【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん

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氷の皇帝

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城門の前で、アドリアンとエリアナは帝国皇帝ルシアン・ヴォン・エスペランサと対峙していた。近くで見ると、皇帝から放たれる威圧感は想像以上だった。

背は高く、端正な顔立ちに銀髪が美しく映える。しかし最も印象的なのは、その氷のように冷たく、それでいて深い知性を湛えた蒼い瞳だった。

「アルテミス伯爵」ルシアンの声は低く、威厳に満ちていた。「我が名はルシアン・ヴォン・エスペランサ。直接話がしたい」

「帝国皇帝陛下」アドリアンは警戒を隠さずに答えた。「かような僻地へ直々のお出まし、痛み入ります。して、何用でございましょうか」

ルシアンの視線がエリアナに向けられた。その瞬間、エリアナは奇妙な感覚を覚えた。まるで、その瞳が自分の全てを見透かしているような気がした。

「こちらが噂の令嬢か」ルシアンは興味深そうに言った。「昨日の南方での戦いぶり、見事だったと聞いている」

エリアナは動揺した。自分の戦いぶりを皇帝が知っているとは思わなかった。

「過分なお言葉を」エリアナは毅然として答えた。「しかし、侵略者にお褒めいただく義理などございませぬ」

ルシアンの口元にわずかな笑みが浮かんだ。

「なるほど。気骨のある令嬢だ」

「陛下」アドリアンが割って入った。「御用向きは」

「そうだ」ルシアンは再び厳粛な表情に戻った。「アルテミス伯爵、貴公の領地を我が帝国に編入する。無駄な血を流すことはあるまい」

「お断りします」アドリアンは即座に答えた。「この土地は代々王国の領土。一歩たりとも帝国に渡すつもりはありません」

「予想通りの答えだ」ルシアンはどこか満足げに頷いた。「では、戦いは続行ということになるな」

その時、アドリアンが急に咳き込んだ。激しい咳が続き、ハンカチを口に当てる。

「父上!」エリアナが駆け寄った。

ハンカチには、わずかに血が付いていた。アドリアンは慌ててそれを隠そうとしたが、ルシアンの鋭い視線は見逃さなかった。

「伯爵、体調がすぐれないようだが」

「心配ご無用」アドリアンは強がった。「戦いに支障はありません」

しかし、エリアナは父の顔色が悪いことに気づいていた。最近、夜中に咳き込む声を聞くことが増えていたのだ。

「戦場は老いた身には厳しいものだ」ルシアンは意外にも同情的な口調で言った。「無理をすれば命に関わる」

「陛下に心配していただく必要はありません」エリアナが代わりに答えた。

ルシアンの視線が再びエリアナに向けられた。今度は、より深い関心を示しているようだった。

「君が指揮を執るつもりか」

「父上に何かあれば、私がアルテミス家を継ぎます」エリアナは迷いなく答えた。「この土地を守るのは私の責務ですから」

「面白い」ルシアンは目を細めた。「女性の指揮官というのは珍しい。しかも、これほど美しいとなると」

その言葉に、エリアナは思わず頬を染めた。敵の皇帝から美しいと言われることに動揺する自分が理解できなかった。

「美しさは戦場では何の役にも立ちません」エリアナは冷静を装った。

「そうだろうか」ルシアンは微笑んだ。「美しさは、時として剣よりも強い武器になるかもしれぬ」

その時、風がエリアナの髪をなびかせた。赤い髪が陽光に輝く様子に、ルシアンの表情が一瞬変わったのを、エリアナは見逃さなかった。

「最後に一つ聞かせてもらおう」ルシアンは真剣な表情になった。「君は王国の王太子と婚約していたそうだが、なぜここにいる?」

エリアナの表情が曇った。その質問は予想していなかった。

「事情があって婚約は破棄されました」エリアナは短く答えた。

「事情?」ルシアンの瞳に興味の光が宿った。「詳しく聞かせてもらおう」

「陛下に申し上げる必要はございません」

しかし、ルシアンは諦めなかった。

「国家反逆の容疑で王都を追放されたと聞いている。真偽のほどは?」

エリアナは衝撃を受けた。なぜ帝国皇帝が自分の事情を詳しく知っているのか。

「陛下は、なぜそのようなことを」

「帝国の情報網は優秀だからな」ルシアンは冷静に答えた。「特に、これほど興味深い女性のことなら」

「興味深い?」

「国家反逆者として追放されながら、なお故郷を守るために戦う。並の人間にできることではない」

ルシアンの言葉に、エリアナは複雑な感情を抱いた。この男は敵のはずなのに、なぜか自分を理解してくれているような気がした。

「私は無実です」エリアナは静かに言った。「しかし、それを証明する術はありません。...ここで討ち死にするほかには」

「信じよう」ルシアンの即答に、エリアナは驚いた。

「なぜですか?」

「君のような女性が、卑劣な裏切りをするとは思えない」ルシアンは真剣な眼差しでエリアナを見つめた。「君の瞳には、嘘偽りがない」

その瞬間、エリアナの心に不思議な感情が湧き上がった。この氷の皇帝と呼ばれる男性が、自分を信じてくれている。それは、王都で誰も信じてくれなかった事実とは対照的だった。

「陛下」アドリアンが割って入った。「これ以上は」

「これは失礼、無用な長話であった」ルシアンは立ち上がった。「それでは、明日から本格的な攻撃を開始する。覚悟しておくことだ」

「望むところです」エリアナが答えた。

ルシアンは馬に乗りながら、最後にエリアナを振り返った。

「エリアナ・フォン・アルテミス」彼女の名前を口にした時、その声には不思議な響きがあった。「君との戦いを楽しみにしている」

帝国軍が去った後、アドリアンは再び激しく咳き込んだ。今度はより多くの血がハンカチに付いていた。

「父上、やはり医師に診てもらってください」エリアナは心配そうに言った。

「大丈夫だ」アドリアンは強がったが、その顔色は明らかに悪化していた。「戦いが終わったら、ゆっくり休もう」

しかし、エリアナには父の容体が深刻であることが分かっていた。この激務とストレスが父の体を蝕んでいるのだ。

その夜、エリアナは一人で城壁に立っていた。遠くには帝国軍の陣営が見える。無数の篝火が暗闇を照らしていた。

「明日から本格的な戦いが始まる」

エリアナは自分に言い聞かせた。しかし、心の一角には、今日出会った皇帝のことが引っかかっていた。

氷の皇帝と呼ばれるルシアン・ヴォン・エスペランサ。確かに冷静で威厳に満ちているが、同時に深い知性と、意外な優しさも感じられた。

「なぜ、敵のことを考えているのでしょう」

エリアナは首を振った。明日は生死をかけた戦いになる。感傷に浸っている場合ではなかった。

しかし、ルシアンが自分を「信じる」と言った時の表情は、なかなか頭から離れなかった。

あの瞬間、まるで運命の歯車が回り始めたような気がしたのは、気のせいだったのだろうか。

夜風が頬を撫でていく。明日という日が、自分の人生にどのような変化をもたらすのか、エリアナにはまだ分からなかった。

ただ一つ確かなことは、もう後戻りはできないということだった。

この戦いの先に、どのような運命が待ち受けているのか。

エリアナは星空を見上げながら、静かに祈りを捧げた。愛する故郷と、病気の父のために。そして、自分の未来のために。
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