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3章 別々の体育祭 side.新汰
4 頑張りすぎ
しおりを挟む玉入れを終えた俺は、ひとり理久の言葉を反芻していた。
『残すはリレーだけだからな。見てろよ新汰』
さっき理久が触れた手の熱と汗の感覚すらいまだ残っている。俺は手首を擦りながら、徐々に現実味を帯びていくその言葉を前にため息を付く。
――今日の理久は、やっぱり本当に俺とのために頑張っているんだ。
顔を真っ赤にして汗を流し、全力で俺との口約束を叶えようとしている。
そんなまっすぐな理久に対して、俺は今何をやっているんだろうと思ってしまう。
大切な存在であるはずの理久に早く気持ちを伝えなければならない。なのに俺はそれをないがしろにして自分のことばかり。
一体、何をやっているのだろう。
そうひとり自分を責めていると、いよいよ最終種目のチーム対抗リレーが始まる時間だった。
どうやら理久は招集場所に移動し始めたらしい。俺も一応選手に選ばれているので移動しようと立ち上がると、隣りの牧田からぽつりと声が聞こえた。
「理久君、かっこいいよね」
不意に漏れ出た本音のような言葉に、俺の中で熱がさーっと引いていく。
まさか牧田は――そんな俺の視線を感じたらしく、牧田はひとりで否定し始める。
「え、あ、勘違いしないで!そういう格好いいじゃなくて!確かに小さい頃はそうだったんだけど……私のはちょっとベクトルが違うというか。そもそも理久くん、昔っから一途だから」
「え……」
一途。それは誰かひとりを長く想っている言葉。
俺はそれに気付きながらも、理久が一途に思う誰かを追求することはできなかった。牧田はそんなことなどお構いなしに続ける。
「……昔、私と理久くん――清宮くん、同じ体操クラブに入ってたんだよね。そのときいろいろ助けてもらったんだ。私、小さい頃から新体操やってたんだけど、親の都合で引っ越ししてこのまちに来たの。それで、中途半端な経験者だったから元からいた子たちが私の扱いに困っちゃったみたいで。ひとりだったところをね、清宮くんが声かけてくれたの」
その言葉に俺は理久と出会った時のことを思い出す。
幼稚園でひとりだった俺に、声を掛けてくれた幼い理久のやんちゃな姿が思い浮かぶ。
牧田はそんな自分と同じ状況だったのだ。俺は思わず同意する。
「……わかるよ。俺も牧田と同じだったから。でも俺、牧田は理久と同じタイプだと思ってた。このクラスでひとり浮いてた俺に話しかけてくれただろ?」
「ううん。私の本質は西脇くんと似た感じだよ。ただ、私も清宮くんみたいになりたいなと思ってるんた。だから私の気持ちは、どちらかというと憧れなんだよね。あんな風になりたいなっていう」
そのきらきらとした瞳は、まるで遠くに輝く星を眺めるようだった。
牧田にとって理久はそういう存在なのだろう。自分の先で煌々と輝き導く一つ星。
確かに俺も理久という星に憧れている。
ただあの輝きを前に足が竦んでしまう。
俺の手は絶対に届かない、そんな縮まることのない距離を感じて、俺は虚無感に襲われる。
いよいよリレーが始まろうとしていた。
皆、ストレッチをしたり準備をするなかで、俺の視線は吸い寄せられるように理久へ向かう。
同じスタート地点で準備をしている理久は、二組のほかの生徒たちと朗らかに笑っていた。
しかし今日一日炎天下で頑張ったせいだろうか。かなり疲れているように見えたのは気のせいではない。
――終わったら、すぐ休ませないと。
理久は昔から俺の心配ばかりして、肝心な時に弱音を吐かないタイプだ。
だから限界まで動いて突然ぱたりと倒れるタイプで、それを知らない人を昔から驚かせてきた。
このままだとやばい気がする――俺はそう思いながら理久の顔色を伺う。しかしすでに最終種目のリレーは始まろうとしていた。
一年、二年、三年の精鋭による男子リレーは、全女子の声援の視線を浴びるだけあって皆気合が入る。
俺はリレー選手に選ばれているものの、抜群に足が速いというわけではない。だから早々に役目だけ果たしバトンを次へ渡す。
陸上部のないこの学校で勝ちが全く読めない中、レースはいよいよ終盤へともつれ込む。二組と三組が一位を争い接戦となってアンカーへとバトンが渡る。
二組のアンカーは理久で、三組のアンカーはサッカー部の先輩だった。
ふたりは互いに競り合い、あっという間に半分までやってきた。
もうすぐゴールだ――そう思った瞬間、必死になる理久の顔が見え、俺は思わず叫んでしまう。
「理久、最後だ!頑張れ」
俺は立場上三組を応援しなければならなかったが、そんなこともうどうでもよかった。
理久と視線が合い、最後ゴールテープ前で理久が身体をねじ込んだ瞬間俺は立ち上がった。
歓声とともにゴールへ駆け込んだ理久はもう力が残ってなかったのだろう。そのまま前に倒れ込み、俺はそれにぎりぎり間に合って理久の身体を抱きとめる。
「理久!」
「……新汰。俺やったよ。見てただろうな」
「もちろん、最後まで見てた――理久?」
突然膝をがくんとさせた理久は苦笑いしながら言う。
「ちょっと……頑張りすぎたかもしれない。まあ、少し休んどけば治るだろ」
そう言われるも、気付いたときには俺は理久を肩に担ぎ上げていた。
「……っ、ちょっと新汰!」
「先生!理久限界なんで、保健室連れていきます」
「ちょ、ちょっと西脇くん!」
先生が俺を呼ぶ声が聞こえたものの、会場のざわめきに混じってすぐに聞こえなくなる。
蝉の音が少しずつ大きくなる中、じりじりと身体を焼く昼下がりの日差しから逃げるように、俺は急ぎ足を運ぶ。
「新汰……」
「理久、大丈夫か?」
「ああ。冷たくて……気持ちいい」
理久はそうして汗でべとべとの首筋に頬を当てはじめた。
どうやらかなり身体に来ているらしい。
首に当たる理久の顔はもう熱々で、汗臭くないかとかもうどうでもよくなって、俺は校内へと急ぐ。
保健室の扉は閉ざされていた。
まじか――理久を抱えながら俺が途方にくれていると、後ろから養護の先生が走ってきた。
もう話を聞きなさいとぴしゃりと怒られながらも、扉を開けベッドを用意してくれる。水を飲まされ首に冷却シートを貼られた理久は、気持ちよさそうに横になる。
「まったく、清宮くん頑張りすぎなんだから。熱中症寸前じゃない」
「だってー先生。俺大事な約束があって」
「……はいはい」
「清宮理久、一世一代の――」
「いいから、口チャックして早く休みなさい。このままだと戻れないわよ」
そう言われ理久は観念したように返事をする。
「はーい」
「私氷取ってくるわね。西脇君、清宮くんについて見ててもらっていい?」
「はい。もちろん」
先生は空の氷嚢を手に保健室から出て行った。
クーラーの風で汗が乾きはじめると、理久は小さくくしゃみをした。俺はそれを遮るようにカーテンを閉めて、ベッド脇の丸椅子を出して腰掛ける。
保健室は静かで、カーテンの中は薄暗い。
グラウンドで響く学生たちのざわめきも暑い日差しも、窓とクリーム色の幕にきれいに遮られて何も入ってこない。部屋には俺とベッドに横たわる理久だけ。
そんな非現実的な状況だからだろうか。
なぜか俺の頭は凛と澄んだように無音で、目だけが理久を捉えていた。
「まったく、別に今から戻っても暑い中ただ立ってるだけなんだから。俺こんなに頑張ったんだからさ、クーラーの効いた部屋で少しくらい寝てたっていいよな」
「ああ。今日の理久は凄かった」
「だろ?新汰、俺との約束無下にすんなよ」
「……ああ。もちろん――理久?」
気づいたときには俺の手首は理久につかまれていて、理久は俺の手のひらを額の上に乗せていた。
そこはまだ少し汗ばんでいて、まるで熱があるように火照っていた。
「あー……冷たくて気持ちいい。新汰、先生遅いしご褒美ってことで、これくらい許して」
「あ、ああ」
「ふう……」
理久は幸せそうに目を閉じ、落ち着いたように息を吐く。そしてなんとそのまますうすうと寝息を立ててしまった。
俺はひとり呆気に取られながらも、その手を離すことはできない。
俺の手を掴んだまま眠る理久は、まるで子どものように見えたから。
さっきまで遠くできらきら輝いていた理久とはまるで違う。
ここにいる理久は赤く火照って疲れ果てている。
すべてを出し切って俺のもとに帰ってきて弱みをみせている。
理久がこんな顔をすることを俺以外の誰も知らない。
今の理久は、俺だけのもの――。
「…………好きだ」
思わずこぼれてしまった俺の告白に、もちろん返事はない。
理久は変わらずに眠り続けている。
その脇に腰かけたまま、俺は自分を責める。
――俺はなんてだめなやつだろう。
眠っている理久にはいくらでも言えるのに。
なぜ本人を前にすると途端に伝えることができなくなるのだろうか。
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