【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜

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029 リリーのために sideダニエル

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 大きな窓から陽の光がさんさんと差し込み、室内はとても明るい。今日は少し熱いので窓を開け放している。外から入ってくる風が涼やかで気持ちがいい。
 自分の執務室で仕事をしていたダニエルは、無意識に鼻歌を口ずさんでいた。

「ダニエル様、何やらご機嫌がよろしいですね」

 部屋の隅に控えていたブルーノに、指摘を受ける。ダニエルは鼻歌を止めブルーノに視線を送る。

「別にいいだろ……」

 無意識に歌っていたので、ブルーノに言われて恥ずかしい。

「やっと足が治って浮かれているんですか? それともリリーのせいですか?」

 ブルーノは、ダニエルが触れて欲しくない部分を遠慮なく訊ねてくる。ダニエルは言葉につまる。正直に言うと恐らく両方なのだ。

「返答がないということは、図星ってことですね」

 ブルーノは、呆れた様子でダニエルをジトっと見ている。

「しょうがないだろ! 約二ヵ月だぞ? ずっと杖ついて生活していたんだから、少しくらい浮かれても仕方ないだろ」

 ダニエルは、開き直って大きな声を出した。

「そもそも、ケガはダニエル様の自業自得なので。そんなに浮かれていると、またケガしても知りませんよ」

 ブルーノは、隙あらばダニエルに小言を言う。それと言うのも、ダニエルがケガをしてヴォリック国の屋敷に戻って来たと聞いた時、心臓が縮む思いだったのだ。
 ヴォリック国の屋敷で働く息子から、ダニエルがグヴィネズ国に着いたのか確認の連絡があったときは何のことかさっぱり意味がわからなかった。
 ダニエルが戻ってくる予定よりもまだ日にちがあったし、何よりもまだ坊ちゃんがグヴィネズ国に戻って来ていなかったから。
 事情がわからないブルーノは、息子にどういうことか問い合わせた。するとダニエルが、仕事を早く終わらせて一人でグヴィネズ国に帰ったのだと聞かされる。
 まだ戻っていないダニエルに何かあったのではと心配した。息子とのやり取りで、ダニエルの行方が分からなくなってから二週間が経っていた。
 マーティン伯爵とも相談して、探しに行こうとしていたところにダニエルがケガをして帰って来たと知らせが届いた。
 知らせを聞くまでは、大切なマーティン伯爵家の跡取りに何かあったらどうしようと生きた心地がしなかった。

 ここ一年のダニエルは、狂ったように仕事ばかりしていて自分の身体を酷使していた。今回も、寝不足気味だった癖に馬車で帰るのは時間がかかると、一人で勝手に馬に乗って帰ってしまったのだ。
 息子が、せめてお供くらい付けて下さいと言ったのに煩わしいといって振り切って帰ってしまった。
 それで大怪我を負って帰って来たので、ブルーノは大激怒だったのだ。だから今でも、ダニエルに小言を言ってくる。
 自分が悪いので、ダニエルも大人しく叱られるしかないのだが……。でも、流石にそろそろ煩いと思い始めていた。

「はぁー。もういい加減、勘弁してくれよ……。俺が悪かったって反省しているんだから……」

 ダニエルは、大きな溜息とともにブルーノに抗議する。ブルーノは、プイっと窓の外に顔を向けた。
 何かが、目に入ったようで窓辺に寄っている。ダニエルも気になって、同じ方向に目を向けた。

「リリーが、今日は庭の手入れを手伝っていますね」

 ブルーノは、感心したように呟いている。

「ああ。楽しそうにしているな……」

 ダニエルも、リリーを見つけて目元が緩む。だが、庭師と何やら楽しそうに話していて面白くない。

「大人げないですね。リリーが気になっているなら、さっさと外堀を埋めたらよろしいのでは? ダニエル様なら、たとえ平民だろうと何とかなるのでは?」

 ブルーノは、庭から視線をダニエルに戻す。何でさっさと動かないんだと言わんばかりの顔だ。

「そんな簡単な話じゃないんだよ……」

 正直、ダニエルはリリーのことが気になっている。あの森から帰ってきてからも、助けてもらった時のリリーが忘れられなかった。
 今まで、あんな風に自分ができることのキャパを超えても、手を差し伸べてくれるような人に出会ったことはなかった。
 まして見ず知らずの自分を、体力のない女性が肩を貸して歩いてくれたのだ。きっと、かなり重かっただろうしきつかったはずだ。
 自分も痛い足を引きずって歩いていたので一杯一杯だったのだが、それでもリリーのとにかく家まではという強い思いが伝わってきて、弱っていた心に強く響いた。

 一緒に暮らした三週間で、リリーがとにかく人がいいということを知る。どちらかと言うと、自分の為というよりも誰かの為に力を発揮することに幸せを感じている女性だった。
 だから、ダニエルの世話も嫌な顔一つしなかった。むしろ「ありがとう」とお礼を言う度に、嬉しそうに微笑む姿が印象的だった。
 もちろんバーバラにも世話になって感謝もしているが、リリーの無邪気で純粋な笑顔が忘れられなかったのだ。

 リリーには、アレンという天使みたいな子供がいた。アレンは、外見はリリーに似ていなかったが、性格が彼女と瓜二つでとても心根の優しい男の子だった。
 幸せそうに暮らしている二人に、波風を立てたくなかった。だから、リリーに対して芽生えそうな想いには目を瞑った。
 必ずお礼はするつもりでいたが、リリーがあの森で幸せに暮らしているならば、もう会うことはないだろうと思ったのだ。
 本心では、バーバラに聞いた暮らしをしているリリーを救ってあげたいと思ったが……。本人が、それを欲していなければ意味がない。だから、リリーには何も言わずに去ったはずだった。

 だけど、運命の歯車はダニエルの味方をした。ほんのわずかな時間で、また再会することができた。
 必死の顔でダニエルを頼って国を出て来たリリーを見た時、この子を幸せにするのは自分しかいないと思った。
 憔悴しきっていたリリーを見て、何かあったのは一目瞭然だった。それに、バーバラとアレンの姿がないことで察することもあった。

 リリーの姿を見ていたら、どうしてこんないい子が普通に幸せになれないのだろうと憤りを覚えた。
 本当は使用人としてではなく、自分の大切な客としてもてなしたかった。今まで手にしたことがない幸せを、自分の手で味合わせてあげたいと思った。
 だけど、今にもこの屋敷からも出て行こうとするリリーを見て、ブルーノが「少しずつことを運びましょう」と耳打ちしてくれたのだ。

 結果的に、何もすることがないよりも仕事があった方がリリーには良かったように思う。きっと、何もしない毎日では悪いことばかり考えていただろう。
 今のリリーは、前向きに今の生活を楽しんでいるようにみえる。この屋敷を自分の居場所だと少しずつ実感が湧いて来たようで、最近では表情にも余裕が見られるようになった。
 ここに来たばかりの頃は、鬼気迫るような切羽詰まった感じが強かった。でも少しずつ、その感じも薄まっている。
 もしかしたらそう見えるように、本人が頑張っているだけなのかもしれないが……。

 もう少しここでの生活を送ってもらったら、リリーがこれからどうしたいと思っているのか話を聞いてみたい。
 ダニエルとしては、すぐにでもリリーと婚約して結婚したいくらいだ。でもきっとアレンやバーバラのことをずっと気にしている筈だ。そんな時に、自分の気持ちだけを押し付けるようなことはしたくない。
 森の家でバーバラと話をして、リリーが貴族の娘だということはわかっている。あの両親たちの反応だと、リリーを迎え入れることに反対はしないだろう。
 ダニエルは、リリーの置かれていた状況を親に話して先に許可を得ようと考える。愛人生活を送っていて、しかも子供までいるのだと話をしたらいい顔はしないだろう。
 でも、両親が結んだ婚約の話が駄目になっている経緯がある。そこを強く押せば、きっと最後には折れてくれるはずだ。
 そして、バーバラとアレンの今の状況も早めに把握した方がいいだろうと思っている。そっちは、ヴォリック国の屋敷の連中に任せて連絡を待っている段階だ。

 リリーと幸せになる為には、今までのように優しいだけの男じゃ駄目なのだとダニエルは思っている。一つ一つ課題をクリア―して、リリーの心を手に入れたい。
 そのためには、今ダニエルにできるのは、ここを彼女が安心できる場所にしてあげることだ。あの森にいた時とは状況が違う。時間をかけてゆっくりと、リリーに心を開いてもらいたい。

「ブルーノ、余計なことはするなよ」

 自分よりもすぐに先回りして、お節介をやくブルーノにしっかりと釘を差した。
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