黒獅子の愛でる花

なこ

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第一章

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学園の卒業式をサフィアは欠席した。

ジェラルドからの命令だ。仮にだったとしても、当主となったジェラルドの命に背いた罰だと、サフィアは言いつけられた。

「ジェラルドのいう通りになさい。」

サフィアへ一瞥もくれずに、母は一言そう言い放っただけだった。

彼等はサフィアが人前に出ることを厭う。その理由がサフィアにはいまだ分からない。

ただ、家族の輪から外されるきっかけとなったあの日のことを、サフィアは決して忘れることはないだろう。

幼い頃、まだ両親や兄に帯同して出掛けていたサフィアは、ある日突然、帰宅するなり父に打たれた。

物静かな父が、怒りに任せてサフィアの頬をぶったとき、壁際まで飛んだ姿を見ても、母と兄は庇うことなどなかった。

「目立とうとするな!お前はこの伯爵家の次男に過ぎない!お前はただわたしやジェラルドに黙って従うだけでよいのだ!」

切れた口元からは血が滲み、何が起こったのか分からないまま、幼いサフィアは震えるしかなかった。

目立たず、余計なことをせず、父や兄、さらには母の言いつけ通りに大人しく過ごすことだけを、その日からずっとサフィアは求められている。




リヒトは卒業式に出席しているだろうか。

サフィアの不在をどう思っているのだろう。

サフィアが他人と繋がりを持つことさえ厭う家族に臆せず、リヒトだけは出会った日からずっとサフィアの側にいてくれた。

目上の侯爵家子息とあって、流石に家族も苦言を呈することはできずにいたからだ。

「サフィア!」

「サフィ!!!」

そう言って幼いサフィアの後をいつも追いかけていたリヒトは、年頃になるとぐんと背が伸び、逞しく凛々しい男性へと成長した。

侯爵家の息子であるにも関わらず、誰にでも屈託なく接し、大らかに笑い声をあげる。

リヒトの周りには沢山の人が集まったが、それでもサフィアの側を離れることはなかった。

リヒトへ懸想する女学生も多く、時折呼び出されるリヒトを見送った数は両手では足りないぐらいだ。

リヒトはいつも申し訳なさそうに断ると、サフィアの元へと戻ってきた。

まるでここが自分の居場所だとでも言うかのように。

サフィアも、薄らと気がついていた。

リヒトの想いが、自分へと向けられていることに。

「サフィア、俺は卒業したら王都へ行って騎士になろうと思ってる。その、よければ一緒に王都で暮らさないか?」

リヒトがそう言い出したとき、サフィアはすんなりとそれを受け入れることができた。

リヒトと一緒ならば、きっと両親も兄も許してくれる。リヒトが騎士を目指すなら、自分は文官となってリヒトのことを支えていこう。

こくりと頷いたサフィアの額に、リヒトは軽く口を付けると、それから熱っぽい眼差しで口付けをした。

サフィアにもリヒトにも、受け継ぐような爵位はなかったし、きっと二人、王都で静かに暮らしていけるだろうと、サフィアは疑うことなど微塵もないまま過ごしてきた。



「サフィア、こんな所で何をしてるんだ?あんまり遅いから、迎えに来た。今日は卒業式じゃないか。さあ、行こう。」



今にも扉が開いてリヒトが迎えにくるのではないかと、サフィアはずっと待ち続けているが、待ち人は今になっても現れない。

卒業式の日が過ぎ、ジェラルドから謹慎の命が解けた頃、サフィアはリヒトが公爵家へ婿入りを果たしたことを知った。

いくら待ち続けても、リヒトが迎えに来ることはもうないのだ。

リヒトのいない現実を受け入れることだけが残されたサフィアにできること。

両親とジェラルドの言いつけ通り、サフィアは何処に出掛けることもなく、引き篭もるように、家の仕事に没頭するしかなかった。








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