色色奇譚

南 鈴紀

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第二話 運命の時

第二話 一一

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 贄ノ儀式を翌日に控えた、如月一〇日。
 この日もいつもと変わらずに過ごそうと決めていた天音だったが、早朝の祈りノ儀式を終え、竹林を出たところで顔を合わせた黎夜によってもたらされた報せに息をのんだ。
「日向兄様が⁉」
 黎夜は眉根を寄せて「うん」と頷いた。
「今朝から高熱で寝込んでいるって。流行り病じゃなくて風邪だって話だけど、明日の儀式には出られないんじゃないかって専らの噂だよ」
 祈りノ儀式によって熱くなっていた体から、急速に体温が奪われていくような錯覚を覚える。冷え切った指先を握りこんで、天音はぽつりと呟いた。
「……わたしのせい、だよね」
 昨日、日向は王妃の策略により池で溺れかけた天音を助け、濡れたままにも関わらず離れまで天音を送り届けてくれた。
 この場に日向がいたら「僕がそうしたかっただけなのだから、天音が気に病むことはないよ」と優しく否定してくれたかもしれない。しかし、事の発端が王妃であったとしても、天音に責が全くないとは到底思えなかった。
「兄様には会えない?」
 結果はわかりきっていたが訊かずにはいられない。天音の予想通りというべきか、黎夜ははっきりと首を横に振った。
「日向様は寝込んでいるって言ったでしょ。病人を休ませないで、叩き起こしてどうするの? それにもし起きてたところでなんて言うつもり?」
「そ、れは……」
 黎夜の言うことは尤もだ。日向が起きていたとしてもどんな言葉をかけたらいいのか、自分の中でも整理がついていない。「ごめんなさい」も「ありがとう」も違う気がする。
 噂が本当なら、天音は日向に会わずじまいで最期を迎えることになる。ずきりと胸が痛むが、それこそが自分に下った罰なのだと思った。
 暗い顔で黙り込む天音を見て、黎夜がわかりやすくため息を吐いた。そして右手が伸びてきたかと思えば、天音は黎夜に左頬を軽くつままれていた。
「い、いひゃい……」
「変な妄想から目を覚まさせてあげようと思ったんだよ。どう? 少しは目が覚めた?」
 そう言われて天音ははっと我に返った。
 お役目を果たし、未練なくこの生を終える。そのためにはいつも通りに、自分らしく生き抜こうと決めていたではないか。最期の瞬間が近づいているからだろうか、妙に感傷的な気分になってしまうのは。
 拍子抜けした気分で黎夜を見つめ返す。
「目、覚めたかも……」
「そう? なら良かった」
 黎夜はぱっと天音の頬から手を離した。
 天音がどんな最期を迎えたいのか、黎夜はきっとわかっているのだろう。その上で天音を元気づけようとしてくれた。
 日向にはもう会えないかもしれない。それはとても悲しく辛いことだ。しかし、嘆いていたところで何も変わらない。
(今のわたしにできることは……)
 自分のために、自分を大事にしてくれる数少ない人たちのために、笑顔でいることだ。
「うん! あー、お腹空いてきたなぁ。今日の朝食はなんだろうね」
 天音がぱっと明るい笑顔で振り向くと、黎夜はほのかに笑った。
「なら、早いところ戻ろうか」
「そうだね」
 そうして天音の最後の一日が始まった。
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