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5章 文化祭は波乱万丈 side.新汰
4 みんなの前で
しおりを挟むしばらくの間、相川にされるがままだった俺は――。
「ふう、俺の最高傑作……完成」
そんな嫌な言葉を聞いて静かに目を開けた。
目の前で待ち構える鏡には、どこかきりりとした自分が映っていた。
俺は二度見してしまうくらい驚いた。
何故なら鏡の中の俺はまるでぼんやりとしていたものの焦点がぴたっと合うように、確実に洗練されて格好よくなっていたから。
かと言ってどこが変わったのかは少しもわからない。すごいのはきっとこの自然の仕上がりなのだと思い、俺は相川の方を見る。
ふうと息を吐き水を飲み始めた相川の手元には、何やらたくさんのチューブや化粧品が覗いていた。また筆もたくさんの大きさのものが転がっていて、その様子に俺は相川の仕事ぶりを思い出す。
顔を洗えと言われそのあとは顔を剃られ、眉を整えられてフェイスマスクもさせられて。
それで終わりかと思いきや、なんとそこからが本番で。相川はまるで俺の肌を薄いヴェールで隠すように、丁寧に丁寧に色を重ねていく。
あの柔らかで繊細な筆使いが職人技のようなものなのだろう。俺は鏡の中の自分をまじまじと見てしまう。
ぱっと見整った感じなのに、解像度が上がったような違和感のないシャープな仕上がりだ。文句の一言すらでない。
事前に着せられていた韓国アイドル風の細身のスーツも、勝手にセットされた髪型も。すべてが調和してクールな雰囲気に仕上がっているのだから。
「今日のテーマは氷の王!……はー、やばいな。もう投稿したいレベルなんだけど」
興奮してスマホを向けはじめた相川の手を押さえながら俺は礼を言う。
「相川、ありがとう。なんかエッジが効いた感じですごいな」
「わかるだろ。プラモで言う……墨入れみたいな感じ?ここまで来たら、あとはステージの上で軽く微笑むだけだろ。西脇くん、あとは任せた!」
自信満々で言う相川に背中を叩かれ、俺は複雑な気持ちになる。
確かに俺も相川のスーパーテクニックで仕上げられた俺をみんなに見てほしい。相川が自信を持って誇る趣味のすごさを知ってほしいとも思う。
ただ、それを見せるのはこんなときじゃないだろう。
俺は片付けをする相川を残し、三組の皆が休憩しているはずの空き教室へ戻った。
「……ただいま」
そう言い入った瞬間、クラスメイト達がしんと静まり返る。俺は思わずすぐ目の前にいた林に声をかけてしまう。
「え、俺大丈夫?」
「だ、大丈夫も何も……すごくびっくりした。一体どこの俳優が紛れ込んだのかと思っちゃって」
「それは誉め言葉でいいのか?」
恐る恐る言うと、林は眼鏡の奥の瞳を輝かせながら頷く。
「もちろん、最上級の褒め言葉だから。清宮君エントリーしていないみたいだし、今日はもう絶対優勝間違いなしだよ!西脇君、頑張って!」
そうしてクラスメイトたちに見送られ、俺は会場となる特設ステージへ向かった。
その間も理久の姿を探すもどこにも見当たらなかった。
――理久……何してるんだろう。
結局、理久とは一回もあっていない。俺はみるみるコンテストの事が心配になっていた。
俺はすっかり相川の手によって、完璧に仕上げられてしまった。このままではジンクスを目論む誰かの思うままになってしまう。
まずいと思いながらも時間は待ってくれない。会場に辿り着いた俺は、案内されるがままステージの脇に用意された控えのテントに入った。
そこにはコンテスト出場者である先輩や一年生たちの姿があった。また奥には着飾った女子たちの姿も見え、美女コン参加者もすでに待機していることが分かった。
――この中の誰かが……俺を。
そう訝しんでいたときだった。ひとりの女子が俺の前に近づいて口を開いた。
「西脇くん、どうしたの?それ……」
よく見るとそれは同じ剣道部に所属する高田だった。
部活で知っている彼女とはかけ離れた姿に驚きながらも、俺は聞かれたことにとりあえず答える。もちろん、相川の秘密は守りながら――。
「ああ、これはクラスの女子でメイク上手い子がやってくれて、トータルでコーディネートまでしてくれたんだ。すごいよな、俺も驚いている」
「ふうん。そっか……」
そうぼそりと言って、高田は何故か去っていった。
ただ正直、そんなことなどどうでもよかった。
高田のことに気を取られていたら、気付けばコンテストが始まっている!
「エントリーナンバー二、二年三組代表、西脇新汰さん!」
俺は急いで階段を上った――。
ステージの上からは道行く人の姿がたくさん見えた。
人、人、人。そんな彼らからの無数の視線に気が遠くなりそうになった俺は、意識を逸らして理久探しをすることにする。
これだけ集まっていたら観客席にいるかもしれない。ステージではなく観客席から何かを計画してくれているのかもしれない。
そう思うも、理久の姿は一向に見当たらない。
「ええと、推薦書によると、西脇くんの推薦理由は、性格も見た目もとにかくイケメンだということ。確かに、在校生の皆さんは知ってると思うけど、体育祭かっこよかったよね!」
そんな勝手な司会進行が耳に入りちらりと見ると、その顔には見覚えがあった。
――あれ……理久の友達じゃないか。
普段二組のクラスでつるんでいるバスケ部の高橋だ。
俺の視線に気付いたのか、高橋はにっこりと笑ってマイクを向けてくる。
「では、ここからは本人に聞いてみましょう。西脇くん、アピールポイントとかありますか?」
「え、アピールポイント?」
突然言われ焦ったものの、なぜか高橋はそのまま続ける。
「聞いたところによると西脇くんは寝相も綺麗らしいじゃないですか!仰向けで寝て仰向けで起きる!寝方のコツなんてありますか?」
「いや、それなんで知ってるんだ……」
別に面白くもないのに理久に笑われたことのある、俺の個人情報が突然暴露された。
目の前では穏やかな笑い声が上がり、俺はため息をつく。
――絶対、理久が高橋に言ったんだな……。
そんな心の中の声を高橋は読み取ったらしい。
「それでは、時間になりました!西脇くんありがとうございました」
ぽんと背中を押され、俺はそのままステージを降りながら気付く。
――まさか、これが理久の言っていた手助けなのか?
そう思うも結局確信が持てずに、イケメンコンテストは終わってしまった。
最後に全員が再度登壇してステージの上から手を振る。
とりあえずなんとか終わった――そうして安堵しながらステージを降りたときだった。
すんと鼻に届いたのは、覚えのある理久のシトラスの匂い。
――え……?
俺は思わず振り返る。
今、すれ違ったのは次のコンテスト出場者だ。
明るい茶髪の、女子にしては比較的大柄なボブヘアの女の子…………じゃない。
――まさか。
俺は急ぎステージ正面へ向かった。さっきまで立っていた舞台を見上げると、そこにいたのはなんと理久だった。
いや、ひと目見ただけでわかる人はいないだろう。
首元や足首、手首など男の特徴が目立つ場所を、ブラウスとロングスカート、ウィッグで上手に隠している。それにシンプルなメイクがぴったりと合っていて、ぱっと見きれいなお姉さんそのものだ。
――なんでそんなところに。
女装コンテストの参加者はエントリー名を不思議な源氏名に変えている。だから少しも気付かなかったけれど、なぜ――。
そんな俺の視線に理久は気付いたらしい。
こちらを見て突然ぼうっとしたあとで、再び素敵な笑顔を観客へ振りまき始める。
なんで、なんで、なんで。
俺はそんな疑問を抱いたまま、コンテストが終わることを待つことしかできなかった。
呆然とステージ脇で待っているとあっという間に終わり、気付けば結果発表の時間になっていた。
再びステージ上に呼び出され、コンテスト参加者が一斉に壇上に立つ。
そこには理久の姿もあった。
並び順的に女装コンテストの結果から発表するのだろう。なんだかどきどきしながら俺は理久の姿を見守っていた。
「まずは、女装コンテストの結果発表です!優勝は……エントリーナンバー四番、港区素敵女子の理香子さん!おめでとうございます!」
よくわからない枕詞がついていたが、やはり理久が優勝したらしい。ノリ要員の参加者も多かった中で完成度が圧倒的的だったからだろう。
それにしても色っぽいなと思ってしまう。
名前も変えられているこの状況では、きっと正体に気付いている人は俺しかいないだろう。
蠱惑的な横顔に、胸の高まりは少しも収まらない。
そんなとき、突然西脇くん前に出てと言われ俺はそのとおりにする。途端、司会が口を開いた。
「続いてはイケメンコンテスト!発表します!ええと……なんと圧倒的一位で優勝です。エントリーナンバー二番、西脇新汰さん!おめでとうございます」
正直、まじかという感想しか出なかった。ただ、相川の腕ならしょうがないとも思えた。
促されるまま例の「理香子」の隣りに歩み出ると、ばちりと目が合った。
「理久……だよな」
恐る恐る言うと、にやりとした笑みを浮かべ頷いた。
そうして笑う姿は確かに理久で、途端に俺はほっとしてしまう。
理久がいればもう大丈夫。そう思いながら、小さな声で話しかける。
「……理久。俺、何にも話聞いてないんだけど」
「まあ、言ってないからな。新汰は俺がメンコン出ると思っただろ?」
「そりゃ、当たり前だろ」
「……俺も出ようかなと思ったんだけどさ。それじゃつまんないなと思って」
「それで何で女装コン行くんだよ……」
俺が呆れたときだった。
わっと歓声が上がりどうやら女子の方が決まったらしい。
正直どうでもいい――そう思っていたときだった。
「……西脇くん!」
「え?」
そこにいたのは剣道部の高田だった。
どうやら美女コンテストで優勝したのは彼女らしい。妙に赤い顔をする彼女に、俺が何て反応しようかと困っていたときだった。
突然会場から嫌な声が沸き上がる。
『キース!キース!』
――ああ、まじで……やめてくれ。
嫌な予感は当たってしまう。
会場がざわめきはじめ、俺の身体は固まる。
――どうしよう……どうしよう。
ここで俺が何かをしなければこの地獄は延々と続く。でも望まれることをするわけにはいかない。
――俺は、どうしたら。
そんなときだった。
動かないと思った俺の手首に、温かいものが触れる。
「……ごめん。俺のだから」
そう言われてぐいと引っ張ったのは理久だった。
俺の身体はバランスを崩して傾き、そして――。
きゃーという悲鳴に似た歓声が聞こえたときには、俺の唇は理久のものに触れていた。
そうして呆気に取られ反応できない俺を隠すように、理久は俺の前に立ってひらりと手を振ってくれる。
妙な歓声が上がる中で、俺はようやく理久に助けてもらったことに気付いた。
ただ、そうしている間も触れた唇の感触は消えなかった。
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