「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ

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 レオンハルトに導かれ、私は学院の馬車置き場に向かっていた。

 夕暮れの冷え込みが増してゆく中、レオンハルトの手は驚くほど温かい。
 けれど、その温もりとは裏腹に、彼の横顔は強く緊張で固まっていた。

「レオンさま……そんなに急がなくても」

「駄目だ。黒幕が王宮にいるなら、フェリシアを学院に残すわけにはいかない。
 このままでは、また何か仕掛けられる」

 歩く速さを緩めず、レオンハルトは私の手をさらに強く握りしめた。

(そんな……王宮にまで敵がいるなんて)

 怖い。
 でも、レオンハルトの手の温かさに救われていた。

「おい、待て!!」

 背後から声が響く。
 振り返ると、グレイが駆けてくるのが見えた。

 その顔は怒りで赤く染まり、荒い息を吐いている。

「王太子、勝手にフェリシアを連れて行くな!」

 レオンハルトが足を止めた。

「勝手でもなんでもない。彼女は狙われている。
 安全な場所に移すのは当然だ」

「安全な場所? 王宮が安全なわけないだろうが!」

 グレイの目には恐怖が浮かんでいた。

「黒幕が王宮にいるってベアトリスが言ったんだろ?
 なら、フェリシアをそこに連れていくなんて――」

「王宮のどこにいるかはまだ分からない。
 だが警護の数は学院とは比較にならない。
 まずは国王陛下の指示を仰ぐべきだ」

「だからって、お前の判断でフェリシアを囲い込むな!」

 レオンハルトの目が細くなった。

「囲い込む? 君は言葉を選べ。
 私はフェリシアを守りたいだけだ」

「俺だって同じだ!」

 グレイが一歩踏み出す。

「フェリシアは……俺にとって特別なんだ。
 お前みたいに、“王太子の義務”で守ろうとしてるんじゃない」

 ドクン、と心臓が跳ねた。

(グレイ……?)

 レオンハルトの表情から、完全に温度が消える。

「……どういう意味だ」

「どういう意味って、そのままの意味だよ。
 フェリシアは俺の――」

「グレイ!」

 私は反射的に声を上げていた。

「や、やめて……! 今そんな話をしても……!」

「フェリシア。お前は黙ってろよ。
 俺はずっと……」

「黙れ」

 レオンハルトの声は鋭く、冷たかった。

「フェリシアにこれ以上、君の“曖昧な感情”を押し付けるな」

「曖昧じゃない!」

「君は自分の感情を都合よく美化しているだけだ。
 フェリシアが傷つく未来を少しも考えていない」

「なっ……!」

 グレイは拳を握りしめ、震えた。

 レオンハルトは一歩、彼に近づく。

「グレイ。私は君の善意を疑わない。
 だが、君にはフェリシアを守れない。
 “狙われている意味”を理解していないからだ」

「……どういうことだよ」

「彼女は──王族の後継に関わる“鍵”になりえる」

 グレイの目が見開かれた。
 私も思わず息を呑む。

「鍵……? わたくしが……?」

「そうだ。君が持つ特異な魔力量とその質。
 そして……今日の講義で見せた、“干渉された魔力を逆に跳ね返す性質”」

「え……?」

「フェリシア、君はおそらく──
 魔力を“吸収し、変質させる” rare type だ」

 理解が追いつかず、私は目を瞬かせた。

「そ、それって……普通じゃないんですか?」

「普通ではない。
 もしその性質が王族の魔力と組み合わされば──
 新たな魔術体系すら構築できる可能性がある」

 グレイが呆然とつぶやく。

「……要するに、フェリシアは“政治利用”できるってことか?」

「そういうことだ」

 レオンハルトは静かに言った。

「そして──フェリシアを利用したい勢力は、王宮にもいる」

 その瞬間、冷たい風が木々を揺らした。

(わたし……そんな理由で狙われていたの?)

 ただの落ちこぼれ令嬢だと思われていたはずなのに。

「だから君を守る必要がある。
 そして、黒幕が誰であれ──私は絶対に許さない」

 レオンハルトは私の手を取り直し、強く引き寄せた。

「フェリシア。君は私が守る。
 君の価値に気づいたのは、私が一番最初だ。
 そのことだけは、誰にも譲らない」

 あまりにまっすぐな言葉に、息が詰まりそうになる。

(そ、そんな言い方……)

 でも、その言葉の熱はどこか苦しくて。

 グレイが悔しそうに歯を食いしばった。

「フェリシア……行くのか?
 王太子について行くのかよ……」

「グレイ……」

「俺は……お前を失いたくない……」

 その言葉は切なくて、胸を締めつける。

 でも──

「グレイ。わたくし……レオンさまと行くわ」

 グレイが目を伏せる。
 その拳は震えていた。

「そうかよ……」

 その背中が、どこか痛々しいほどに小さく見えた。



 学院を出て馬車に乗ると、王宮への道は静かだった。
 夜の闇が森を包み、街灯の光が点々と続いてゆく。

 レオンハルトは向かいに座っていたが、ずっと私の手を離さない。

 けれどその表情は張り詰めていた。

「……フェリシア。ひとつ聞きたい」

「はい……?」

「君は──グレイのことを……どう思っている?」

「えっ」

 一瞬、言葉を失った。

「答えづらいのは分かっている。
 だが、知りたいんだ。
 君が誰に心を寄せているのか……それは、私にとって……」

 レオンハルトの声が少し震えた。

「私にとって、大事なことなんだ」

 その顔は普段の完璧な王太子ではなく、
 ただ一人の男性としての、弱さを見せていた。

(……どうしてこんな表情を)

 胸が痛いほど熱くなる。

「レオンさま……わたくしは……」

 思わず口を開きかけた、その時。

 ──ガタンッ!

 馬車が大きく揺れた。

「きゃっ!」

「フェリシア!」

 レオンハルトがとっさに私を抱き寄せる。
 馬車の外で、護衛の騎士たちの怒号が響いた。

「敵襲! 進路を塞がれました!」

「囲まれています!」

 外から、複数の足音。

 そして──聞き覚えのある、しかし歪んだ声。

「やあ、フェリシア。少し話がしたくてね」

「……え?」

 馬車の扉越しに聞こえたその声は──

 エドワードだった。

 いつもの弱さも、優しさも消えた、冷たい声で。

「迎えにきたよ。僕の“役に立つ”婚約者」

 レオンハルトは即座に剣を抜き、私をさらに強く抱き寄せた。

「フェリシア、離れるな」

 外では、何か巨大な魔力が渦巻いている。

(いや……違う……これは、エドワードの魔力じゃない)

 もっと、深く、黒く……。

(誰かに操られている……?)

 そんな直感が走った、その瞬間。

 馬車が、何かに叩きつけられたように大きく揺れた。

(──来る)

 黒幕の影が、ついに姿を見せようとしていた。

 そしてその中心に、エドワードが立っている。
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