事故で記憶喪失になったら、婚約者に「僕が好きだったのは、こんな陰気な女じゃない」と言われました。その後、記憶が戻った私は……【完結】

小平ニコ

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第4話

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 そして、さらに三ヶ月が経ち、事故から半年というところで、とうとう私の体は完治した。

 足もすっかり元通りで、当然杖は必要ないし、走ることだってできる。ずっと残っていた肘から先の痺れも取れ、健康であることのありがたさを、私は文字通り全身で享受していた。

 ……しかし、肝心な記憶の方は、サッパリだ。
 退院し、家に帰っても、まるで他人の家に住んでいるような気分である。

 だけど、両親はとても私を気遣い、優しくしてくれた。父のことも、母のことも、どうしても思い出せず、申し訳ない気持ちにもなったが、それでも、二人の愛情は、私にとって、大きな心の支えだった。

 バーナルドと会う機会は、極端に減った。
 いや、『皆無になった』と言った方が、適切かもしれない。

 入院中も、ある時期からバーナルドは、お見舞いにすら来なくなったし、退院時にも、会いに来ることはなかった。私の体は元気になったが、それでも『今の私』は『以前の私』とまるで性格が違う。そんな『今の私』に、バーナルドは会いたくないのだろう。

 ……こう言っては何だが、それは、私にとって救いだった。
 私も、なるべくならバーナルドに会いたくなかったからだ。

 彼のことが、嫌いなった――とまでは言わない。記憶喪失直後の一番不安な時に、何度も励ましてくれたことは、今でも感謝している。

 だけど、もう『まだ記憶が戻らないのか』『いつ元に戻るんだ』『昔のきみは、もっと元気で……』等々の言葉を浴びせられるのが、辛いのだ。

 責められることそのものも悲しいし、彼の期待に沿えないことも、苦しい。……恐らくだけど、このまま私とバーナルドは疎遠になり、しかるべき時に、婚約は解消されるだろう。





 私は今、長い間お世話になったダンストン先生の病院で、看護師の見習いをしている。失った記憶を取り戻すための催眠療法や、運動機能回復のリハビリで病院に通ううち、自然と、ここで働いてみたいと思うようになったのだ。

 記憶を失う前の生活に、戻る気はなかった。

 かつての友人たちはきっと、すっかり人が変わってしまった私を見て、『昔のあなたはもっと元気だったのに』と、バーナルドのようなことを言うだろう。それが、嫌だったのだ。

 事故の後、最も長い時間を過ごし、一番心が落ち着くダンストン先生の病院は、私にとって、理想の環境だった。

 看護師のやらなければならないことは多種多様であり、思った以上に忙しい。でも、仕事に没頭していると余計なことを考えずに済むので、必死に記憶を取り戻そうとしていた時より、精神的にはむしろ楽だ。

 いつしか私は、別にこのまま、記憶が戻らなくても良いのではないかと思うようになった。仕事にはやりがいを感じるし、毎日充実している。

 両親も、私を温かく見守り、限りない愛情を注いでくれている。
 ……私は今、幸せだ。これ以上、何も望まない。
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