「じゃあ、僕のことも呼び捨てでいいよ」
「それちょっとやばくない? だって僕よりずっと年上なのに」
「栄って呼んでいいよ」
「栄之助先生でよくね?」
「プライベートと仕事場の切り替えは大切なんだ。仕事場でいつも先生付けで呼ばれてるから、先生はやめよう」
「命の恩人なのになんか申し訳ないなあ。栄之助さんじゃだめかな?」
「おじいさんみたいだから、それやめて」
朝日が初めて爆笑した。
「それうける。つぼにはまった」
そのあと、咳が止らなくなった。
「ほらほら、笑いすぎるから」
素直な心の子だな。一緒に暮らしても大丈夫かも。

その当時は、変な趣向や少年好きでひきとったわけじゃなかった。
でも、自分ではまだ気が付かないところで少年愛への憧れがあって、朝日の保護司になりたいと強く思ったのかもしれない。 

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