9 / 20
第9話
しおりを挟む
「哀れだな。自分のことを娘と思っていなかった母親を、それでも愛し、その身を犠牲にする。まるで意志を持たぬ人形ではないか。お前、それでいいのか? リネット、お前の本心はどこにある?」
そう言われても、私は困ってしまうだけでした。今まで、受動的な生き方しかしてきませんでしたから。もしかしたら私には『本心』なんてものはなく、本当に、意志を持たぬ人形なのかもしれません。
黙ってしまった私を見て、侯爵様はもう一度溜息を吐き、言葉を続けます。
「まあいい。この話は、ここまでにしよう。……とにかく、献上品としてお前を受け取ることは、俺にはできん。地方領主の中には、年端も行かぬ幼い娘を捧げられて喜ぶ下衆もいるそうだが、信じがたい話だ。おぞましい。まったく、世も末だな」
「あの、それでは、私はどうすればいいのでしょうか……?」
「どうもこうもない。もう帰っていいぞ。……いや、ちょっと待て。シュベール。リネットの母親は、リネットに『用済み』とまで言い放ったのだったな。そんな母親の元にこの子を帰したら、どうなると思う?」
シュベールさんは、さほど迷うこともなく即答します。
「当然、ろくなことにはならないでしょうね。リネットさん本人の前で話すのも酷ですが、取り立てて学のない従順な子供は、働ける年齢である14歳になったら、タチの悪い商家へ奉公に出されるのが常道。いえ、それならまだマシな方で、あるいは、口にするのも汚らわしい仕事をさせられるかもしれません」
「だろうな。……やれやれ、参ったな。このまま帰せば、見捨てるのと同じか」
侯爵様は腕を組み、小さく唸ります。
そこで私はやっと、自分の置かれた状況の危うさに気が付きました。
昨日までは、曲がりなりにも私を娘として保護してくれていたお母さん。……そのお母さんは今日、私を捨てたのです。のこのこ家に帰ったところで、たった今シュベールさんが述べた通り、これまで通りの生活ができるはずもありませんでした。
私のように察しの悪い娘が、商家の奉公など務まるでしょうか?
口にするのも汚らわしい仕事とは、どんなものなのでしょうか?
想像すると、まるで地を這う冷気のような恐ろしさが足元から背筋へと上がって来て、私の体はかすかに震えだしました。愚かな私は、子供が親の庇護を失うということの本当の意味を、今になってやっと理解できたのです。
もう、今までと同じ人生はない。
かといって、幸福な未来もない。
目の前が、暗くなりました。
そう言われても、私は困ってしまうだけでした。今まで、受動的な生き方しかしてきませんでしたから。もしかしたら私には『本心』なんてものはなく、本当に、意志を持たぬ人形なのかもしれません。
黙ってしまった私を見て、侯爵様はもう一度溜息を吐き、言葉を続けます。
「まあいい。この話は、ここまでにしよう。……とにかく、献上品としてお前を受け取ることは、俺にはできん。地方領主の中には、年端も行かぬ幼い娘を捧げられて喜ぶ下衆もいるそうだが、信じがたい話だ。おぞましい。まったく、世も末だな」
「あの、それでは、私はどうすればいいのでしょうか……?」
「どうもこうもない。もう帰っていいぞ。……いや、ちょっと待て。シュベール。リネットの母親は、リネットに『用済み』とまで言い放ったのだったな。そんな母親の元にこの子を帰したら、どうなると思う?」
シュベールさんは、さほど迷うこともなく即答します。
「当然、ろくなことにはならないでしょうね。リネットさん本人の前で話すのも酷ですが、取り立てて学のない従順な子供は、働ける年齢である14歳になったら、タチの悪い商家へ奉公に出されるのが常道。いえ、それならまだマシな方で、あるいは、口にするのも汚らわしい仕事をさせられるかもしれません」
「だろうな。……やれやれ、参ったな。このまま帰せば、見捨てるのと同じか」
侯爵様は腕を組み、小さく唸ります。
そこで私はやっと、自分の置かれた状況の危うさに気が付きました。
昨日までは、曲がりなりにも私を娘として保護してくれていたお母さん。……そのお母さんは今日、私を捨てたのです。のこのこ家に帰ったところで、たった今シュベールさんが述べた通り、これまで通りの生活ができるはずもありませんでした。
私のように察しの悪い娘が、商家の奉公など務まるでしょうか?
口にするのも汚らわしい仕事とは、どんなものなのでしょうか?
想像すると、まるで地を這う冷気のような恐ろしさが足元から背筋へと上がって来て、私の体はかすかに震えだしました。愚かな私は、子供が親の庇護を失うということの本当の意味を、今になってやっと理解できたのです。
もう、今までと同じ人生はない。
かといって、幸福な未来もない。
目の前が、暗くなりました。
89
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
閉じ込められた幼き聖女様《完結》
アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」
ある若き当主がそう訴えた。
彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい
「今度はあの方が救われる番です」
涙の訴えは聞き入れられた。
全6話
他社でも公開
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる