事故で記憶喪失になったら、婚約者に「僕が好きだったのは、こんな陰気な女じゃない」と言われました。その後、記憶が戻った私は……【完結】

小平ニコ

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第3話

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「すみません、ダンストン先生。でも、もう三ヶ月ですよ? いったい、いつになったらエリザベラの記憶は元に戻るんですか? ……今の彼女は、昔とは完全に別人だ。元気がなくて、いつもオドオドしてて、一緒にいると、こっちまで気が滅入ってくる……」

「バーナルドさん、もうよしましょう。エリザベラさん本人の前で、そんな……」

 しかしバーナルドは、口を閉じなかった。
 ちらりと私の方を見て、ため息混じりに、ボソッと言う。

「僕が好きだったエリザベラは、こんな陰気な女じゃない……」

「バーナルドさん!」

 ダンストン先生に一喝され、バーナルドはハッと我に返り、語るのをやめた。それから、深く長く、そして重たい息を吐ききると、病室を出て行った。

 私の頭の中では、たった今言われたばかりの言葉が、嵐のように渦巻いていた。

『僕が好きだったエリザベラは、こんな陰気な女じゃない……』

 それほど過激な言葉ではない。
 世の中には、もっとひどい悪口が、いくらでもある。

 しかし、ショックだった。

 どうでもいい人に言われる悪口と、自分にとって大切な人に言われる悪口では、その重みが全く違う。……優しかったバーナルドが、私を軽蔑するような瞳で見て、冷たい言葉を浴びせてきたのは、事故直後の怪我の痛みや、記憶が戻らないことよりも、遥かにつらかった。

 ……『こんな陰気な女』か。

 バーナルドのこれまでの話から察するに、記憶を失う前の私は、飛びぬけて元気で明るい、行動的な女の子だったらしい。……今の私とは、まるで正反対だ。バーナルドが私を『陰気な女』呼ばわりしたくなるのも、わからないでもない。

 わからないでもない。
 わからないでもない。
 わからないでもない。

 でも。

 悲しい。

 涙が、後から後から溢れてくる。
 肩を震わせ、泣き続ける私を、ダンストン先生は優しくベッドに横たえた。

「少し眠りましょう、エリザベラさん。睡眠には、昂った神経を鎮める効果があります。寝れば、辛い気持ちも、少しは楽になりますよ」

「先生……私、今度眠ったら、もう起きたくありません……バーナルドを怒らせて、自分も、こんなに悲しい思いをするのなら、このまま、眠るように、死んでしまいたい……」

「駄目ですよ、そんなことを言っては。体の方は、どんどん良くなっていますから、いずれ杖なしでも歩けるようになります。その頃には、記憶だってきっと戻っていますよ。だから、今はただ心を楽にして、眠りましょう」

「はい……」

 ダンストン先生の、上品で落ち着いた声色は、まるで子守歌のように、私の気持ちを慰めてくれた。瞳を閉じても、先生が病室を出て行く気配はない。

 ……私が眠るまで、一緒にいてくれるのね。
 ダンストン先生の優しい気遣いに包まれ、私は穏やかな気持ちで、眠りについた。
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