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3章 別々の体育祭 side.新汰
3 体育祭当日
しおりを挟む「もー、なんでこんな暑いのー」
女子たちのそんな悲鳴があちらこちらから聞こえるほど、体育祭当日はよく晴れた。
日差しが肌に刺さり、痛い。
椅子を並べただけの学生席が太陽から猛攻撃を受ける中、牧田と林はとなりで日焼け止めを塗り直している。そして俺の影には相川が隠れるという謎の構図だが、体育祭は平穏無事に進行している。
理久が同じクラスにいない俺の初めての体育祭は、みんなのおかげでそこそこうまくやれている気がする。
特に苦手なダンスは、牧田が細かく教えてくれたおかげでとっくに攻略することができていて、正直俺にとっても想像以上だった。
牧田は「あたまのてっぺんから引っ張られるように」とか「肩甲骨をくっつけて」とかすごく感覚的な言葉で説明したけれど、新体操部部長のサポートもあり結果的になんとかなった。まさか、鏡を見たほうがいいという理由で、キャスター付きの鏡を持ってくるとは思わなかったけれど。
そんな素人同然の俺はもちろん応援団員として、自分のクラスにダンスを教えることになった。ただ、意外と素人というのがよかったらしい。
林のように運動やダンスが苦手だという人も多く、そういうみんなに俺の覚え方や教え方は伝わりやすかったようだ。
同時に、だらだらしながら取り組む相川と俺のやりとりもクラスみんなの気を緩めるのによかったとのことた。俺のこと、怖くて厳しい奴だと認識していた人もまだ多く、結果的に俺はこの一件からクラスのみんなと話せるようになったと言える。
そういう訳で、始めはありえないと思っていた応援団だったが、結果的に俺自身成長している気がしてやってよかったと思っている。
「きゃああああああ」
突然黄色い悲鳴が上がり、俺はグラウンドの方へ視線を向ける。
二百メートル走の最終走者がスタートを切り、すぐに四人のうち頭ひとつ飛び抜けたのは――なんと理久のように見えた。
前のめりになって風と一緒になるように駆け抜ける理久の身体は、独走したあとで見事一位でゴールテープを切る。
「わー、また清宮くん?」
「そうみたい」
やはり走っていたのは理久で、どうやら二百メートル走の大トリを一位で飾ったらしい。
「いいなあ、何でも得意なのすっごくうらやましい」
「本当、運動神経抜群っていう言葉が似合うよね。でも、今日は何になりたいのって言うくらいすごい勢いだよね!騎馬戦もすごかったみたいじゃん」
女子ふたりの会話を脇で聞きながら、午前中の花形競技――騎馬戦のことを思い出す。
俺は騎馬の土台として参加し、もちろん理久は相手チームの騎手役だった。
スタートしてから俺は騎馬として言われるがまま必死に動き回ることしかできなかった。対して理久は騎馬の上で軽やかな身のこなしを見せ、迫る手を避けながら相手の鉢巻きを取る。
こちらの騎手の鉢巻きが取られた瞬間、騎馬の上から見下ろす理久と目が合って。にやりと挑発するように笑みを浮かべて去っていった。
だからそのときになって俺はようやく気付いた。
交わした約束――すべての競技で一位になったら夏休みにデートをする。
それを理久が本当に実現しようとしていて、いよいよそれが現実味を帯び始めているということに。
昼食明けに行われた、応援合戦の熱意も相当だった。
ちなみに、俺たちの所属する三組の応援もすごくうまくいった。大人数を大胆に移動し、グラウンドをまるで舞台に見立てたような華やかな構成は唯一無二だ。
ダンスの振付自体は簡単ながら、隣同士が上下交互に踊ったり、高々とリフトを上げる立体的な演出は、新体操部部長と腹心の部下(?)牧田がいるからこその出来映えだったと思う。
対して理久の所属する二組はド派手だった。
旗や大きな布を使い動きを大きく見せ、難しいダンスを一体感を持って踊る姿は圧巻だった。また途中で登場する理久のアクロバットに度肝を抜かれた人も多かったはずだ。
グラウンドの上で高々と宙を舞う理久のしなやかさは非現実的で、見ている人はみんな時を奪われたように感じただろう。
その姿は俺にとってもどこか遠い存在のように思えてならなかった。
――あんなに凄いことをして、みんなにきゃあきゃあ言われている人が俺を好きって言っている。
それがどうも納得がいかないのだ。
あの理久の隣りに自分はまだ堂々と立つことができない――そう思えてならなかった。
ただ、今回自分が応援団に所属したことで、少しだけ理久に近付けたような気がした。
俺ももっと頑張らないと――そう思っていると、林が俺を呼ぶ声が聞こえる。
「次、借り物競争と玉入れの招集かかったよ。西脇くん、一緒に相川くん連れて行ってもらえる?」
「……わかった。ほら、相川行くぞ」
渋々参加してますと言わんばかりの相川は、だらりと椅子に腰かけたままなかなか立ち上がろうとしない。
「うわー……だる」
「ほら、日陰貸してやるから」
「ふあああ。しょうがないなあ」
そう言ってのそりと立ち上がる相川を連れ、招集場所へ向かう。
「相川、急いで」
「えー、まだ籠のセットされてなくない?」
「いや、先借り物競争だから。そもそも相川はそっちだからな」
「……まじで?知らなかった」
「何でだよ。ほら、早く列に入れ」
そう笑って相川を借り物競争の列に促したときだった。
不意にそこにいた理久とぱちりと視線が合い、俺は驚く。こちらを見る理久の顔は闘争心むき出しで、俺を見る目もぎらぎらと光っていた。
――それだけ勝ちたいんだろうか。
それともまさか相川に妬いてとか――そう思いながらも瞬時に俺は否定して、玉入れの列に合流する。
借り物競争はすぐに始まった。
ルールは簡単だ。スタートと同時にまず数十メートル走ったあと、地面に配置された紙をめくりお題を確認する。その後、それぞれ内容に合わせて人やものを調達し、審査員へお題と共に確認してもらいゴールというわけだ。
お題の内容によっては、観客とのコミュニケーションも必要になる。それが苦手な俺にとっては苦でしかないが、楽しい人には楽しいのだろう。
観客席に声をかけたり、先生を引っ張ってきたりと皆自由気ままだ。グラウンドに笑い声が響く中で、あっという間に理久の番になる。
――まあ、理久ならどんなお題も大丈夫だろ。
人と話すことが好きで物怖じせずにコミュニケーションが取れる、俺とは真逆の男だから。
理久はスタートと同時に真っ先に駆け抜けると、一番近くのお題を裏返した。
そして周りがようやく理久に追いついたときだった。なぜか理久はメモを手にスタートの方へ引き返してくる。
――どうしてだろう。
そしてスタートすら越え、こちらにどんどん近付いてくる――そう思ったときだった。
「新汰、早く!」
「え、俺っ!?」
「いいから、早く!」
言われるがまま立ち上がると、理久はその手を取って駆け出した。
久しぶりにぐいと腕を引かれ、俺はどきどきする。
数百人の目がこちらを見ているかもしれない。
いや、これは競技だからみんな同じことをしている。落ち着け。
そう自分に言い聞かせ走りながら俺は思った。
――まるで初めて会ったときみたいだ。
純粋に、ただ前の理久を追いかけ走る。
理久についていきたい、一緒にいたいというそんな思いだけを抱いて。
かつてはただそれだけだったはずなのに、対して今の俺はどうだろう。
自分の中ですでに別の感情がもやもやと渦巻いている。
ああ、あの頃の俺は、なんて幸せだっただろう。
俺達は審査員の生徒の元へ向かい、理久はお題を突き出した。その内容は俺の方からは見えなかった。
「良悟!いいだろ」
青いティーシャツを着ているので、どうやら理久と同じクラスの生徒らしい。
「ほーん、なるほどね。まあ、いいや」
そんなよくわからないオーケーが出て、理久は結局この競技も一位を取ることになった。
ありがと、と言う理久に正気に戻った俺は思わず聞いてしまう。
「これ何の借り物だったんだ?」
「あ、ああ……えっと……親友」
珍しく理久と視線が合わない。
まあ無事オーケーがもらえたしいいかと思いながら、俺が招集場所に戻ろうとしたときだった。
「……新汰!約束覚えてるよな」
約束――それは夏休みの例のデートのことだ。
「……ああ、もちろん」
すると理久は軽やかに笑って拳をこちらに向けて言った。
「残すはリレーだけだからな。見てろよ新汰。俺、絶対にやり遂げるから」
その顔は、願いを本当に叶えてしまうようなそんな揺るぎない熱意を帯びていた。
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