笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

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伝説のパン屋になりましたが、路地裏でのんびり弟子を育てます! ― 焼きたての幸せと、三人の小さな夢 ―

第64話 収穫祭の招待状と、空っぽの小麦袋

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 リリナの勇気がもたらした温かい信頼は、陽だまりのアトリエを、以前にも増して街の人々に愛される場所へと変えていた。弟子たちの連携も日に日に滑らかになり、厨房はまるで一つの生き物のように、心地よいリズムでパンを焼き上げていく。フィオナは、師匠としての悩みを乗り越え、弟子一人一人の個性を信じて見守る、本当の「陽だまり」のような存在になっていた。

 そんな穏やかな昼下がり。店のドアベルが、いつもの客とは違う、格式高い音を立てた。 入ってきたのは、王家の紋章をつけた使者だった。彼は、フィオナの前に恭しく跪くと、金色の刺繍が施された巻物を差し出した。 「フィオナ・フォン・シルフィード殿。ならびに、アトリエ・フィオナの皆様。来る王都最大の祭典『王政百年記念大収穫祭』に、貴店を特別招待枠としてお招きしたく、ライアス王太子殿下より、直々の招待状にございます」

「「「しゅ、収穫祭!!?」」」 弟子たちの驚きの声が、厨房まで響き渡った。 収穫祭。それは、王都中の職人が己の腕を披露し、その年の最高の栄誉を競う、一年で最も華やかな舞台だ。

「す、すごい! すごいじゃないですか、師匠!」セオドアが、興奮で顔を紅潮させている。「王太子殿下が、我々のパンを認めてくださったのです!」 「よっしゃあ! いっちょう、俺たちのパンで、王都中の度肝を抜いてやろうぜ!」アシュラフが、拳を突き上げた。 「わ、私たちも……出ていいんですか……?」リリナが、信じられないといった様子でフィオナを見上げる。

 フィオナは、弟子たちの輝くような瞳を見て、胸が熱くなるのを感じた。 「ええ。もちろんよ。これは、あなたたち全員で掴み取った招待状ですもの」 彼女の許可に、弟子たちは抱き合って喜んだ。その姿は、フィオナにとって何よりの宝物だった。

 だが、その幸せな時間は、長くは続かなかった。 翌朝、いつもの時間にやってくるはずの小麦粉の納入業者が、姿を見せなかったのだ。

「おかしいわね……遅れるなんて、一度もなかったのに」 エリィが心配そうに首を傾げる。フィオナの胸に、小さな不安の染みが広がった。 昼になっても、業者は来ない。夕方になっても、連絡一つなかった。 「俺、ちょっと見てくらあ!」 痺れを切らしたルーカスが、仕入れ先の商家へと走った。しかし、彼が持ち帰ったのは、最悪の知らせだった。

「……ダメだ」ルーカスは、苦々しく吐き捨てた。「あの商家だけじゃねえ。俺が知ってる王都中の全ての小麦問屋が、俺たちの顔を見るなり、首を横に振りやがった。『申し訳ないが、アトリエ・フィオナさんには、もう一粒たりとも粉を卸すことはできない』だとよ」 「な、なぜです!?」セオドアが声を上げる。「契約違反だ! 理不尽極まりない!」 「理由なんざ、言わねえよ。だがな、断る時の商人の顔は、みんな一様に怯えてやがった。まるで、見えねえ何かに脅されてるみてえにな」

 そこへ、書庫から戻ってきたマルセルが、険しい顔で一枚の書類をテーブルに置いた。 「……やはり、彼らだ。美食家同盟の残党だよ。彼らは、王都の穀物ギルドの理事会に、巧みに圧力をかけているようだ。表向きは自由な取引を装いながら、裏では『アトリエ・フィオナに与する者は、我々の敵と見なす』と。これは、我々の息の根を止めるための、静かなる経済戦争だ」

 絶望が、厨房を支配した。 「そ、そんな……」アシュラフが、がっくりと膝をつく。「小麦粉がなきゃ、パンは焼けねえ……。収穫祭も……俺たちの夢も、全部終わりかよ……」 「私のせいです……」リリナが、涙声で震えた。「私が、ハーブティーで店の評判を上げてしまったから……また、目をつけられて……」 セオドアも、悔しさに唇を噛みしめ、俯くことしかできない。

 弟子たちの夢が、目の前で音を立てて崩れていく。 その時だった。 パン、と。フィオナが、力強く手を打ち鳴らした。

 彼女は、絶望に沈む弟子たちの顔を、一人ずつ、しっかりと見つめた。その瞳には、涙も、諦めもなかった。そこにあるのは、嵐の中の灯台のように、揺るぎない、静かな光だった。

「皆さん、顔を上げて」 その声は、不思議なほど穏やかだった。 「確かに、小麦粉がなければ、いつものパンは焼けないかもしれません。ですが……」 彼女は、窓の外で降り始めた、冷たい雨を見つめた。 「パンは、何でできているか、知っていますか?」 フィオナは、ゆっくりと続けた。 「パンは、“水”と“粉”でできているの。雨が降れば、水はある。なら、足りないのは、粉だけ。そして……」 彼女は、弟子たちの胸を、そっと指さした。 「……何よりも大切な、諦めない心の火だけよ」

 その言葉は、まるで魔法だった。 絶望の闇に、小さな火が灯る。

「……そうか!」最初に顔を上げたのは、セオドアだった。「小麦粉だけが、粉ではない! 私は、王宮の書庫で読んだことがある! 大飢饉の時代、人々は栗や木の実を粉にして、パンを焼いたと!」 「俺も思い出したぜ!」アシュラフが、拳を握る。「砂漠の民は、雨が降らねえ時のために、穀物を乾燥させて、石臼で粉にする技術を持ってる! 湿気た粉だって、俺たちの知恵を使えば、生き返らせられるかもしれねえ!」 「わ、私……!」リリナも、涙を拭って立ち上がった。「森の植物の中には、食べられる根っこや、栄養のある種がたくさんあります! 小麦粉の代わりになるものを、私、探せます!」

 三者三様の瞳に、それぞれの故郷で培った知恵と、誇りの光が戻ってきた。 彼らはもう、ただ教えを待つ弟子ではない。自らの力で、困難に立ち向かう、一人のパン職人だった。

 フィオ- ナは、その頼もしい姿に、静かに微笑んだ。 「ええ。やりましょう。王都中の誰をも驚かせるような、私たちのパンを。この逆境からしか生まれない、最高のパンを、この手で焼き上げるのです!」

 外では、収穫祭を前に、意地悪な豪雨が街を叩きつけていた。 だが、陽だまりのアトリエの中では、どんな嵐にも消されない、温かくて力強い、希望の火が、再び燃え上がっていた。
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