この優しさには絶対に裏がある!~激甘待遇に転生幼女は混乱中~

たちばな立花

文字の大きさ
5 / 41

05.ふつう

しおりを挟む
 イズールの暮らす建物は、王族が暮らす場所から少し離れた場所にある。
 庭園を挟んで反対側だ。
 メイドに頼むと、連れてきてくれた。
 広い庭園は何度かアランやシェリル、ルノーと来たことがある。いつも綺麗な花が咲いていて、楽園のような場所だ。
 ガルバトール帝国の後宮にも庭園はあったが、ここまで見事な花畑は暖かい季節でしか見られなかった。
 リオーク王国がガルバトール帝国よりも南に位置し、年中暖かいからかもしれない。

「レティシア様、イズール様はこちらにおりますよ」
「ん」

 私はイズールの暮らす屋敷の門をくぐった。
 三階建ての屋敷は落ち着いている。
 ここなら監視もなくゆっくり生活できそうだ。
 私はメイドを見上げた。

「ひとり」
「おひとりで行くのですか?」
「ん」
「ですが……」
「へーき」

 たくさんの人で行ったら、イズールも驚いてしまうに違いない。だから、ひとりで行きたかった。
 監視つきで仲よくなれるとは思えない。
 二人のメイドが顔を見合わせる。

「ではこちらでお待ちしておりますね」
「何かあったら大きな声をあげてくださいね」
「ん」

 メイドたちに扉を開けてもらうと、私は小さな足でしっかりと進む。この屋敷にはあまり人の気配がない。
 少数の使用人がいる程度だろう。
 私よりも監視が少ない環境に羨ましく感じた。
 監視され続ける生活は少しだけ疲れるからだ。

 イズールの部屋は三階にあるらしい。
 子どもの身体で三階は遠く感じる。三階までメイドについて来てもらうべきだったかと後悔した。
 三階の一番の奥の部屋の扉を叩く。
 小さな手のせいか、音も小さい。
 しかし、すぐに扉は開かれた。
 イズールは私を見て、目を瞬かせる。

「レティシア姫?」
「ん」

 イズールは辺りを見回す。
 人はいない。

「もしかして、ひとりで来たの?」
「ん」
「こんなところまで?」

 私はイズールの言葉に大きく頷く。

「ひとりは危ないよ」
「へーき」
「でも、どうしてこんなところに来たの?」
「仲よくなる」
「私と?」
「ん」
「そうか。じゃあ、おいで」

 イズールは私の手を引いた。あたたかな手だ。
 私は彼を見上げた。まだ幼いが、前世を思い出すのにはじゅうぶんだ。前世の彼も年齢よりも少し大人びて見えた。
 第一王子という重圧のせいだろうか。
 私の緊張をどうにか解きほぐそうとしてくれていた。

(悪いことをしたな)

 あのころの私は生きるのに必死だった。
 そして、無知だったのだ。私が毒薬を飲んだことで起こりうる未来を想像できなかった。
 彼は私の緊張を解こうとしただけ。罪もない人間が一人、罪を背負って死んだ。
 サシュエント王国はその後、ガルバトール帝国に攻め滅ぼされ、王族は全員殺されている。
 だから、早いか遅いかの違いだったはずだ。けれど、彼が多くの罪と責任を背負わされて殺されたことには違いない。
 イズールは私を見下ろして首を傾げる。

「私の顔に何かついてる?」
「んーん。ふつう」
「ふつうか。よかった。レティシア姫はいつも何をして遊んでるの?」
「ちゅみき」
「積み木か。でも、ここにはないな」

 イズールの部屋はがらんとしていた。
 引っ越してきたばかりだ。何もないのも当然だろうか。彼は本を読んでいたようだ。読みかけの本が置かれている。

「これ、読んでる?」
「ああ、そうなんだ。今読んでいるところ。レティシア姫にはまだ少し難しいかも」

 私は二度目の人生を生きている。この程度の本は読める。しかし、それを言うのはリスクが高かった。
 しかも、私はある程度の未来を知っている。そんなことが露見すれば、私の命が危ぶまれることになるのだ。
 未来を知る私をほしい者もいれば、邪魔だと思う者もいるだろう。

「ここにはレティシア姫が楽しめるものは何もないんだ。今度遊びに来るまでに用意しておくから、今日は帰ろうか?」
「へーき。見てる」
「見てる? 何を?」

 私は本を指した。
 イズールが目を瞬かせる。

「本を見てるの? あ、もしかして私が本を読むのを見てるってこと?」
「ん」
「つまらないんじゃない?」
「へーき」

 積み木だって楽しくて遊んでいるわけではない。
 身体を鍛えるためにやっていることだ。そして、監視がついている分、しっかりと子どもらしいところを見せないといけないと思っているから使っているだけ。
 好きなわけではない。
 イズールは困惑しながらも読みかけの本を手に取った。

「つまらなくなったら言うんだよ」
「ん」

 私は小さく頷く。
 そして、イズールから少し離れて座った。
 ジッと彼を見つめる。すると、彼は一ページめくっただけで、本を閉じてしまった。

「やっぱり見つめられながら本を見るのは難しいな。お話しよう」
「はなし……」
「うん。レティシア姫は何が好き?」
「すき?」
「そう。なんでもいいよ。お花とか、積み木とか」

 私は悩んだ。好きなものなど考えたことはない。
 好きという感情は危険な感情だ。
 好きを知ると人は脆くなる。前世で一度だけ好きになった猫がいた。私は猫を隠れて飼っていたが、その猫は私のせいで死んでしまった。
 あのときの胸の苦しみを考えると、もう二度と何かを好きになる気にはなれない。

「すき、ない」
「好きなものがない? 本当に? お兄ちゃんは?」
「ふつう」
「ふつうかぁ。かわいそうに」

 イズールは眉尻を下げながら笑った。
 私は目を瞬かせる。かわいそうなことを言っただろうか。
 ルノーとは今のところいい関係をつくれていると思う。しかし、兄妹というのはいつ裏切るかわからない存在だ。普通とは最上級の関係だと思った。
 しかし、イズールは”かわいそう”と感じるらしい。

「イズールは?」
「私?」
「ん。イズールはきょうだい、すき?」

 イズールにもきょうだいがいたはずだ。前世でサシュエント王国の王族から飲み物を受け取るように言われたとき、イズールの他にも候補者がいた。
 たまたま年齢が近いから彼を選んだだけだ。
 イズールは困ったように笑った。

「ん~。それは難しいな。私もふつう、かな」
「ふつう」

 私は頷く。

「きょうだいとは血が繋がっていないんだ。私の母は私を産んで亡くなったから」

 イズールは何の気なしに話し出した。そして、恥ずかしそうに頬をわずかに赤らめる。

「レティシア姫には少し難しい話かもしれないね」
「へーき。きく」
「ありがとう」

 イズールはぎこちなく私の頭を撫でた。

「新しく母になった人はあまり私を好きじゃないみたいなんだ」
「きらい?」
「そう。私がいると、弟が国王になれないからね」
「だから、ここ来た?」
「そうだよ。レティシア姫は頭がいいね。そんなこともすぐに理解できるなんて。三歳とは思えないな」

 イズールが感嘆の声を上げる。
 彼だってまだ八歳くらいだろう。自分の立場をきちんと理解するには幼すぎるくらいだと思う。
 前世で私が八歳だったとき、自分自身の理不尽な境遇にまったく理解できていなかった。
 彼はすでに自分の立場を理解している。

「叔父上……。母の弟にあたる人が、父に進言してくれたんだ。情勢が落ち着くまでリオーク王国に避難させてもらうようにって」

 イズールは悲しそうに笑った。
 感情の隠しきれない表情に、どこか安堵を覚える。
 今世の家族はいつも私に感情を見せないからだ。いつも笑顔か、いつも無表情か。本心がわからずにいた。
 けれど、イズールの寂しさの混じった笑顔には、複雑な感情が入り混じっている。
 わかりやすい心は、安心できた。
 私はイズールの手をつかむ。

「ここ、ずっといていい」

 帰る必要はない。帰ればイズールはいずれ死ぬ運命にある。
 今世の私はここにいる。しかし、ガルバドール帝国の皇帝は今回もサシュエント王国を狙ってくるだろう。
 ガルバドール帝国にはミレーユ以外にも野心を持った皇子、皇女がたくさんいた。
 だから、彼はまた狙われるはずだ。

「ずっと? ありがとう」
「あたち、まもる」
「レティシア姫が守ってくれるの?」
「ん」
「こんな小さくてかわいい子に守ってもらうなんて、かっこ悪いな」

 イズールが困ったように笑った。

「あたち、つよい」

 私は誰よりも強い。
 大陸一の魔女だ。だから、私の側にいればイズールは長く生きられるだろう。
 前世の彼の死は、私の人生で唯一の後悔だ。
 他のすべては私の意思で殺めた。けれど、彼だけはその覚悟を持つ前だったのだ。
 幸い、私は今世、ガルバトール帝国の皇族ではない。だから、彼の命を奪う側ではないのだ。

「ありがとう」

 イズールは笑った。その笑顔が少しかわいいと思った。

「そうだ──……」

 イズールが何かを言おうとした途端、部屋の外から激しい足音が聞こえる。
 二人は扉に視線を移した。
 扉は叩かれることなく勢いよく開く。

「レティッ! いるんだって!?」

 扉の奥から現れたのは、ルノーだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

珂里
ファンタジー
第二王子である弟に、ある日突然告白されました。 「自分には前世の記憶がある」と。 弟が言うには、この世界は自分が大好きだったゲームの話にそっくりだとか。 腹違いの王太子の兄。側室の子である第二王子の弟と王女の私。 側室である母が王太子を失脚させようと企み、あの手この手で計画を実行しようとするらしい。ーーって、そんなの駄目に決まってるでしょ!! ……決めました。大好きな兄弟達を守る為、私は悪役になります!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...