4 / 13
第4話
しおりを挟む
・
・
・
そして、さらに三ヶ月が経ち、事故から半年というところで、とうとう私の体は完治した。
足もすっかり元通りで、当然杖は必要ないし、走ることだってできる。ずっと残っていた肘から先の痺れも取れ、健康であることのありがたさを、私は文字通り全身で享受していた。
……しかし、肝心な記憶の方は、サッパリだ。
退院し、家に帰っても、まるで他人の家に住んでいるような気分である。
だけど、両親はとても私を気遣い、優しくしてくれた。父のことも、母のことも、どうしても思い出せず、申し訳ない気持ちにもなったが、それでも、二人の愛情は、私にとって、大きな心の支えだった。
バーナルドと会う機会は、極端に減った。
いや、『皆無になった』と言った方が、適切かもしれない。
入院中も、ある時期からバーナルドは、お見舞いにすら来なくなったし、退院時にも、会いに来ることはなかった。私の体は元気になったが、それでも『今の私』は『以前の私』とまるで性格が違う。そんな『今の私』に、バーナルドは会いたくないのだろう。
……こう言っては何だが、それは、私にとって救いだった。
私も、なるべくならバーナルドに会いたくなかったからだ。
彼のことが、嫌いなった――とまでは言わない。記憶喪失直後の一番不安な時に、何度も励ましてくれたことは、今でも感謝している。
だけど、もう『まだ記憶が戻らないのか』『いつ元に戻るんだ』『昔のきみは、もっと元気で……』等々の言葉を浴びせられるのが、辛いのだ。
責められることそのものも悲しいし、彼の期待に沿えないことも、苦しい。……恐らくだけど、このまま私とバーナルドは疎遠になり、しかるべき時に、婚約は解消されるだろう。
・
・
・
私は今、長い間お世話になったダンストン先生の病院で、看護師の見習いをしている。失った記憶を取り戻すための催眠療法や、運動機能回復のリハビリで病院に通ううち、自然と、ここで働いてみたいと思うようになったのだ。
記憶を失う前の生活に、戻る気はなかった。
かつての友人たちはきっと、すっかり人が変わってしまった私を見て、『昔のあなたはもっと元気だったのに』と、バーナルドのようなことを言うだろう。それが、嫌だったのだ。
事故の後、最も長い時間を過ごし、一番心が落ち着くダンストン先生の病院は、私にとって、理想の環境だった。
看護師のやらなければならないことは多種多様であり、思った以上に忙しい。でも、仕事に没頭していると余計なことを考えずに済むので、必死に記憶を取り戻そうとしていた時より、精神的にはむしろ楽だ。
いつしか私は、別にこのまま、記憶が戻らなくても良いのではないかと思うようになった。仕事にはやりがいを感じるし、毎日充実している。
両親も、私を温かく見守り、限りない愛情を注いでくれている。
……私は今、幸せだ。これ以上、何も望まない。
・
・
そして、さらに三ヶ月が経ち、事故から半年というところで、とうとう私の体は完治した。
足もすっかり元通りで、当然杖は必要ないし、走ることだってできる。ずっと残っていた肘から先の痺れも取れ、健康であることのありがたさを、私は文字通り全身で享受していた。
……しかし、肝心な記憶の方は、サッパリだ。
退院し、家に帰っても、まるで他人の家に住んでいるような気分である。
だけど、両親はとても私を気遣い、優しくしてくれた。父のことも、母のことも、どうしても思い出せず、申し訳ない気持ちにもなったが、それでも、二人の愛情は、私にとって、大きな心の支えだった。
バーナルドと会う機会は、極端に減った。
いや、『皆無になった』と言った方が、適切かもしれない。
入院中も、ある時期からバーナルドは、お見舞いにすら来なくなったし、退院時にも、会いに来ることはなかった。私の体は元気になったが、それでも『今の私』は『以前の私』とまるで性格が違う。そんな『今の私』に、バーナルドは会いたくないのだろう。
……こう言っては何だが、それは、私にとって救いだった。
私も、なるべくならバーナルドに会いたくなかったからだ。
彼のことが、嫌いなった――とまでは言わない。記憶喪失直後の一番不安な時に、何度も励ましてくれたことは、今でも感謝している。
だけど、もう『まだ記憶が戻らないのか』『いつ元に戻るんだ』『昔のきみは、もっと元気で……』等々の言葉を浴びせられるのが、辛いのだ。
責められることそのものも悲しいし、彼の期待に沿えないことも、苦しい。……恐らくだけど、このまま私とバーナルドは疎遠になり、しかるべき時に、婚約は解消されるだろう。
・
・
・
私は今、長い間お世話になったダンストン先生の病院で、看護師の見習いをしている。失った記憶を取り戻すための催眠療法や、運動機能回復のリハビリで病院に通ううち、自然と、ここで働いてみたいと思うようになったのだ。
記憶を失う前の生活に、戻る気はなかった。
かつての友人たちはきっと、すっかり人が変わってしまった私を見て、『昔のあなたはもっと元気だったのに』と、バーナルドのようなことを言うだろう。それが、嫌だったのだ。
事故の後、最も長い時間を過ごし、一番心が落ち着くダンストン先生の病院は、私にとって、理想の環境だった。
看護師のやらなければならないことは多種多様であり、思った以上に忙しい。でも、仕事に没頭していると余計なことを考えずに済むので、必死に記憶を取り戻そうとしていた時より、精神的にはむしろ楽だ。
いつしか私は、別にこのまま、記憶が戻らなくても良いのではないかと思うようになった。仕事にはやりがいを感じるし、毎日充実している。
両親も、私を温かく見守り、限りない愛情を注いでくれている。
……私は今、幸せだ。これ以上、何も望まない。
224
あなたにおすすめの小説
私の物をなんでも欲しがる義妹が、奪った下着に顔を埋めていた
ばぅ
恋愛
公爵令嬢フィオナは、義母と義妹シャルロッテがやってきて以来、屋敷での居場所を失っていた。
義母は冷たく、妹は何かとフィオナの物を欲しがる。ドレスに髪飾り、果ては流行りのコルセットまで――。
学園でも孤立し、ただ一人で過ごす日々。
しかも、妹から 「婚約者と別れて!」 と突然言い渡される。
……いったい、どうして?
そんな疑問を抱く中、 フィオナは偶然、妹が自分のコルセットに顔を埋めている衝撃の光景を目撃してしまい――!?
すべての誤解が解けたとき、孤独だった令嬢の人生は思わぬ方向へ動き出す!
誤解と愛が入り乱れる、波乱の姉妹ストーリー!
(※百合要素はありますが、完全な百合ではありません)
【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】
聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。
「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」
甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!?
追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?
綴
恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢
この婚約破棄はどうなる?
ザッ思いつき作品
恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。
婚約者に愛されたいので、彼の幼馴染と体を交換しました【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「すまない。でも、全部きみのためなんだ」
ランデリック様はそう言って、私との婚約を解消した。……許せない、きっと、『あの女』にたぶらかされたのね。半年ほど前から、ランデリック様のそばをウロチョロするようになった、彼の幼馴染――ウィネットに対する憎しみが、私に『入れ替わり』の呪文の使用を決意させた。
『入れ替わり』の呪文は、呪文を唱えた者と、使用対象の心を、文字通り、『入れ替え』てしまうのである。……呪文は成功し、私の心はウィネットの体に入ることができた。これからは、私がウィネットとなって、ランデリック様と愛を紡いでいくのよ。
しかしその後、思ってもいなかった事実が明らかになり……
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます
ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」
「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」
シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。
全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。
しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。
アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――
皆様ごきげんよう。悪役令嬢はこれにて退場させていただきます。
しあ
恋愛
「クラリス=ミクランジェ、君を国宝窃盗容疑でこの国から追放する」
卒業パーティで、私の婚約者のヒルデガルト=クライス、この国の皇太子殿下に追放を言い渡される。
その婚約者の隣には可愛い女の子がーー。
損得重視の両親は私を庇う様子はないーーー。
オマケに私専属の執事まで私と一緒に国外追放に。
どうしてこんなことに……。
なんて言うつもりはなくて、国外追放?
計画通りです!国外で楽しく暮らしちゃいますね!
では、皆様ごきげんよう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる