笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

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陽だまりのアトリエと、小さな麦の穂 〜守り神と育む、家族のレシピ〜

第88話 星屑のフロアと、誇りを賭けた対決

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フィオナを乗せた王宮の馬車は、王都の喧騒を後にし、王城の威圧的な門をくぐり抜けた。

「きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に無数の星屑を散らしている」。
フィオナは、馬車を降りた瞬間、その完璧に計算された華やかさが、まるで巨大な金色の鳥かごのように、自分の体を締め付けるのを感じた。

(ここが、婚約破棄を宣告された場所。私が、「政治的価値がない」と、ただの調度品のように処分された、あの場所……)

王城の大広間へと続く回廊を歩くフィオナの胸中には、かつての屈辱と、この場で再び失敗するかもしれないという恐怖が、冷たい風のように吹き荒れていた。

「お嬢様、足元を」

マルセルが、フィオナの右側で、静かに彼女の歩調を合わせた。
彼の瞳は、周囲の貴族たちの視線(好奇、憐憫、そして微かな軽蔑)を鋭く牽制している。

「大丈夫です、マルセル」
フィオナは、小さく首を振った。

「だがな、フィオナ。顔が硬いぞ。まるで、石ころパンを焼き上げた時みてえだ」

ルーカスが、フィオナの左側でぶっきらぼうに言った。
彼は、フィオナの魂が詰まった木箱を抱え、大剣の柄に手をかけている。
その姿は、一歩も退かぬ最強の守護者そのものだった。

「ルーカス様、今のは余計な助言かと存じますが」
マルセルが小声で突っ込む。

「うるせえ。事実だろうが。いいか、フィオナ。あの時は、お前のパンが凶器だろうが、俺たちは食った。今のお前のパンは、王都一だ。胸張ってりゃいいんだよ」

その、不器用だが心からの励ましに、フィオナの緊張は少しだけ溶けた。

「さあ、師匠! 私が、この王宮の空気を、一気に温めてあげます!」

エリィは、フィオナの背後で、小さなパンの形のお守りを握りしめながら、太陽のような笑顔を向けた。

---

大広間は、すでに王都中の名士で埋め尽くされていた。
中央の壇上には、厳粛な審査員団が着席している。

フィオナたちが指定されたブースは、豪華絢爛な宮廷料理人たちのブースに挟まれた、決して目立たない場所だった。

フィオナは、そこに立つ一人の男を見た。
ドクター・ヴァーノン。王立アカデミーが送り込んだ、理論パン職人だ。

彼は、フィオナたちの素朴なブースを一瞥すると、鼻で笑った。
「相変わらず、路地裏の匂いがしますね、フィオナ殿」

ヴァーノンの隣には、銀色の密閉容器が置かれていた。
その容器から取り出されたパンは、表面が完璧に滑らかで、寸分の狂いもない、まるで型にはめて作ったかのような幾何学的な美しさを誇っていた。

「私のパンは、『科学的合理性の結晶』。最高の再現性と、最大の栄養効率を誇る、管理された完璧な人工酵母パンです」
ヴァーノンは、フィオナを見下ろした。
「感情や、貴殿が言う『温もり』などという非科学的な感傷は、パンを無秩序にするだけのノイズに過ぎません」

彼のパンは、アルトの力を「再現可能なエネルギー」として、「無秩序な路地裏で独占するのではなく、アカデミーが管理し、人類全体の福祉に供すべきだ」という、アカデミー強硬派の主張そのものを体現していた。

フィオナの胸に、冷たい怒りが込み上げた。
彼らは、窯を壊し、水に毒を仕込み、ホズネの命を狙った。
その卑劣な手段で、「科学的合理性」を語っているのだ。

---

フィオナは、ルーカスから木箱を受け取り、壇上のテーブルへと静かに進み出た。
彼女の抱える「陽だまりブレッド」は、ヴァーノンの銀色のパンと対照的に、素朴で不格好だが、森の土の色、太陽の種の色が混じり合った、力強い斑模様をしている。

「それが、貴殿のパンですか? 何やら土臭い、貧相な代用品のようだが」
ヴァーノンが嘲笑する。

フィオナは、深呼吸をした。
その瞳には、かつてライアス王太子に婚約破棄を宣告された時の涙も、諦めもなかった。

「ドクター・ヴァーノン」

フィオナの声は、凛として、大広間に響き渡った。
「貴方がたのパンは、技術の結晶でしょう。しかし、私のパンは、代用品などではありません。これは、命懸けで運ばれた清浄な水と、師匠の叡智、そして、家族の愛が詰まっています」

彼女は、パン職人としての魂を込めて、宣言した。

「貴方がたは、アルトの力を『管理された秩序(科学)』で支配しようとしました。しかし、命とは、押さえつければ押さえつけるほど、頑なに固く、美味くなくなるものです」

「私は今日、パンの味で証明します。力による制御ではなく、『分け合う温もり(愛)』こそが、真に人の心を豊かにし、世界を救う力になるのだと」

フィオナは、パンを丁寧に皿の上に置いた。
それは、王宮という過去の舞台で、自分の誇りをかけて、管理と独占の権威に挑む、母が背負う最後の十字架だった。

「さあ、ご試食ください。どちらのパンが、未来の王国の食卓に、真の幸福をもたらすのか」

決戦の火蓋は、今、静かに切って落とされた。
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