新緑の少年

東城

文字の大きさ
14 / 28

かんおちって

しおりを挟む
次の日、勤め先の病院に立ち寄って聴診器とカルテを持って帰った。
「たぶん大丈夫だと思うけど、炎症を起こしてないか、診察するからね」
朝日はパジャマの上を脱いだ。
べつに痩せすぎってわけじゃないけど、もうちょっと健康的な中学生の身体になって欲しい。
肺の音を聴く。きれいな音だ。炎症は起こしていない。
咳は気管支からだな。自然治癒するだろう。咳がさらに一週間以上続くようなら、うちの病院で診てもらおう。

診察が終わって、朝日がパジャマを着ている半裸の姿を見つめていた。
少年の柔肌ってきれいだなと思っている自分に気がつき、はっとした。
自分のことをショタコンとかその手の類とは思いたくなかった。
性的な意味ではない。ただ少年って大人にはない美しさがあるんだなと思っただけだ。

***
 
数日後、風邪は完治したものの精神的にぐらつきはじめた。
食事中やテレビを見ているときに突然、涙がこぼれたり、怖い夢を見てうなされたり、夜眠れないと朝の二時まで起きていたり。
とてもじゃないが、学校に行ける状態ではなかった。

夜中、子供の泣き声で目が覚めた。
また泣いているのか。
起きて、リビングに行く。

朝日はソファーに座って顔を両手でおおい号泣していた。
「どうしたの?」
「もう僕、だめだ。もうだめだ」
「だめって何が?」
「なんで僕だけつらい目に遭うの? みんなは普通に両親がいて、普通に学校に行って、友達もいて、将来の目標もあって」
「うん。でも、元気になったら中学にも通えるよ」
「またひとりぼっちになる」
僕まで悲しくなる。
できる限りのことをこの子にしてあげたい。
「もう、ひとりぼっちじゃないよ」
朝日の両手をとる。小さいやわらかい手。
「朝日、僕がいるじゃないか。君のこと好きだよ」涙で濡れている手をぎゅっと握る。
「好きって?」怪訝な顔で聞きかえす朝日。
「いい子だと思うし、一緒にいて楽しいし」
「うん。三浦先生も同じこと言ってくれた」朝日は涙をぬぐう。
ああ、前の学校の女の先生ね。
「朝日は僕のことどう思ってる?」
「僕も栄のこと好き」

朝日の「好き」はただ単なる「好き」であって、僕の朝日に対する「好き」とはまた違った。
自分が朝日に恋していることに薄々自覚があった。
「じゃあ、おやすみ。朝日」
「ねえ、栄。お願いがあるの」
どきっとした。
君のお願いならなんでも聞いてあげるよ。
「僕が眠るまで、手をつないでて」
胸がどきどきする。
不安だから、手をつないで欲しいって子供ならよくおねだりすることだ。
「いいよ」
「栄、本当やさしいんだね」また、泣き出す朝日。
君のことぎゅっと抱きしめてあげたい。
それはやりすぎだろう。
頼まれた通り、手を握る。
はやく君の心が元気になりますように。
そう願いながら手を握る。

職場に電話して二週間の休みを三週間に伸ばしてもらった。まだ体調が悪く、貧血気味だという理由で仕事を休んだ。
本当は、日に日に精神状態が悪くなっていく朝日のことが心配だったから。
ソファーで寝てるなんてかわいそうだったので僕のベッドをあてがった。
僕はソファーで寝ると言うと、朝日はぼろぼろ泣きながら「どこにも行かないで」と言う。
そういった言動だけで、胸は熱くなるし、切なくきゅんっとした。
これは完ぺきに恋だ。完落ちってやつだ。
でも、この子、中一だよ。
「一緒のベッドで寝る?」聞くと、朝日は恥ずかしそうに「そんなのへんだよね」と答えた。
「へんじゃないよ」
朝日の髪をくしゃくしゃっと撫でて、先にベッドに入り、おいでと誘う。
「大丈夫だよ。変なことしないから」
「やだなあ。僕、男だよ。女の子じゃあるまいし」
たまに元の朝日に戻る。
この精神状態がやばい。
朝日の精神状態が悪くなるのは不定期で、普通の時はまったく普通だけど、突然、ジェットコースターのように情緒不安になる。
やれやれ、随分無防備だな、この子。
シングルベッドで二人で寝るには狭いので、お互い背中を寄せ合って寝た。
安心したようで、朝日はその夜はぐっすり眠った。

一緒にベッドで寝始めて二日目の夜だった。
「どうしたの? 怖い夢でもみたの?」ちいさなタオルを渡して聞いた。
タオルで嗚咽を押さえながら、朝日は言う。
「たまにすごく寂しくなる。僕なんて、僕なんて必要ない人間なんだよね」
胸が押しつぶされそうになる。
まだ子供なのにその気持ち、ずっと三年間も一人でかかえて生きてきたの?
思わず、壊れてしまいそうなまだ子供の身体をぎゅっと抱擁した。
心はもう壊れてしまっている。
「でも、いつか栄だっていなくなっちゃうよね。そしてひとりぼっちになって、もっと悲しい思いをする」
「そんなことないよ。ずっとずっと一緒にいようよ。好きなだけ、ここにいていいんだよ」
この子には居場所がない。
どんなに辛いことだろうか。
「前も、言ったけど、僕、汚いから触らないほうがいいよ」
そんな悲しいこと言わないで。
汚くなんてないよ。親がネグレクトしたんだろ。満足な食事も与えないで、ろくな世話もしないでさ。
こないだ君の調書と福祉課から里親手当の振込みの用紙みたいのが郵送で来たよ。
「朝日、もうそういうこと言うのやめよう。心が痛くなるから」
よしよしと髪を撫でる。
「栄ってやさしいお母さんみたいだね」
「え?」
僕、まだ二十七歳だよ。おかあさんとかやめて。お願いだから。
この子、親に甘えられなかったから、それで僕になついてるとか……。
ご飯作ったり買い物行ったりアイロンがけしたり、そういうことしてると、このままじゃ、桐野栄之助=おかあさんの公式がこの子の中で確立してしまう。
「僕、お金かかるよね? 食費とか?」
「朝日の養育費と教育費は月に七万八千円、市から支給されているから、心配いらないよ」
「そんなに?」
「お小遣いあげるから、好きなもの買うといいよ」
中一だから千円でいいか。
「ありがとう、栄」
うわ。親子の会話になってるよ。
複雑な気持ちになって落ち込んでしまった。
お母さんって思われてたなんて。マジで、これどうにかしないと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。

想いの名残は淡雪に溶けて

叶けい
BL
大阪から東京本社の営業部に異動になって三年目になる佐伯怜二。付き合っていたはずの"カレシ"は音信不通、なのに職場に溢れるのは幸せなカップルの話ばかり。 そんな時、入社時から面倒を見ている新人の三浦匠海に、ふとしたきっかけでご飯を作ってあげるように。発言も行動も何もかも直球な匠海に振り回されるうち、望みなんて無いのに芽生えた恋心。…もう、傷つきたくなんかないのに。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちがはじめての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...