「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ

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 サイラス王太子の執務室。
 重厚な扉が閉ざされると、私とサイラスのふたりきりになった。

 魔導具の解析のために呼ばれたはずなのに、なぜかサイラスは机に書類を広げたまま、じっとこちらを見つめている。

「……あの、サイラス殿下。続きを手伝いましょうか?」

「いや、もう少し見ていたい」

「……見ていたい?」

「君が、俺の部屋にいてくれる光景を、だ」

 さらりと言ってのけるこの人は、本当に罪深いと思う。

「そ、そういうことを言われても……」

「視線を逸らした。可愛い」

「っ……!」

 頬が熱くなり、まともに向き合えない。
 だが、それでも心は温かかった。
 “役立たず” と言われ、否定され続けた私を、ただ存在そのものごと肯定してくれる人。

 サイラスは書類を閉じると、真剣な顔になった。

「マリエル。君に見せたいものがある」

「見せたいもの、ですか?」

「アルメア公爵家──君の実家の件だ」

 名前を聞いた瞬間、胸がざわめいた。

 サイラスは引き出しから数枚の報告書を取り出し、私の前に置く。

「君を“役立たず”と嘲笑い、婚約破棄を強行しようとした理由。調べたところ、どうやら君の父と兄は──」

「聞きたくありません」

 思わず声が出た。

 だが、サイラスは静かに首を振った。

「君が傷つかないように、丁寧に話す。だが、これだけは知っておいてほしい。
……彼らは、これ以上君を傷つける力を、もう持っていない」

「え……?」

 サイラスは報告書を開く。

「国庫からの横領、違法魔道具の売買、そして君の魔力を使った不正計測。すべて証拠が揃った」

「魔力の……不正計測?」

「ああ。君の魔力は本来、桁違いに高い。彼らは計測器に細工して低く見せかけ、“役立たずの娘” として扱った」

 頭が真っ白になった。

 ずっと、ずっと必死に努力して、結果が出なくて。
 それでも諦めずに続けてきたことさえ否定されていた。

「そんなこと……していたんですか」

「君の才能を隠したかったのだろう。優秀な娘を持てば、王家の目に留まる。だが、彼らはそれを恐れた」

「恐れた……?」

「君が“家を継ぐ価値がある存在”だと周囲に知られれば、家督争いが起きる。特に君の兄からすれば都合が悪い」

 なんて浅ましい理由だろう。
 けれど、同時に理解できる部分もあった。

 あの家では、ずっと「従順で目立たない娘」であることを求められてきたのだから。

「彼らはすでに拘束され、財産の大半は没収される。君に危害を加える力は、もう何一つない」

 息を吸う。
 胸の奥で、固く凍りついていた何かが、ゆっくり溶けていくのがわかった。

「……ありがとうございます」

「礼はいらない。俺は君が嫌がるものを消しただけだ」

 サイラスはそう言い、手を伸ばして私の頬に触れた。

「君は、誰に否定される存在でもない。君が自分で選んだ道を歩けばいい」

「……私の、選んだ道」

「ああ。
 その道の先に俺がいても……悪くは、ないと思うが?」

 ──心臓が跳ねた。

「そ、それは……どういう意味で……っ」

「言葉通りだ。君が望むなら、俺は君を娶る」

「……っ!」

 思わず後ずさる。

 いや、逃げてどうするの私!?
 相手は国一の人気の王太子で、超優秀で、今まさに甘い空気を作り出している最中で──

 そんな私を見て、サイラスは小さく笑った。

「怖がらなくていい。今すぐ答えを出せとは言わない。
 だが、これだけは覚えておけ」

 サイラスは私の手を取って、そっと包み込む。

「君の価値に最初に気づいたのは──国中で、俺だけだ」

「…………」

「君が自分を否定され続けてきた時も、
 誰よりも努力していた時も。
 “役立たず”と嘲笑された日でさえ……俺は、ずっと君を見ていた」

「殿下……」

 胸の奥が、熱く締めつけられる。

 そんなふうに言ってくれる人がいるなんて、思いもしなかった。

「君の努力も、才能も、優しさも。俺は全部知っている。そして……その全部が、欲しい」

「ほ、欲しいって……!」

「恋愛的な意味だが?」

「っ~~~~!!」

 恥ずかしさで息が止まりそうだった。
 でも、それ以上に嬉しくて、胸がじんと熱くなった。

 その時──

 コンコン。

「殿下、緊急の報告が!」

 扉の向こうから声が響き、サイラスは眉をひそめた。

「……マリエル。悪い、少し席を外す」

「はい。お気になさらず」

 サイラスが部屋を出ていく。
 急を要する案件らしく、早足で去って行った。

 残された私は、深く息をついた。

(……サイラス殿下に求婚、されるなんて)

 考えただけで心臓が跳ねる。

 そこへ──執務室の隅に置かれていた魔導具が、突然光を放った。

「……え?」

 青い光が揺れ、魔導具が勝手に起動する。

「魔力反応……? でも、こんな反応、見たことない……」

 近づくと、光が一瞬にして膨らみ、部屋中に広がった。

 同時に、耳をつんざくような音が響き──

《マリエル・アルメア。至急、城内東塔へ来られたし》

「っ、これは……!?」

 王城の警備システムだ。
 緊急時に特定の魔力を持つ者を呼び出すための装置。

 しかし──

「どうして私が呼ばれるの……?」

 胸騒ぎがした。

 東塔。
 そこは魔道具研究の中枢であり、同時に危険な物が保管される場所でもある。

 もし何かが暴走したのだとしたら──サイラスもそちらへ向かっているはずだ。

「行かなきゃ……!」

 私はスカートを握りしめ、部屋を飛び出した。

 



 

 王城東塔。
 そこは異様な光と魔力で満ちていた。

「なに、これ……!」

 空気が震え、塔の内部はまるで嵐の中心のよう。
 壁に刻まれた魔法陣が勝手に動き出し、魔石が青白い光を放っている。

 魔力の暴走。
 だが、明らかに自然発生ではない。

(誰かが、意図的に……?)

 階段を駆け上がり、最上階を目指す。

 扉を開いた瞬間──

「遅かったな、マリエル・アルメア」

「……兄さん」

 そこには、拘束されているはずの兄エリオットがいた。

 魔導具を手にし、狂気を帯びた笑みを浮かべながら。

「お前のせいで俺たちの家は終わった! だから……せめてお前も巻き込まれて死ね!」

「っ……!」

 魔導具が光り、塔全体の魔力が再び荒れ狂う。

 その瞬間。

「マリエル!!」

 鋭い声が響き、サイラスが飛び込んできた。

「殿下! ここは危険です!」

「危険なのはわかっている! だが──君を置いて逃げられるわけがないだろう!」

 サイラスは私を抱え込むように守り、魔力の嵐を正面から受け止めた。

「くっ……! 王太子サマがわざわざ女一人のために……!」

「女一人? いいや──」

 サイラスは魔力を練り上げ、兄の魔導具に狙いを定める。

「“俺の婚約者になる人間”だ」

「え……っ」

「今この場で死なれては困る。
 だから、俺が守る。何があっても」

 言った瞬間、サイラスは私の手を引き──

「マリエル、俺の魔力を使え。君なら、この暴走を止められる」

「私が……?」

「君の魔力は誰よりも繊細で、正確だ。俺が盾になる。君は、ただ魔力を導いてくれ」

 迷いは、一切なかった。

 サイラスが信じてくれている。
 なら──私も、自分を信じる。

「……わかりました!」

 私は胸の奥にある魔力を解き放つ。
 温かくて、澄んでいて、まっすぐな光。

 それをサイラスの魔力と重ね合わせ、暴走した魔力の中心へと導く。

「マリエル! もう少しだ!」

「はい……っ!」

 光が一点に集まり──

 塔中に広がった魔力が、一気に静まった。

 耳鳴りが止み、風が消え、残ったのは静かな空気だけ。

「……ふぅ……」

 全身の力が抜けた瞬間、サイラスがそっと抱きとめてくれた。

「よくやった。君は本当に……すごい」

「殿下こそ……助けてくれて、ありがとうございます」

 その腕の中は、心地よいほど温かかった。

 兄は拘束され、再び城内へ連行されていった。
 もう、二度と私に手を出すことはないだろう。

 

 

 

 塔の外に出ると、夕陽が城を赤く染めていた。

「マリエル」

「はい?」

 サイラスはゆっくりと向き直り、真剣な瞳で私を見つめる。

「……先ほど“婚約者になる人間”と言ってしまったが、あれは俺の独りよがりの言葉だ。
 君が嫌なら、忘れてほしい」

「嫌……じゃ、ありません」

 胸に手を当てて、私ははっきり言った。

「むしろ……嬉しかったです。
 私の価値に気づいてくれたのが、サイラス殿下だけだったから」

「マリエル……」

「だから……もし殿下が本気で、私を望んでくださるのなら……」

 ゆっくりと手を伸ばし、彼の手に触れる。

「私も、殿下を選びたい」

 サイラスは驚いたように目を見開いた後──

 私を抱き寄せた。

 強く、でも優しく。

「……愛している。君がどれほど否定されても、俺だけはずっと味方だ」

「私も……殿下が大好きです」

 夕陽の光の中で、サイラスは私の額にそっと口づけた。

 それは、優しくて、甘くて──
 長く続いた苦しみから解放してくれるような温かいキスだった。

 

 こうして私は、
 “役立たず”と呼ばれた令嬢から、王太子の最も大切な人になった。

 もう誰も、私を否定しない。
 そして私は、ようやく自分の価値を信じることができたのだ。

 
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