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第2話・唯一の味方
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屋敷の裏庭には、まだ朝靄が淡く残っていた。手入れの行き届いた花壇の一隅で、ロイドは素朴な手つきでサンカヨウの花が咲く茂みを覗き込んでいた。
「おはようございます、お嬢様」
ロイドが気づいて顔を上げる。その手には、今しがた摘んできたばかりのサンカヨウがひとひら。
ガラスのように透明な花びらには、朝露がきらりと揺れている。サンカヨウは水に濡れると花弁の色を無くす、摩訶不思議な花である。「精霊が色を奪った」だとか、「水で花の色が落ちた」だとか、諸説あるものの、皆その不思議さに魅了されてしまう。彼女もその一人だった。
グレースは庭の小道を歩き、ロイドのもとへと足を運んだ。ややぎこちなく花を差し出す、泥まみれの軍手の、懐かしい指先。それをじっと見つめてから、かすかに「ありがとう」とつぶやいた。
ロイドは不器用に笑い、「今日もお元気そうで良かったです」とこぼす。グレースは、その言葉に小さくうなずいて応えた。
二人の間に風が吹き抜ける。朝露に塗れたサンカヨウの透明な花びらを、グレースはそっと陽にかざす。それはまるで手のひらに宿る秘密の光。幼い頃見た思い出の花と変わらない、美しいものだった。
「お嬢様は、今日も学園へ?」
「ええ、遅刻はできませんから」
グレースの声は静かだが、微かに顔が強張っていた。それに気付いているのかいないのか、ロイドは頷き、「気をつけて行ってらっしゃいませ」と言葉をかけてくれる。
そのやりとりの柔らかさに、グレースはふわりと胸の奥がほどけるような心地になる。屋敷で味わう冷たい緊張も、今だけは遠ざかる気がした。
使用人が控えめに「馬車の準備が整いました」と知らせに現れると、グレースはそっとサンカヨウをハンカチにくるみ、制服のポケットへしまう。ロイドと最後に目を合わせて、ほんの一瞬だけ素直な微笑みを浮かべ、「いってきます」と絞るように言った。
ロイドは深く頭を下げた。
「……いってらっしゃいませ、お嬢様」
学園へ向かう馬車のなか、グレースはサンカヨウの花弁の冷たさを確かめながら窓の外を見つめていた。石畳が陽を返し、町並みがすっと遠ざかる。今日もまた、他人の視線と噂話にさらされる一日が始まる。それでも、ポケットの中の花だけはグレースの味方だった。
「おはようございます、お嬢様」
ロイドが気づいて顔を上げる。その手には、今しがた摘んできたばかりのサンカヨウがひとひら。
ガラスのように透明な花びらには、朝露がきらりと揺れている。サンカヨウは水に濡れると花弁の色を無くす、摩訶不思議な花である。「精霊が色を奪った」だとか、「水で花の色が落ちた」だとか、諸説あるものの、皆その不思議さに魅了されてしまう。彼女もその一人だった。
グレースは庭の小道を歩き、ロイドのもとへと足を運んだ。ややぎこちなく花を差し出す、泥まみれの軍手の、懐かしい指先。それをじっと見つめてから、かすかに「ありがとう」とつぶやいた。
ロイドは不器用に笑い、「今日もお元気そうで良かったです」とこぼす。グレースは、その言葉に小さくうなずいて応えた。
二人の間に風が吹き抜ける。朝露に塗れたサンカヨウの透明な花びらを、グレースはそっと陽にかざす。それはまるで手のひらに宿る秘密の光。幼い頃見た思い出の花と変わらない、美しいものだった。
「お嬢様は、今日も学園へ?」
「ええ、遅刻はできませんから」
グレースの声は静かだが、微かに顔が強張っていた。それに気付いているのかいないのか、ロイドは頷き、「気をつけて行ってらっしゃいませ」と言葉をかけてくれる。
そのやりとりの柔らかさに、グレースはふわりと胸の奥がほどけるような心地になる。屋敷で味わう冷たい緊張も、今だけは遠ざかる気がした。
使用人が控えめに「馬車の準備が整いました」と知らせに現れると、グレースはそっとサンカヨウをハンカチにくるみ、制服のポケットへしまう。ロイドと最後に目を合わせて、ほんの一瞬だけ素直な微笑みを浮かべ、「いってきます」と絞るように言った。
ロイドは深く頭を下げた。
「……いってらっしゃいませ、お嬢様」
学園へ向かう馬車のなか、グレースはサンカヨウの花弁の冷たさを確かめながら窓の外を見つめていた。石畳が陽を返し、町並みがすっと遠ざかる。今日もまた、他人の視線と噂話にさらされる一日が始まる。それでも、ポケットの中の花だけはグレースの味方だった。
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