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2章 俺の特別 side.理久
1 新汰の存在
しおりを挟むはじめて会ったときから、新汰は俺の唯一無二だった。
幼い頃の俺は、今とは比べ物にならないくらいどうしょうもない奴だった。
良く言えば元気いっぱい、悪く言えば落ち着きがない暴れん坊。今思うと、きっと誰かに構ってほしかったんだろう。
俺の家は昔から人の出入りがあまりなかった。父と母はどちらも手に職持つ共働きで、幼い俺を早々に幼稚園に預け忙しくしていたんだろう。だからかそんなふたりの間に生まれた俺は、他人との関わりに心から飢えていたらしい。
こっちを見てほしい、遊んでほしい、自分に気付いてほしい。そういうどうしようもない気持ちが、預けられた幼稚園で爆発してしまったのだろう。
初めて会う子にしょうもないマシンガントークをぶつけ、そして自由気ままに走り出す。そんなやりたい放題の子どもをよく思う子どもは誰もいなかった。
はじめは誰もが楽しく一緒に遊んでくれる。しかし少しすると途端にぼろが出る。仲良く遊んでいたはずの子どもたちが、ひとりまたひとりと離れていく。
なぜ、どうして。今思えば俺が空気を読めていなかったからだとわかる。相手のことなんて考えず、勝手に振る舞っていたのだから当たり前だ。けれど当時の俺には理解できなかった。
父や母にどうしてと聞きたかった。しかしいつも遅い時間に迎えに来るふたりは疲れた顔をして、元気なのが一番だからと口を揃えて言うだけだった。
新しい家に住むんだよ、そう言われ引っ越し先の幼稚園で出会ったのが新汰だった。
転園先の初日、俺は少しも学ばずにまたやらかした。覚えているのは、引っ越しや準備でとにかくいろいろな鬱憤が溜まっていて、それをぶちまけたかったということだけ。
結局俺はいつも通りに喋りたいまま喋り、動きたいままに動き大暴れした。案の定、初対面の園児たちから白い目を向けられ、先生たちには目を付けられ追いかけられる有様だった。
そうして、ここでも俺は前と同じようにいつかひとりになるんだ――そう悟っていたときだった。
ひとりだけ、きらきらした視線を俺に向けるこどもがいた。
まるで一挙手一投足を目に焼き付けるかのように、大きく開かれた黒の瞳がこちらを見ていた。
その子はないがしろにされるばかりだった俺に、はじめて興味のこもった視線を向けてくれたのだった。
俺はそれが嬉しくて、思わずその子の元へ行き手を引っ張った。この子ならきっとついてきてくれる、そんな確信があったから。
実際その子は仏頂面をふっと緩ませると、駆け出す俺の後ろをついてきた。
そう、俺をはじめて受け入れてくれた子どもが西脇新汰だった。
新汰は出会った頃から誰よりも大人しかった。
どこを見ているのかわからない視線と、どこかおどおどとした表情や仕草は、俺とは真逆に見えただろう。
俺がべらべらと口を開き、縦横無尽に動いてまわるのに対し、新汰はまるで必要最低限のことだけで生きて行こうとしているように思えた。
そんな新汰だが、話してみるとそれ以外はまるで普通だ。
ぼうっとして何も考えていないわけではないし、運動が嫌いなわけでもない。
新汰は俺の話を聞いて頷いたり反応を見せてくれるし、走ろうといえば後ろを走り、逆にこれで遊ぼうと遊具を指差してくれたこともある。それはもう嬉しそうに目を輝かせて。
だから俺の目には、新汰の表情も仕草も言葉も――そのすべてが、まるで自ら封じているように思えた。
実際、仲良くなり距離が縮まってから、俺はわかるようになった。
新汰は話すことが嫌いなのではなく、それ自体を怖がっているのではないかということだ。
一緒につるむようになってから半年が過ぎた頃――この頃には新汰はぽつりぽつりと言葉を返すようになっていた。
長文で何かを説明するまでではないものの、~したいとか~が欲しいとか簡単な返事くらいだろうか。俺に対して意思表示をするようになった。
なのに先生がそこに混ざろうとすると、それは一変する。俺を盾にするように後ろに隠れ、ぶるぶると震え始める。
なぜそうなってしまったのか、俺はそのとき新汰に聞けなかった。それがきっと新汰を傷付けることだとわかっていたから。
実際その原因がわかったのは、新汰のお母さんが教えてくれたからだった。
その日は、新汰が風邪で寝込んで休んでしまった日で、幼稚園の帰りに意気消沈した俺を連れて母はスーパーへと向かった。そこでたまたま新汰のお母さんとばったり会った。
母が瑤子ちゃんと呼ぶ新汰のお母さんは、おっとりとした新汰をさらにほんわかさせた人だ。
よく似た黒い瞳を心配そうに細めながら俺にこう言った。
『新汰はあんな立派な見た目をしてるから、昔からまわりに怖がられちゃって。それでずっと嫌な思いをしてきてひとりぼっちだったから、理久くんみたいなお友達ができて本当に嬉しいと思ってるの。理久くん、これからも新汰のことよろしくね』
俺は、新汰のことにようやく納得がいくと同時に、子どもながらにこの言葉を真正面から受け取った。
確かに、新汰は他の子どもたちに比べて昔からひと回り体が大きかった。また傍から見ていれば何を考えているかわからないように見えたから、目立つことをしていなくても、ただ立っているだけで存在感があるというのは分かる。
ただ、あまりにも理不尽すぎる。
新汰はすごくいい奴だ。感情が大きく顔に出ないし言葉にもしないけれど、素直で優しくてとにかく柔らかい。自分とはまったく真逆な俺のような奴を受け入れて、それに笑ってくれる俺に取って唯一無二の存在だ。
だから新汰のお母さんの話を聞いた俺は思った。俺がずっと新汰の隣りで新汰の笑顔を守るんだって。
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