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さよなら
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十二月になる前に僕は仕事に戻った。
朝日を一人で家に置いておくのも心配だったが、転校生として近所の中学に入学させるのも今はどうかと思った。
すぐに期末試験だし、学校に転入するなら三学期からでいいだろう。
朝日の前の学校の三浦先生にも連絡を取りたかった。転勤になったと聞いていたが、三浦希望(のぞみ)で、ググってみたら、すぐにどこの中学に勤務しているか分かった。
なんだ多摩市か、ここから車で20分もあればいける。
三浦先生の中学に電話すると、学級主任の男の先生が「三浦は先週から欠勤しています」と暗い声で言った。僕の携帯番号とメールアドレスを教え、羽間朝日のことで相談したいことがあると伝えてもらった。
三浦先生からは、なかなか連絡がこなかった。
昼間、食堂で先輩たちとお昼を食べていると、メール着信の音がチャリンと鳴った。
三浦先生から短いメールが来ていた。
「電話はちょっと今は無理なので、メールで、はざま君の近況を教えてください。三浦」
それから、何回か三浦先生とメールのやりとりをした。
三浦先生は学級崩壊が原因で精神的に落ち込み、学校に行けなくなっていた。二学期いっぱいは休職すると書いてあった。
***
朝日の精神状態もよくなかった。
最近は食欲もないみたいで、あまり食べない。泣くことはなくなったが、そんなにしゃべらなくなった。
心配なので、夜は一緒のベッドで寝ていた。
朝の八時から夜の七時ごろまで誰とも話さず、テレビも見ず、外にも行かず、そんな生活じゃ心も元気にならないだろう。
薬で、子供の頭の中をいじるのは嫌だった。
これは薬を出して元気になるとかそういった問題ではない。
僕じゃ、君のこと助けてあげられないのかな。
誰が君のこと助けてあげられる?
日曜の早朝だった。目が覚めると隣に朝日がいない。
探したが見当たらない。玄関に行くと朝日のスニーカーがなかった。
どこに行ったの?
パニックになる。
落ち着け。朝日が行きそうなところ。
あの子は、京都に帰りたがっていた。
きっと駅だ。
昨日、お年玉を七千円前借りしたいと頼まれたが何に使うかきちんと聞かず、渡してしまった。
電車で京都に行く気か。
まだ薄暗い中、車を飛ばして、駅に向かう。
朝早いので歩いている人はいない。
もう、電車に乗ってしまったかも。
駅の真ん前のロータリーに堂々と車を停め、ホームに走る。
ホームにひとりで突っ立っている子がいた。
朝日だ。
カンカンカンと踏切の音が鳴り響いている。
「朝日!」と叫ぶ。
朝日は僕を見て、ぎょっとしている。
「朝日、行かないでほしい」息を切らせてやっとのことで言えた。
冷たく朝日は返す。
「なんで? 栄は親でもなんでもないし、僕は京都に戻る。昔の友達もいるし、京都が生まれ故郷だから」
京都に戻りたいなら、きちんと相談すればいいのに。
ああ、この子の精神状態、普通じゃなかったんだ。
僕は、いたたまれなくて朝日を抱きしめた。
「まだわからないの?」
「は?」朝日が怪訝そうに答えた。
「好き。大好き。君のこと大好き。お願いだからしばらくは僕の家にいて」
「ごめんね。京都に帰ったら、きっと僕も元気になると思って。これ以上、栄に迷惑かけるのもなんだと思って」
「迷惑なんかじゃない。寂しくないように、とっておきのクリスマスプレゼントも用意したんだ。今日のお昼にサンタクロースが来てくれるんだよ」
「なんだ、それ? サンタなんていないよ。それにクリスマスまで、まだまだだよ」
「サンタのオジサンじゃないけど、きっとすごいサプライズだと思うよ」
朝日は僕の腕をほどく。
「なに、それすげえ気になるじゃん。わかったよ。じゃあ家に帰る」
アパートに戻るとドアを閉める。
朝日の額に頬にキスをする。いとおしい。
朝日を見ると、びっくりして僕を凝視している。
「男にキスされた」
思わずキスしてしまった。
ああ、なんて言いわけすればいいんだろう。
もう本当のことを言ってしまおう。
そのほうがいい。
「ごめん。びっくりしたよね」
「キスされた」
「僕ね、同性愛者で男の人が好きなんだ」
「そうだったんだ」
「いやだった?」
「びっくりしただけだよ」
さっきの落ち込んだ様子は消え失せて、ぼーっとしている。
「さあさあ、サンタが来るからごちそう作らないとね」
「栄って、やっぱりお母さんみたいだよね。わかった! ホモだからお母さんっぽかったんだ!」
だから、そういうのやめてよ。
二丁目ゲイ・バー「ベアー」のママが脳裏に浮かぶ。一度だけ飲みに行ったことがあるが、店名の通り熊系のゲイが集まる店だった。
ママ(男)は五十代の良い意味でひげも性格も濃い人で、常連客から「おかあさん」って呼ばれていたっけ。
絶対やだ。おかあさんなんて呼ばれたくない。
朝日を一人で家に置いておくのも心配だったが、転校生として近所の中学に入学させるのも今はどうかと思った。
すぐに期末試験だし、学校に転入するなら三学期からでいいだろう。
朝日の前の学校の三浦先生にも連絡を取りたかった。転勤になったと聞いていたが、三浦希望(のぞみ)で、ググってみたら、すぐにどこの中学に勤務しているか分かった。
なんだ多摩市か、ここから車で20分もあればいける。
三浦先生の中学に電話すると、学級主任の男の先生が「三浦は先週から欠勤しています」と暗い声で言った。僕の携帯番号とメールアドレスを教え、羽間朝日のことで相談したいことがあると伝えてもらった。
三浦先生からは、なかなか連絡がこなかった。
昼間、食堂で先輩たちとお昼を食べていると、メール着信の音がチャリンと鳴った。
三浦先生から短いメールが来ていた。
「電話はちょっと今は無理なので、メールで、はざま君の近況を教えてください。三浦」
それから、何回か三浦先生とメールのやりとりをした。
三浦先生は学級崩壊が原因で精神的に落ち込み、学校に行けなくなっていた。二学期いっぱいは休職すると書いてあった。
***
朝日の精神状態もよくなかった。
最近は食欲もないみたいで、あまり食べない。泣くことはなくなったが、そんなにしゃべらなくなった。
心配なので、夜は一緒のベッドで寝ていた。
朝の八時から夜の七時ごろまで誰とも話さず、テレビも見ず、外にも行かず、そんな生活じゃ心も元気にならないだろう。
薬で、子供の頭の中をいじるのは嫌だった。
これは薬を出して元気になるとかそういった問題ではない。
僕じゃ、君のこと助けてあげられないのかな。
誰が君のこと助けてあげられる?
日曜の早朝だった。目が覚めると隣に朝日がいない。
探したが見当たらない。玄関に行くと朝日のスニーカーがなかった。
どこに行ったの?
パニックになる。
落ち着け。朝日が行きそうなところ。
あの子は、京都に帰りたがっていた。
きっと駅だ。
昨日、お年玉を七千円前借りしたいと頼まれたが何に使うかきちんと聞かず、渡してしまった。
電車で京都に行く気か。
まだ薄暗い中、車を飛ばして、駅に向かう。
朝早いので歩いている人はいない。
もう、電車に乗ってしまったかも。
駅の真ん前のロータリーに堂々と車を停め、ホームに走る。
ホームにひとりで突っ立っている子がいた。
朝日だ。
カンカンカンと踏切の音が鳴り響いている。
「朝日!」と叫ぶ。
朝日は僕を見て、ぎょっとしている。
「朝日、行かないでほしい」息を切らせてやっとのことで言えた。
冷たく朝日は返す。
「なんで? 栄は親でもなんでもないし、僕は京都に戻る。昔の友達もいるし、京都が生まれ故郷だから」
京都に戻りたいなら、きちんと相談すればいいのに。
ああ、この子の精神状態、普通じゃなかったんだ。
僕は、いたたまれなくて朝日を抱きしめた。
「まだわからないの?」
「は?」朝日が怪訝そうに答えた。
「好き。大好き。君のこと大好き。お願いだからしばらくは僕の家にいて」
「ごめんね。京都に帰ったら、きっと僕も元気になると思って。これ以上、栄に迷惑かけるのもなんだと思って」
「迷惑なんかじゃない。寂しくないように、とっておきのクリスマスプレゼントも用意したんだ。今日のお昼にサンタクロースが来てくれるんだよ」
「なんだ、それ? サンタなんていないよ。それにクリスマスまで、まだまだだよ」
「サンタのオジサンじゃないけど、きっとすごいサプライズだと思うよ」
朝日は僕の腕をほどく。
「なに、それすげえ気になるじゃん。わかったよ。じゃあ家に帰る」
アパートに戻るとドアを閉める。
朝日の額に頬にキスをする。いとおしい。
朝日を見ると、びっくりして僕を凝視している。
「男にキスされた」
思わずキスしてしまった。
ああ、なんて言いわけすればいいんだろう。
もう本当のことを言ってしまおう。
そのほうがいい。
「ごめん。びっくりしたよね」
「キスされた」
「僕ね、同性愛者で男の人が好きなんだ」
「そうだったんだ」
「いやだった?」
「びっくりしただけだよ」
さっきの落ち込んだ様子は消え失せて、ぼーっとしている。
「さあさあ、サンタが来るからごちそう作らないとね」
「栄って、やっぱりお母さんみたいだよね。わかった! ホモだからお母さんっぽかったんだ!」
だから、そういうのやめてよ。
二丁目ゲイ・バー「ベアー」のママが脳裏に浮かぶ。一度だけ飲みに行ったことがあるが、店名の通り熊系のゲイが集まる店だった。
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