29 / 31
第七章
28
しおりを挟む
回廊の暗がりから広間へと戻ると、その眩しさにサフィアは目が眩みそうになった。
颯爽と突き進むライの背を必死に追いかける。
「陛下、お戻りになられましたのね。お待ちしておりましたわ。一曲目は、陛下と踊りたくて。」
すっとライの前に進み出てきたのは、王妃のカリンだ。
薄桃色のドレスを纏う姿はいまだ可憐な少女のようで、その場にいるだけで雰囲気が華やぐ。
にっこりとライに手を差し伸べると、周囲の人々にも笑みが溢れた。
「…客人を待たせている。ザギエラがいるだろう。久しぶりに其方の父親と踊れば良い。」
「まあ、せっかくお待ちしておりましたのに。残念ですわ。」
肩を落としたカリンの目が、ライの後ろに控えるサフィアへと注がれる。
笑顔を崩すことはないが、サフィアを射抜くように見つめるその瞳には、好意の欠片など微塵も感じられなかった。
「…あら、あなたは…。まだ、いらしたのね。」
「余が呼び寄せたのだ。」
すーっと目を細めると、カリンは首を傾げた。
「贈り物は、お気に召していただけなかったようで。残念ですわ。よくお似合いでしょうに。」
意図的にあれを送られたのだと悟ると、サフィアはカリンの視線を避けるように、頭を下げることしかできなかった。
自分は、王妃の気に触るような何かをしてしまったのだろうか。
昔から自分の行動の何かが、人を苛立たせてしまう。
父も、母も、兄も、そして王妃も…
さらりと髪を解かれ、サフィアは思わず顔をあげた。
緩く結えていた髪を解いたのは、振り向いているライだ。
解いた髪の上から、先程の噛み跡をなぞられ、サフィアはどきりとする。
「サフィア、何をしている?」
名を呼ばれ、もう一度サフィアはどきりとした。
「余に付いて来いと言ったはずだが。」
「…陛下…」
顔を上げたサフィアの姿に、周囲の人々は息を呑んだ。
一日中ルイの側に控えていたサフィアのことは、すでに噂の的になっていた。
かつて神童と呼ばれたレノアール家次男だ。
いつの頃からか社交の場に現れなくなり、すっかり存在を忘れ去られていた青年は、美しい者を見慣れた貴族たちも目を見張るほど、中性的で神秘的な姿に様変わりしていた。
広間はざわざわとさざめいた。
サフィアのことだけではない。
黒獅子と呼ばれたこの国の王が、特定の誰かを構うことはかつて一度もなかったことだからだ。
王がサフィアの首筋に触れる様子は、貴族たちにとって衝撃的な姿だった。
周囲の騒めきを他所に、ライは先へ進む。
サフィアは王妃にもう一度深く礼をすると、急いでその後を追った。
すらりとした体躯に銀糸の髪を靡かせ、真っ直ぐにライの背を追う。
異国の物語に出てくるような二人の姿を人々は目で追った。
取り残されたカリンの側に、一人の男が近づく。
「…申し訳ございません。やはり、あれは王太子殿下の世話係には相応しくありません。」
「…ええ、そうね。貴方の言う通り。相応しくないわ。」
「それでしたら…」
「ええ。早めに対処しなければいけませんわね。一時の気紛れとはいえ、あのような者を側におくなんて、いけないことですわ。」
ジェラルドは深く頷くと、最大限の敬意を払い、王妃の元を立ち去った。
もうこの宴に用はない。
どうにかしてサフィアを連れ去るつもりでいたが、まさか陛下が側にいるとは思いもよらなかった。
ざわざわと騒がしい広間を抜け、出口へと向かう。
この時間に帰ろうとする者は少なく、人はまばらだ。
黒獅子に付き従うサフィアの姿を思い出し、思わず舌打ちをする。
あれは自分のものだ。
なんとか早く取り戻し、もう一度初めから躾し直さなければ…
あれを従わせることができるのは、自分だけだ。
あいつでさえ無理だったんだ。
繊月の細い月明かりを雲が隠す。
生ぬるい風が吹き抜けると、辺りは一層暗くなり始めた。
ジェラルドはもう一度舌打ちをすると、待たせてある馬車へ乱暴に乗り込んだ。
颯爽と突き進むライの背を必死に追いかける。
「陛下、お戻りになられましたのね。お待ちしておりましたわ。一曲目は、陛下と踊りたくて。」
すっとライの前に進み出てきたのは、王妃のカリンだ。
薄桃色のドレスを纏う姿はいまだ可憐な少女のようで、その場にいるだけで雰囲気が華やぐ。
にっこりとライに手を差し伸べると、周囲の人々にも笑みが溢れた。
「…客人を待たせている。ザギエラがいるだろう。久しぶりに其方の父親と踊れば良い。」
「まあ、せっかくお待ちしておりましたのに。残念ですわ。」
肩を落としたカリンの目が、ライの後ろに控えるサフィアへと注がれる。
笑顔を崩すことはないが、サフィアを射抜くように見つめるその瞳には、好意の欠片など微塵も感じられなかった。
「…あら、あなたは…。まだ、いらしたのね。」
「余が呼び寄せたのだ。」
すーっと目を細めると、カリンは首を傾げた。
「贈り物は、お気に召していただけなかったようで。残念ですわ。よくお似合いでしょうに。」
意図的にあれを送られたのだと悟ると、サフィアはカリンの視線を避けるように、頭を下げることしかできなかった。
自分は、王妃の気に触るような何かをしてしまったのだろうか。
昔から自分の行動の何かが、人を苛立たせてしまう。
父も、母も、兄も、そして王妃も…
さらりと髪を解かれ、サフィアは思わず顔をあげた。
緩く結えていた髪を解いたのは、振り向いているライだ。
解いた髪の上から、先程の噛み跡をなぞられ、サフィアはどきりとする。
「サフィア、何をしている?」
名を呼ばれ、もう一度サフィアはどきりとした。
「余に付いて来いと言ったはずだが。」
「…陛下…」
顔を上げたサフィアの姿に、周囲の人々は息を呑んだ。
一日中ルイの側に控えていたサフィアのことは、すでに噂の的になっていた。
かつて神童と呼ばれたレノアール家次男だ。
いつの頃からか社交の場に現れなくなり、すっかり存在を忘れ去られていた青年は、美しい者を見慣れた貴族たちも目を見張るほど、中性的で神秘的な姿に様変わりしていた。
広間はざわざわとさざめいた。
サフィアのことだけではない。
黒獅子と呼ばれたこの国の王が、特定の誰かを構うことはかつて一度もなかったことだからだ。
王がサフィアの首筋に触れる様子は、貴族たちにとって衝撃的な姿だった。
周囲の騒めきを他所に、ライは先へ進む。
サフィアは王妃にもう一度深く礼をすると、急いでその後を追った。
すらりとした体躯に銀糸の髪を靡かせ、真っ直ぐにライの背を追う。
異国の物語に出てくるような二人の姿を人々は目で追った。
取り残されたカリンの側に、一人の男が近づく。
「…申し訳ございません。やはり、あれは王太子殿下の世話係には相応しくありません。」
「…ええ、そうね。貴方の言う通り。相応しくないわ。」
「それでしたら…」
「ええ。早めに対処しなければいけませんわね。一時の気紛れとはいえ、あのような者を側におくなんて、いけないことですわ。」
ジェラルドは深く頷くと、最大限の敬意を払い、王妃の元を立ち去った。
もうこの宴に用はない。
どうにかしてサフィアを連れ去るつもりでいたが、まさか陛下が側にいるとは思いもよらなかった。
ざわざわと騒がしい広間を抜け、出口へと向かう。
この時間に帰ろうとする者は少なく、人はまばらだ。
黒獅子に付き従うサフィアの姿を思い出し、思わず舌打ちをする。
あれは自分のものだ。
なんとか早く取り戻し、もう一度初めから躾し直さなければ…
あれを従わせることができるのは、自分だけだ。
あいつでさえ無理だったんだ。
繊月の細い月明かりを雲が隠す。
生ぬるい風が吹き抜けると、辺りは一層暗くなり始めた。
ジェラルドはもう一度舌打ちをすると、待たせてある馬車へ乱暴に乗り込んだ。
101
あなたにおすすめの小説
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる