4 / 11
第4話・学園
しおりを挟む
時は流れ、グレースが外の世界を歩く年頃になると、伯爵家の日常には季節のうつろいとともに、見えない緊張の気配が絶えず寄り添うようになっていた。
無理もない。どんな不吉なことが起こるかも分からない上、女に生まれたにも関わらずの、この顔である。中にはあからさまにグレースを見ないようにする、怯えた顔の女中もいた。
“外の世界”は、グレースが思う以上に冷たくて、救いが無い。
彼女が通う「学園」は、この国でももっとも格式の高い名門教育機関のひとつだ。首都郊外のなだらかな丘に建つ校舎は、白い大理石と重厚な赤煉瓦の回廊が複雑に連なり、手入れの行き届いた庭園は季節ごとにバラや藤、蔦が咲き誇る。教室に集まるのは、名家の子女、才気ある商家の跡継ぎ、選ばれし平民たち。だが、いかに「平等」という理想を掲げていても、血筋、伝承、家格――目に見えぬ壁は校舎のあらゆる隅々に静かに染み込んでいる。
なかでも魔法師養成科は、格式と競争が入り交じる特別な場だった。魔法の歴史や礼法、学問に実技、名誉と噂と美貌への執着。そのすべてを巡る静かな力学が、教師の声、廊下の靴音、生徒たちの囁きのなかで日々脈動している。
グレース・ナイヴァバーンもまた、伯爵家の娘としてこの科に籍を置いていた。
しかし、彼女に向けられるものは好奇や憧れではなかった。焼け爛れた頬。「呪いの子」の伝承。どんなに前髪で隠しても、その下からのぞく赤黒い皮膚は隠しようがない。廊下でグレースとすれ違えば、誰もがわずかに歩調を緩め、友人同士の会話も彼女が通ると一瞬途切れる。
昼休み――校舎の窓辺、グレースの席だけがいつも宙に浮いているようだった。静かにノートを広げる彼女の周囲で、机の陰からこそこそと声がささやかれる。
「うわ、みた?今ちょっと見えたよ……」「前髪の奥、何度見ても赤黒い!」「ああいう呪いって、うつったりしないの?」「隣の席とか、気味悪くない?」「よく外なんて歩けるね……」
生徒は皆、露骨なまでに距離を取る。誰もが眉をひそめ、「正当な陰口」を叩いて、気を遣う素振りさえしない。ただグレースがそこにいるだけで、まるで空気すら遠巻きに彼女を避けるのだった。
教室の扉が開くと、空気が一層粘度を増して揺れる。
明るい茶髪を揺らしながら入ってくるのは、アマンダ・ミューテッド。
子犬のように愛らしい大きな瞳と小さな口、真っ白で傷ひとつない肌。今日もその愛らしさは、溌剌と周囲に振りまかれている。
彼女と連れ立って現れるリアム・ロイペストもまた、生徒たちの注目も好奇も一身に集めて歩く。豊かな黄金の髪と碧眼は「王子様」のようだと、女生徒に人気らしい。
まさしく、お似合いの二人だ。
「グレース、今日の魔法演習、どうせひとりでしょ?アマンダが組んでくれるんだってさ」
リアムがわざとらしく肩をすくめ、隣からアマンダが笑顔で声をかける。「ねえ。困るでしょ、グレース?」
その声音はにこやかで親しげだけれど、小馬鹿にした響きがふと滲む。教室の奥から忍び笑いが漏れ、誰もその場から抜け出そうとはしなかった。グレースは長い前髪をわずかに揺らし、「……わかりました」とだけ短く返事をする。
アマンダとリアムが、互いに一瞬だけ目を合わせる。その奥には優越感と、獲物を見下ろすような薄い影があった。窓の外では、春の陽射しが明るく揺れているのに、グレースのまわりだけが冷え冷えと静まり返っていた。
彼女の指先は、そっとノートのしおりにしているサンカヨウの押し花に触れる。ロイドが庭で摘んでくれた、唯一のやさしさ。それは誰にも見せないまま、ただ一人の心のなぐさめとなっていた。
無理もない。どんな不吉なことが起こるかも分からない上、女に生まれたにも関わらずの、この顔である。中にはあからさまにグレースを見ないようにする、怯えた顔の女中もいた。
“外の世界”は、グレースが思う以上に冷たくて、救いが無い。
彼女が通う「学園」は、この国でももっとも格式の高い名門教育機関のひとつだ。首都郊外のなだらかな丘に建つ校舎は、白い大理石と重厚な赤煉瓦の回廊が複雑に連なり、手入れの行き届いた庭園は季節ごとにバラや藤、蔦が咲き誇る。教室に集まるのは、名家の子女、才気ある商家の跡継ぎ、選ばれし平民たち。だが、いかに「平等」という理想を掲げていても、血筋、伝承、家格――目に見えぬ壁は校舎のあらゆる隅々に静かに染み込んでいる。
なかでも魔法師養成科は、格式と競争が入り交じる特別な場だった。魔法の歴史や礼法、学問に実技、名誉と噂と美貌への執着。そのすべてを巡る静かな力学が、教師の声、廊下の靴音、生徒たちの囁きのなかで日々脈動している。
グレース・ナイヴァバーンもまた、伯爵家の娘としてこの科に籍を置いていた。
しかし、彼女に向けられるものは好奇や憧れではなかった。焼け爛れた頬。「呪いの子」の伝承。どんなに前髪で隠しても、その下からのぞく赤黒い皮膚は隠しようがない。廊下でグレースとすれ違えば、誰もがわずかに歩調を緩め、友人同士の会話も彼女が通ると一瞬途切れる。
昼休み――校舎の窓辺、グレースの席だけがいつも宙に浮いているようだった。静かにノートを広げる彼女の周囲で、机の陰からこそこそと声がささやかれる。
「うわ、みた?今ちょっと見えたよ……」「前髪の奥、何度見ても赤黒い!」「ああいう呪いって、うつったりしないの?」「隣の席とか、気味悪くない?」「よく外なんて歩けるね……」
生徒は皆、露骨なまでに距離を取る。誰もが眉をひそめ、「正当な陰口」を叩いて、気を遣う素振りさえしない。ただグレースがそこにいるだけで、まるで空気すら遠巻きに彼女を避けるのだった。
教室の扉が開くと、空気が一層粘度を増して揺れる。
明るい茶髪を揺らしながら入ってくるのは、アマンダ・ミューテッド。
子犬のように愛らしい大きな瞳と小さな口、真っ白で傷ひとつない肌。今日もその愛らしさは、溌剌と周囲に振りまかれている。
彼女と連れ立って現れるリアム・ロイペストもまた、生徒たちの注目も好奇も一身に集めて歩く。豊かな黄金の髪と碧眼は「王子様」のようだと、女生徒に人気らしい。
まさしく、お似合いの二人だ。
「グレース、今日の魔法演習、どうせひとりでしょ?アマンダが組んでくれるんだってさ」
リアムがわざとらしく肩をすくめ、隣からアマンダが笑顔で声をかける。「ねえ。困るでしょ、グレース?」
その声音はにこやかで親しげだけれど、小馬鹿にした響きがふと滲む。教室の奥から忍び笑いが漏れ、誰もその場から抜け出そうとはしなかった。グレースは長い前髪をわずかに揺らし、「……わかりました」とだけ短く返事をする。
アマンダとリアムが、互いに一瞬だけ目を合わせる。その奥には優越感と、獲物を見下ろすような薄い影があった。窓の外では、春の陽射しが明るく揺れているのに、グレースのまわりだけが冷え冷えと静まり返っていた。
彼女の指先は、そっとノートのしおりにしているサンカヨウの押し花に触れる。ロイドが庭で摘んでくれた、唯一のやさしさ。それは誰にも見せないまま、ただ一人の心のなぐさめとなっていた。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
【完結】婚約破棄?勘当?私を嘲笑う人達は私が不幸になる事を望んでいましたが、残念ながら不幸になるのは貴方達ですよ♪
山葵
恋愛
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう。君の代わりにマリアーナと婚約する。これはジラルダ侯爵も了承している。姉妹での婚約者の交代、慰謝料は無しだ。」
「マリアーナとランバルド殿下が婚約するのだ。お前は不要、勘当とする。」
「国王陛下は承諾されているのですか?本当に良いのですか?」
「別に姉から妹に婚約者が変わっただけでジラルダ侯爵家との縁が切れたわけではない。父上も承諾するさっ。」
「お前がジラルダ侯爵家に居る事が、婿入りされるランバルド殿下を不快にするのだ。」
そう言うとお父様、いえジラルダ侯爵は、除籍届けと婚約解消届け、そしてマリアーナとランバルド殿下の婚約届けにサインした。
私を嘲笑って喜んでいる4人の声が可笑しくて笑いを堪えた。
さぁて貴方達はいつまで笑っていられるのかしらね♪
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
貴方が要らないと言ったのです
藍田ひびき
恋愛
「アイリス、お前はもう必要ない」
ケヴィン・サージェント伯爵から一方的に離縁を告げられたアイリス。
彼女の実家の資金援助を目当てにした結婚だったため、財政が立て直された今では結婚を続ける意味がなくなったとケヴィンは語る。
屈辱に怒りを覚えながらも、アイリスは離縁に同意した。
しかしアイリスが去った後、伯爵家は次々と困難に見舞われていく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
王子を助けたのは妹だと勘違いされた令嬢は人魚姫の嘆きを知る
リオール
恋愛
子供の頃に溺れてる子を助けたのは姉のフィリア。
けれど助けたのは妹メリッサだと勘違いされ、妹はその助けた相手の婚約者となるのだった。
助けた相手──第一王子へ生まれかけた恋心に蓋をして、フィリアは二人の幸せを願う。
真実を隠し続けた人魚姫はこんなにも苦しかったの?
知って欲しい、知って欲しくない。
相反する思いを胸に、フィリアはその思いを秘め続ける。
※最初の方は明るいですが、すぐにシリアスとなります。ギャグ無いです。
※全24話+プロローグ,エピローグ(執筆済み。順次UP予定)
※当初の予定と少し違う展開に、ここの紹介文を慌てて修正しました。色々ツッコミどころ満載だと思いますが、海のように広い心でスルーしてください(汗
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる