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3章 別々の体育祭 side.新汰
1 まさかのお願い
しおりを挟む五限の終わりを知らせる鐘が鳴った。
みな一斉に先生に挨拶をして、席に座り机の上を片付け始める。授業が終わったばかりのこういう時間はざわざわするものの、三組の生徒は相変わらず穏やかだ。
当初俺が抱いていた印象通り、大人しい人が多いのだろう。休み時間中は小さなグループにまとまって話したり、運動部は昼寝していたりと自由だ。賑やかでクラスの中心となるような陽キャタイプが明らかに少ない。
よく言えば自由、悪く言えば無干渉。
そのおかげか理久とクラスが離れてしまったものの、悪目立ちすることなく穏やかにすごせている。
もちろん、周りにいるクラスメイトの皆いい人たちばかりというのもある。
右隣の牧田なぎさはもちろん、その後ろの林は学年一の才女ですごく真面目だ。淡々と理論的な口調で話すので始めは怖い印象を受けたが、その分こちらの話をよく聞こうとしてくれる印象が強い。
そんなふたりに加えて、後ろの席の相川の存在も大きい。
相川優也はとにかくよく寝ている。
授業中はもちろん休憩中もぐっすりという不思議な奴だから、会話をする機会自体あまり多くない。
ただ、以前授業でグループワークをしているときのこと。半眠り状態で少しも参加しない相川を前に俺たち三人が委縮していたとき、突然相川が目を擦りながら俺に向かって言ったのだ。
『……そういえば、西脇くんにはいつも助けてもらってるな。ありがとう』
『……へ?』
『いや、西脇くん大きいじゃん。だから前にいると壁みたいでさ、俺、何か知らないけどよく眠れるんだよね』
俺はもちろん反応に困った。
――いや、もうとっくに先生に目を付けられてるし、授業中によく眠っちゃだめだろ。
そんな間抜けな会話もあり天然の相川は、すっかり俺たちグループの中に落ち着くことになった。
そうして俺もクラスの中に溶け込み、平和な日々をすごしているという訳だ。
ただ、それとは対照的に思わずため息をついてしまうのは、クラスの外のこと――理久の振る舞いだった。
初日以来、理久の俺に対する猛攻は相変わらずだ。俺の朝練もはじまったので絡む時間は初日ほどではないものの、それが逆に昼休みに凝縮しているくらいの熱量を感じる。
今日の昼のことも刺激が強すぎて、今も思い出しただけで動悸がするくらいだ。
『ふあ……』
旧校舎の奥でふたりで弁当を食べ終えたあと、薄暗いそこで窓から差し込むぼんやりとした光に当てられて、俺がふとあくびをしたときだった。
『新汰、眠たそうだな』
『……ああ。週末の附属との練習試合に向けて今結構きついんだ。それに最近気温も上がってきたせいで……防具を付けてるだけでなかなか消耗するというか』
『ふうん。なら今少し寝とけば?』
そう言われ俺は床を見下ろした。旧校舎は人通りが少ないため床はあまり汚れておらず、まあいいかと俺は頷く。
『……ああ。確かにそうだな』
そうして俺が床に転がろうとしたときだった。
何故か理久の手が俺の肩に触れたと思った瞬間、そのまま横倒しにされ気付けば俺の頭の下に理久の太ももがあった。
混乱する俺の視界に理久の顔が入る。
『……これなら寝れるだろ』
そう無邪気な笑顔で言われたものの、どう考えても眠れない。
階段に座る理久の腿の上に俺は頭を乗せ、体重を預けているのだ。これはもう膝枕そのもので、頬に感じる理久のぬくもりと香りに俺は言葉が出ない。
『り、り、理久……』
『ん?』
『重くないのか?』
『全然。俺部活ないんだしさ、こういうときくらい甘えろって』
そう言われ肩をぽんぽん叩かれてしまえば、俺は抗うことなんてできなかった。
心臓はもうばくばくで、この想像もしていなかった幸せを噛みしめるだけ。
暖かくて、少し弾力があって、いい匂いがする。
そうして身を委ねていたら、なんと俺は本当に眠ってしまっていて、目を覚ましてぼうっと頭を上げたら微笑む理久がいて――。
『新汰、おはよ。眠れた?』
こうして俺は理久に頭が上がらなくなってしまった。
実際、この時間に眠れたおかげでさっきの五限の授業は居眠りをしなかったけれど――思い出すだけで恥ずかしい。
そんなこんなで気付けばもう六限が始まる時間だった。
次の授業は――俺がそう思ったとき、となりの牧田と目が合った。
「もう体育祭かあ。早いねえ」
俺はその言葉に、次の授業が特別ホームルームであることを思い出した。
この時間は来月に迫った体育祭に向けた準備の時間となる。このクラス――二年三組が所属するチームのトップ三年三組の先輩たちが現れ、意気込みなどを熱く語って帰っていくという訳だ。
俺は思わずこれまでの体育祭を思い出していた。
ずっとクラスが同じだった理久とはチームも一緒だったので、俺が苦手なダンスをいつも教えてもらっていた。
けれど今年は俺ひとり。どうにかしなければならない。
――ひとりで覚えられるだろうか。
体力に自信はあるがリズム感は皆無なので、理久にすら迷惑をかけていた。そんな自分ひとりでは絶対に無理だろう。
なら、誰かにお願いするしかない。
これまでの俺なら、このクラスで自分ひとりで頑張らなければならないと思っていた。けれど今は頼れる友人たちがいる。
俺は隣りの牧田に声をかける。
「……牧田。俺、牧田にお願いがあるんだけど」
すると彼女はポニーテールをぴょんと揺らして驚いた顔でこちらを見た。
「……西脇君がお願いって珍しいね」
「あのさ、体育祭のダンスとかそういうの、いろいろ教えてくれないか?これまで理久に――清宮に教わってたんだけど、クラス分かれたから頼れなくて……」
「ふふ。もちろんいいよ。ダンスなら私にまかせて」
牧田はなぜか胸を張って自信ありげに言う。
しかし、そのあとで何かに気づいたような顔をした。
「――あっ」
「……え?」
どこか申し訳なさそうな顔をしてこちらを見る牧田は、小動物のようだった。
「あたしからも、その……西脇君にお願いがあるんだった」
「え……うん。俺もお願いしたんだから、俺にできることなら出来る限りのことはやるけど」
すると牧田はこれまで見たことのない真剣な顔でぼそりと告げる。
「応援団……私と一緒に入ってほしいの」
突然のことで、俺は何を言われているかわからなかった。
その無言を牧田は肯定としたらしく話は続いていく。
「大抵、立候補で事前に話が行くんだけど、実はこのクラスだけやりたい人がいないらしくて。それで、先輩から直々にやれって私言われてて」
「え……それになんで俺も……?」
「応援合戦の最後にリフトを上げる予定なの」
「リ、リフト?」
「うん。組体操のもっと本格的なのだと思ってもらっていいかも」
そう言われてもよくわからない――俺の混乱を無視して牧田は言う。
「部活の先輩に頼まれてるから断れなくて……。それでね、その土台候補がもうひとり必要だから探してくれって言われてたの思い出したの。西脇君背が高いし体格いいからぴったりだなーって……」
どうやら、このクラスの所属する連合はガチな応援をするらしい。
俺が返事をできずにいると、あれよあれよとホームルームが始まり、気付けば三年の先輩たちも颯爽と現れた。
「このクラスから応援団に所属したい人は手を挙げて」
そう声がかけられ牧田に強い圧が飛ぶ中で、俺は牧田からの視線を無視することはできなかった。
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