「呪いの子」と蔑まれてきた私と婚約者の幼馴染、一体何が違うの?

きんもくせい

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第1話・日常の朝

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「グレースお嬢様、失礼いたします――朝食のご用意ができました」

柔らかなノックとともに、クララが静かに扉を開けた。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、寝台と鏡台の輪郭を淡く縁取っている。
グレースは背筋を正して鏡台に座っていた。鏡をのぞくことはしない。
長い前髪が、焼け爛れた・・・・・頬を斜めに覆い隠している。貴族令嬢らしくピント張った背中は、それでも尚、影をまとって見えた。

クララは馴れた手つきでリボンや櫛、食器の並ぶトレイをそっと整える。

「椿茶をお持ちしました。今朝は少し冷えておりますので――」

「ありがとう、クララ」

澄んだ声が静かに部屋に流れる。その柔らかさは、どこか遠いところへ向けられているようだった。クララは使用人として粗相のない動きを保ちつつも、その声にわずかに息を詰める。

「そういえば、ロイド様がお庭でお待ちとのことでした。お嬢様のお好きなサンカヨウの花を摘んでこられたとか」

不動だった指先が、ピクリと反応する。

その名を聞いたグレースが、僅かに口元をほころばせたのだ。
しかし、その微笑みも、すぐに爛れた皮膚の向こうへと消える。屋敷の中で唯一、グレースが家族以外で素直に心を解くことができる相手――幼馴染のロイド。
庭師の息子である彼は、グレースと身分差こそあれど、たった一人の“ともだち”だった。
彼は無骨だが、不思議なほどやさしい男の子である。

「あとで行くと伝えて頂戴」

「かしこまりました、お嬢様」

クララが一礼し、扉を閉めると静けさが戻った。グレースはしばらく膝に手を添えたまま座っていたが、やがて立ち上がって鏡に向き直る。長い前髪の奥、冴えない黒の瞳――名家の娘にしては地味な、どこにでもありそうな色。その奥底にかすかな不安と、消しきれぬ劣等感が揺れていた。

階下から朝食を報せるベルが小さく鳴る。グレースは薄いサテンのスカートの裾を直し、居住まいを正して廊下へ出た。
屋敷を歩く足音は絨毯に吸い込まれ、壁沿いの絵画やきらめくシャンデリアが淡く光る。食堂の扉を開けると、パンとスープの香りがふわりと漂い、両親が静かに席についていた。

父は新聞をたたみ、落ち着いた声で「体調に変わりはないか、グレース」と訊ねる。
母は優雅な手つきでカップを掲げ、「おはよう。今朝は冷えるわね」とグレースに柔かく微笑みかける。その声は穏やかで、けれどどこか芯が通っている。

「ええ、大丈夫です」

食卓の上、グレースはそっと指を重ね、お気に入りの小さなパンを皿に取った。家族で囲むこの朝のテーブルが、彼女にとっては世界で最も静かな場所だ。紺碧の食器越しに、父と母は娘の沈黙を責めるでもなく、ただ見守るように微笑んでいる。それがどれほどの愛情か、どれほど得難いものか、グレース自身誰よりわかっていた。

食事を終え、カトラリーが静かに重なる音が響く。グレースは椅子を引き、背筋をまっすぐに伸ばして立ち上がった。
今日もきっと、誰かの視線が長い前髪の先に集まるだろう。それでも、家族とロイドだけには――いちばん大切な人たちにだけは、恥じる顔を見せたくない。

そんな小さな決意を胸に、グレースは屋敷の外の光へと歩き出した。
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