3 / 6
3
しおりを挟む
「……リリアーナ嬢。もしよければ、今度わたくしの館で開催する夜会にぜひ……!」
「いやいや、彼女にふさわしいのはうちの家系だ。我が家の長男は将来、宰相補佐を約束されている」
「それよりも、わたしの領地にお越しいただきたい。湖畔に広がる別荘は、きっとお気に召すだろう!」
リリアーナの応接間には、ひっきりなしに貴族の青年たちが訪れ、彼女を自分のものにしようと必死に言葉を重ねていた。
侍女たちは慌ただしく客をさばき、リリアーナは扇子を手に優雅に微笑みながら、器用に相手をいなしていた。
「まあ、皆さまお優しいこと。ですが……わたくし、まだ決めかねておりますの」
そう言えば、彼らはさらに必死になり、互いに火花を散らす。
争奪戦の中心にいる本人はといえば、涼しい顔でお茶を口にしていた。
(……ふふ。まるで舞台劇のようですわね。わたくしが“醜い”と呼ばれていた頃とは、まるで別世界)
だが、内心では冷静に計算もしていた。
誰と結ぶかによって、自分の未来は大きく変わる。
それを楽しみながら見極めるのも悪くない――そう思っていた。
一方その頃、王宮の執務室。
アルベルト王子は机を叩きつけ、怒声をあげていた。
「なぜだ! なぜリリアーナにあれほどの求婚が集まっている!?」
「お、お待ちください殿下。リリアーナ様は“仮面の美女”として社交界で話題をさらっておられます。むしろ求婚が殺到するのは当然かと……」
家臣の言葉に、アルベルトは苛立ちを募らせる。
思い返せば、あの夜。
自分が「醜い」と断じて捨てた令嬢が、仮面を外した女神のような姿で現れた。
その衝撃はいまだに頭から離れない。
「……俺は、間違っていたのか」
呟いた言葉を、クラリッサが聞き逃さなかった。
「アルベルト様! お忘れですか? あの女は貴方を欺いていたのです! 本来の姿を隠し、殿下を愚弄していたのですわ!」
必死の声。しかしその目には焦燥と嫉妬がにじんでいる。
「……クラリッサ。お前が何を言おうと、私の心は揺らぐ。リリアーナを手放すべきではなかったのだ」
「っ……!」
クラリッサの胸に走るのは、怒りと絶望。
自分の手に入れたはずの王子が、再びリリアーナに心を奪われていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
数日後。
リリアーナは社交界で再び人々を魅了していた。
流れるようなダンスのステップ。
扇子越しの笑み。
彼女がいるだけで場の空気が華やぎ、誰もが息を呑んだ。
そんな中、一際視線を集める人物がいた。
「……またお会いできて嬉しい」
隣国ヴェルシュタインの第二王子、レオナルドである。
彼は迷うことなくリリアーナに歩み寄り、自然に彼女の手を取った。
「踊っていただけるだろうか」
「殿下……ふふ、光栄ですわ」
二人が踊り始めると、周囲はため息に包まれた。
銀髪と黄金の髪が、照明の下で絡み合い、まるで絵画のように美しい光景を描き出す。
「リリアーナ嬢。やはり……私は貴女を諦められそうにない」
「まあ……まだそのお話を?」
「私は国に戻れば、いずれ王位を継ぐ身だ。だが、政略のための婚姻など望まぬ。私は心から愛せる人を妻に迎えたい。そして――貴女こそがその相手だ」
真剣な瞳に射抜かれ、リリアーナは一瞬、心臓を高鳴らせる。
(……この方、口先だけではない。真心がこもっている)
けれどすぐに微笑みを浮かべ、視線を逸らす。
「殿下はお優しいのね。ですが……わたくしにはまだ、やり残したことがございますの」
「やり残したこと?」
「ええ。……わたくしを“醜い”と蔑み、捨て去った方々に、思い知らせて差し上げなくては」
リリアーナの瞳に一瞬、冷たい光が走った。
レオナルドは黙り込み、その横顔を見つめた。
やがて彼は、小さく息をつき、彼女の手を握り直す。
「ならば、私は待とう。復讐が終わるまで、どれだけ時を要しても。だが――必ず迎えに来る。それだけは覚えておいてほしい」
リリアーナは驚き、思わず彼を見つめた。
その真剣な表情に、心の奥で熱いものが灯る。
(……なぜかしら。この方の言葉は、わたくしの心を少しずつ溶かしていくようですわ)
夜会の片隅で、その光景を睨みつけている男がいた。
「……許さぬ。リリアーナは……俺のものだ」
アルベルト王子だった。
かつて自ら捨てた令嬢を、今度は執着の眼差しで追い続けている。
その隣では、クラリッサが唇を噛みしめ、震えていた。
(どうして……どうして誰も彼も、あの女ばかりを……! 殿下まで……!)
嫉妬と焦燥、そして恐怖。
クラリッサの心は、少しずつ狂気へと傾いていった。
◇ ◇ ◇
屋敷へ戻ったリリアーナは、侍女たちに迎えられながらも、ふと窓辺で足を止めた。
(殿下の後悔、クラリッサの嫉妬、そして……レオナルド殿下の真摯な想い。すべてが絡み合い、ますます面白くなってきましたわ)
彼女は夜空に浮かぶ月を見上げ、妖艶に微笑む。
「さて……次は誰が、この舞台で踊り狂うのかしら」
「いやいや、彼女にふさわしいのはうちの家系だ。我が家の長男は将来、宰相補佐を約束されている」
「それよりも、わたしの領地にお越しいただきたい。湖畔に広がる別荘は、きっとお気に召すだろう!」
リリアーナの応接間には、ひっきりなしに貴族の青年たちが訪れ、彼女を自分のものにしようと必死に言葉を重ねていた。
侍女たちは慌ただしく客をさばき、リリアーナは扇子を手に優雅に微笑みながら、器用に相手をいなしていた。
「まあ、皆さまお優しいこと。ですが……わたくし、まだ決めかねておりますの」
そう言えば、彼らはさらに必死になり、互いに火花を散らす。
争奪戦の中心にいる本人はといえば、涼しい顔でお茶を口にしていた。
(……ふふ。まるで舞台劇のようですわね。わたくしが“醜い”と呼ばれていた頃とは、まるで別世界)
だが、内心では冷静に計算もしていた。
誰と結ぶかによって、自分の未来は大きく変わる。
それを楽しみながら見極めるのも悪くない――そう思っていた。
一方その頃、王宮の執務室。
アルベルト王子は机を叩きつけ、怒声をあげていた。
「なぜだ! なぜリリアーナにあれほどの求婚が集まっている!?」
「お、お待ちください殿下。リリアーナ様は“仮面の美女”として社交界で話題をさらっておられます。むしろ求婚が殺到するのは当然かと……」
家臣の言葉に、アルベルトは苛立ちを募らせる。
思い返せば、あの夜。
自分が「醜い」と断じて捨てた令嬢が、仮面を外した女神のような姿で現れた。
その衝撃はいまだに頭から離れない。
「……俺は、間違っていたのか」
呟いた言葉を、クラリッサが聞き逃さなかった。
「アルベルト様! お忘れですか? あの女は貴方を欺いていたのです! 本来の姿を隠し、殿下を愚弄していたのですわ!」
必死の声。しかしその目には焦燥と嫉妬がにじんでいる。
「……クラリッサ。お前が何を言おうと、私の心は揺らぐ。リリアーナを手放すべきではなかったのだ」
「っ……!」
クラリッサの胸に走るのは、怒りと絶望。
自分の手に入れたはずの王子が、再びリリアーナに心を奪われていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
数日後。
リリアーナは社交界で再び人々を魅了していた。
流れるようなダンスのステップ。
扇子越しの笑み。
彼女がいるだけで場の空気が華やぎ、誰もが息を呑んだ。
そんな中、一際視線を集める人物がいた。
「……またお会いできて嬉しい」
隣国ヴェルシュタインの第二王子、レオナルドである。
彼は迷うことなくリリアーナに歩み寄り、自然に彼女の手を取った。
「踊っていただけるだろうか」
「殿下……ふふ、光栄ですわ」
二人が踊り始めると、周囲はため息に包まれた。
銀髪と黄金の髪が、照明の下で絡み合い、まるで絵画のように美しい光景を描き出す。
「リリアーナ嬢。やはり……私は貴女を諦められそうにない」
「まあ……まだそのお話を?」
「私は国に戻れば、いずれ王位を継ぐ身だ。だが、政略のための婚姻など望まぬ。私は心から愛せる人を妻に迎えたい。そして――貴女こそがその相手だ」
真剣な瞳に射抜かれ、リリアーナは一瞬、心臓を高鳴らせる。
(……この方、口先だけではない。真心がこもっている)
けれどすぐに微笑みを浮かべ、視線を逸らす。
「殿下はお優しいのね。ですが……わたくしにはまだ、やり残したことがございますの」
「やり残したこと?」
「ええ。……わたくしを“醜い”と蔑み、捨て去った方々に、思い知らせて差し上げなくては」
リリアーナの瞳に一瞬、冷たい光が走った。
レオナルドは黙り込み、その横顔を見つめた。
やがて彼は、小さく息をつき、彼女の手を握り直す。
「ならば、私は待とう。復讐が終わるまで、どれだけ時を要しても。だが――必ず迎えに来る。それだけは覚えておいてほしい」
リリアーナは驚き、思わず彼を見つめた。
その真剣な表情に、心の奥で熱いものが灯る。
(……なぜかしら。この方の言葉は、わたくしの心を少しずつ溶かしていくようですわ)
夜会の片隅で、その光景を睨みつけている男がいた。
「……許さぬ。リリアーナは……俺のものだ」
アルベルト王子だった。
かつて自ら捨てた令嬢を、今度は執着の眼差しで追い続けている。
その隣では、クラリッサが唇を噛みしめ、震えていた。
(どうして……どうして誰も彼も、あの女ばかりを……! 殿下まで……!)
嫉妬と焦燥、そして恐怖。
クラリッサの心は、少しずつ狂気へと傾いていった。
◇ ◇ ◇
屋敷へ戻ったリリアーナは、侍女たちに迎えられながらも、ふと窓辺で足を止めた。
(殿下の後悔、クラリッサの嫉妬、そして……レオナルド殿下の真摯な想い。すべてが絡み合い、ますます面白くなってきましたわ)
彼女は夜空に浮かぶ月を見上げ、妖艶に微笑む。
「さて……次は誰が、この舞台で踊り狂うのかしら」
35
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~
ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。
しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。
周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。
だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。
実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。
追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。
作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。
そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。
「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に!
一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。
エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。
公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀……
さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ!
**婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛**
胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!
旦那様が遊び呆けている間に、家を取り仕切っていた私が権力を握っているのは、当然のことではありませんか。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるフェレーナは、同じく伯爵家の令息であり幼馴染でもあるラヴァイルの元に嫁いだ。
しかし彼は、それからすぐに伯爵家の屋敷から姿を消した。ラヴァイルは、フェレーナに家のことを押し付けて逃げ出したのである。
それに彼女は当然腹を立てたが、その状況で自分までいなくなってしまえば、領地の民達が混乱し苦しむということに気付いた。
そこで彼女は嫁いだ伯爵家に残り、義理の父とともになんとか執務を行っていたのである。
それは、長年の苦労が祟った義理の父が亡くなった後も続いていた。
フェレーナは正当なる血統がいない状況でも、家を存続させていたのである。
そんな彼女の努力は周囲に認められていき、いつしか彼女は義理の父が築いた関係も含めて、安定した基盤を築けるようになっていた。
そんな折、ラヴァイルが伯爵家の屋敷に戻って来た。
彼は未だに自分に権力が残っていると勘違いしており、家を開けていたことも問題ではないと捉えていたのである。
しかし既に、彼に居場所などというものはなかった。既にラヴァイルの味方はおらず、むしろフェレーナに全てを押し付けて遊び呆けていた愚夫としてしか見られていなかったのである。
婚約破棄された瞬間、隣国の王子が「その人、僕がもらいます」と言った
ほーみ
恋愛
婚約破棄された瞬間、隣国の王子が「その人、僕がもらいます」と言った
「――メアリー・グランツ。お前との婚約は破棄する」
王城の大広間に響いたその声に、空気が凍りついた。
周囲にいた貴族たちがざわめき、侍女たちが息を呑む。
私――メアリーは、胸の奥がきゅっと痛んだ。
けれど、それでも背筋を伸ばして、婚約者である王太子エドガーをまっすぐ見据えた。
『お前とは結婚できない』と婚約破棄されたので、隣国の王に嫁ぎます
ほーみ
恋愛
春の宮廷は、いつもより少しだけざわめいていた。
けれどその理由が、わたし——エリシア・リンドールの婚約破棄であることを、わたし自身が一番よく理解していた。
「エリシア、君とは結婚できない」
王太子ユリウス殿下のその一言は、まるで氷の刃のように冷たかった。
——ああ、この人は本当に言ってしまったのね。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
婚約破棄されたら兄のように慕っていた家庭教師に本気で口説かれはじめました
鳥花風星
恋愛
「他に一生涯かけて幸せにしたい人ができた。申し訳ないがローズ、君との婚約を取りやめさせてほしい」
十歳の頃に君のことが気に入ったからと一方的に婚約をせがまれたローズは、学園生活を送っていたとある日その婚約者であるケイロンに突然婚約解消を言い渡される。
悲しみに暮れるローズだったが、幼い頃から魔法の家庭教師をしてくれている兄のような存在のベルギアから猛烈アプローチが始まった!?
「ずっと諦めていたけれど、婚約解消になったならもう遠慮はしないよ。今は俺のことを兄のように思っているかもしれないしケイロンのことで頭がいっぱいかもしれないけれど、そんなこと忘れてしまうくらい君を大切にするし幸せにする」
ローズを一途に思い続けるベルギアの熱い思いが溢れたハッピーエンドな物語。
婚約破棄ですか?はい喜んで。だって僕は姉の代わりですから。
ルーシャオ
恋愛
「女が乗馬をするなどはしたない! しかも何だこの服は、どう見ても男装だろう! 性倒錯甚だしい、不愉快だ!」
タランティオン侯爵家令嬢メラニーは、婚約者のユルヴェール公爵家のドミニクからきつく叱責された。しかしメラニーは涼しい顔で、婚約破棄をチラつかせたドミニクの言葉をすんなり受け入れて帰る。
それもそのはず、彼女はメラニーではなく双子の弟メルヴィンで、もっと言うなら婚約は目眩しだ。祖父であり帝国宰相ランベルトの企みの一端に過ぎなかった。メルヴィンはため息を吐きながらも、メラニーのふりをして次の婚約者のもとへ向かう。すると——?
婚約破棄されたので隣国の冷酷公爵に拾われたら、なぜか溺愛されてます
ほーみ
恋愛
――カツン、カツン、と石畳を踏みしめる音が、冷え切った夜の路地に響く。
灯りの消えた屋敷を背に、私はただ前だけを見て歩いていた。
今日、私――リディア・ハルフォードは婚約破棄された。
相手は王太子殿下、エドワード。
理由は、妹のローラが「私がリディアにいじめられている」と涙ながらに訴えたから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる