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第二話 運命の時
第二話 一二
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朝食の膳を片付けてから、天音と黎夜は離れの勉強部屋に戻ってきた。そしてどちらからともなく文房具を取り出し、それぞれの勉強を始める。玄が講義をしていた頃は彼の話を冊子に書き留めていたが、今では書を読んで気になったことをまとめるようになっていた。
途中までは順調に読み進められていた書だったが、ふとわからない箇所が出てきた。
(あれ、なんだったっけ? なんだか大分前に教えてもらったことがある気がするんだけど……)
天音は腰を上げて、大量の冊子が並べられた書棚に歩み寄った。
(多分この辺の冊子に書き留めたような……)
件の冊子は天音が踵をあげて腕を伸ばしても指先が軽く触れるくらいの位置にあった。
(うーん……。あと、少し……)
なんとか背表紙に指がかかり、そのまま手前に引こうとする。
「って、わぁっ……!」
すると目的の冊子の近辺にあった冊子までもが天音の頭に降ってきた。突然の出来事に天音はその場に硬直してしまうが、その瞬間横合いから手が伸びてきてそちらへ力強く引っ張られた。
天音の背後で、何冊かの冊子がばさばさと音を立てて床に落ちる。
「もう、何してるの」
「黎夜……!」
天音は黎夜の腕に守られる形で抱き寄せられていた。
天音が黎夜の腕の中で顔を上げて「ありがとう」とにっこり笑いかけると、彼はそっと天音を解放し、その場にしゃがんで冊子を拾おうと腕を伸ばし、ぴたりと止めた。
「これ……」
その冊子はたまたま開いた状態で落ちてしまったようだ。黎夜の隣にしゃがんだ天音も目を見開いた。
「懐かしいね……!」
くたびれた表紙から、この部屋に設えられた書棚に収蔵されている冊子の中でも古い部類に入るものだと一見してわかった。そして中を見れば、案の定、天音が玄に教えを請い始めたばかりの頃のものだった。
天音はその冊子を手に取り、ぱらぱらと頁を繰っていく。
「……そっか。玄さんにはじめに教えてもらったのは創世神話だったよね」
あの頃の天音は常識にも世情にも疎く、文字すら満足に読み書きできなかった。
冊子に踊る拙い字を、天音は指先でそっと撫でる。まるで在りし日に想いを馳せ、慈しむような優しい手つきだった。そうしていると積み重ねてきた時間の一瞬一瞬が水泡のように上ってきて、目の前で弾けるような幻が見える気がした。
泡が弾けて消えてしまう前に。
天音はそれらをひとつとして取り逃がすことなく、この身に、心に、留めておきたいと思った。
そんな衝動にも似た思いに突き動かされた天音の口から、自然と言葉がこぼれ出る。
「ねえ、黎夜。―思い出語りをしよう?」
天音の優しい微笑みに誘われるようにして、黎夜はこくりと頷いた。
そうして二人は記憶の海に飛び込み、立ち上る水泡にかけがえのない日々の瞬間を確かに見るのだった。
途中までは順調に読み進められていた書だったが、ふとわからない箇所が出てきた。
(あれ、なんだったっけ? なんだか大分前に教えてもらったことがある気がするんだけど……)
天音は腰を上げて、大量の冊子が並べられた書棚に歩み寄った。
(多分この辺の冊子に書き留めたような……)
件の冊子は天音が踵をあげて腕を伸ばしても指先が軽く触れるくらいの位置にあった。
(うーん……。あと、少し……)
なんとか背表紙に指がかかり、そのまま手前に引こうとする。
「って、わぁっ……!」
すると目的の冊子の近辺にあった冊子までもが天音の頭に降ってきた。突然の出来事に天音はその場に硬直してしまうが、その瞬間横合いから手が伸びてきてそちらへ力強く引っ張られた。
天音の背後で、何冊かの冊子がばさばさと音を立てて床に落ちる。
「もう、何してるの」
「黎夜……!」
天音は黎夜の腕に守られる形で抱き寄せられていた。
天音が黎夜の腕の中で顔を上げて「ありがとう」とにっこり笑いかけると、彼はそっと天音を解放し、その場にしゃがんで冊子を拾おうと腕を伸ばし、ぴたりと止めた。
「これ……」
その冊子はたまたま開いた状態で落ちてしまったようだ。黎夜の隣にしゃがんだ天音も目を見開いた。
「懐かしいね……!」
くたびれた表紙から、この部屋に設えられた書棚に収蔵されている冊子の中でも古い部類に入るものだと一見してわかった。そして中を見れば、案の定、天音が玄に教えを請い始めたばかりの頃のものだった。
天音はその冊子を手に取り、ぱらぱらと頁を繰っていく。
「……そっか。玄さんにはじめに教えてもらったのは創世神話だったよね」
あの頃の天音は常識にも世情にも疎く、文字すら満足に読み書きできなかった。
冊子に踊る拙い字を、天音は指先でそっと撫でる。まるで在りし日に想いを馳せ、慈しむような優しい手つきだった。そうしていると積み重ねてきた時間の一瞬一瞬が水泡のように上ってきて、目の前で弾けるような幻が見える気がした。
泡が弾けて消えてしまう前に。
天音はそれらをひとつとして取り逃がすことなく、この身に、心に、留めておきたいと思った。
そんな衝動にも似た思いに突き動かされた天音の口から、自然と言葉がこぼれ出る。
「ねえ、黎夜。―思い出語りをしよう?」
天音の優しい微笑みに誘われるようにして、黎夜はこくりと頷いた。
そうして二人は記憶の海に飛び込み、立ち上る水泡にかけがえのない日々の瞬間を確かに見るのだった。
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