31 / 72
第3章 芸術祭・準備編
第31話 練習
しおりを挟む(王子の気持ちが、よくわからないな。……どうすればわかるんだろうか)
芸術祭で主役に抜擢されたルーカスだったが、演技をするのは初めてのことだった。
だからかわからないけれど、いまいち光の王子の気持ちが理解できない。
(どうして王子は、初対面の姫に一目惚れしたんだ? 胸を熱く焦がす想いって、なんなんだ?)
『光の王子と眠り姫』は、ウルミール王国の建国神話とも云われている童話だ。
ウルミール王国の王族は、代々強力な光属性の魔法を受け継いで生まれる。それはルーカスも変わりなく、幼い頃から能力の制御の為に感情を抑える教育を受けてきた。
王族の光魔法は強力で、制御がままならないと癇癪などで周囲一帯を吹き飛ばしてしまう威力があるからだ。
その影響で、王族は凍りついた表情をしているからか、臣下からは畏れられ敬われている。
芸術祭の演劇で、王子役を推薦されたときは、断るつもりだった。
だけど、ふと脳裏に黒髪おさげで眼鏡を掛けたリシェリアの顔が浮かんだ。
もしかしたらこれで少しは彼女の気持ちが――いや、自分の気持ちがわかるのかもしれない。
だから彼女が姫役をやるのならと、王子役を引き受けたのだけれど。
(演技は難しい)
台詞はすぐに覚えることができた。
だけど肝心の演技は、いまいちよくわからない。
「『これが、姫なのか? ……美しい人だ。いままで感じたことのない感情を感じる。この、胸を熱く焦がす思いはいったい、何なのだろうか……。もしかして、これが恋』――どうだ。少しはよくなっているか?」
「うーん。厳しいですねぇ」
ルーカスの問いかけに、首を傾げたのは王国屈指の劇団に所属している、劇団員のひとりだった。今回、演技指導のために特別に先生として雇っている。齢三十ぐらいの優男のような見た目をしているが、これでもひとたび舞台に上がれば、正義の味方から悪役まで幅広い演技で観客を魅了するスターらしい。
劇団員は「どうしたものかなぁ」と、どこか遠くを見る眼差しで天井を見上げている。
「正直お手上げ……だなんて口にしませんが。……そうですね。つかぬことをお伺いするのですが、王太子殿下はいままで誰かに恋をしたことはありますか?」
「……恋?」
「はい。ついつい目で追っちゃうーとか。彼女がいなければ僕が生きている意味なんてないーとか。なんかそういう激情を感じたことは?」
「……リシェリア」
自然と口から出てくる言葉に、自分ではっとした。
そうだ。彼女のことはいつも目で追ってしまっている。
母の葬儀の時、眼鏡の奥で溢れんばかりに涙をこぼした銀色の瞳が、いまでも脳裏に焼き付いて離れない。
彼女の銀色の瞳をまともに見たあの日から、彼女のことを考えると胸を熱くする感情が常にある。
それなのに、リシェリは自分と婚約解消をするつもりだったようで――それを阻止したいがために、つい唇を奪った日のことを思い出した。
「リシェリア様って、もしかして婚約者の方ですか?」
「ああ」
「へー。王太子殿下は、婚約者様に恋をされていらっしゃるんですねぇ」
「彼女は、おれの気持ちが、信じられないみたいだけどね」
「え?」
「……いや、いまのは聞かなかったことにしてくれ」
「わかりました。とりあえず、王太子殿下は恋をしていらっしゃるということでよろしいですか?」
「ああ」
「それなら、話は簡単ですよ。その婚約者様のことを考える時、胸に疼く感情とかはありませんか?」
「どうだろう。あるような気がするけど……」
「それならその気持ちを演技に乗せるのです」
「気持ち……」
「よし。では、まずは試してみましょうか」
劇団員の言葉に、ルーカスは頷く。
リシェリアに対する感情の疼き。もしそれが王子の気持ちと同じなら――。
「『これが、姫なのか?』」
銀色の瞳を目にした時、感じたこと。
そうあの時、ルーカスはリシェリアに惹かれたのだ。その瞳が美しいと思った。
だけどリシェリアは、ルーカスと婚約解消しようと考えていた。
図書室で感じた胸騒ぎを思い出す。
「『……美しい人だ。いままで感じたことのない感情を感じる。この、胸を熱く焦がす思いはいったい、何なのだろうか……。もしかして、これが恋』」
台詞を言いきり劇団員の顔を見ると、彼は眉を顰めていた。
「うーん。さっきよりは感情が乗っていると思うのですが、それだと恋というよりも――遠くに行ってしまう恋人を強引にでも引き戻そうとしているようで……なんというか、光の王子の気持ちとは違うような……」
「そうか。駄目なのか」
「はい。すみません。でも、最初よりかは良くなっていますよ! だから、そうだ!」
劇団員は良いことを思いついたというように、掌を打ち鳴らした。
「その婚約者様と一緒に練習をされてはいかがですか? そうだ。そっちの方がいい。相手が恋する人なら、もっと自然に演技ができるかもしれませんよ」
◇◆◇
「『これが、姫なのか?』」
じっと、ルーカスが見てくる。そのエメラルドの瞳に力強さを感じる。
「『……美しい人だ。いままで感じたことのない感情を感じる。この、胸を熱く焦がす思いはいったい、何なのだろうか……。もしかして、これが恋』――どうだろうか、リシェリア」
呼びかけられて、ハッと正気に戻った。
棒読み口調は相変わらずだけれど、ルーカスの瞳に射止められてしばらく身動きができなかった。
「前よりは良くなっていると思います」
「この台詞は、これで大丈夫そうだな」
「あ、でも」
思わず口にしてすぐ口を噤むが、ルーカスにはしっかり聞こえていたようだ。
観念して、リシェリアは口を開く。
「えっと、いささか勢いが強いというか……。光の王子はもう少し無邪気な感じなので、イメージが違うというか」
「違う?」
「ルーカス様の演技ですと、棒読み――じゃなくって淡々としているんです。でも光の王子は、眠り姫を見つけたときに、胸に湧き上がる思いで少しテンションが上がるんです」
「テンション?」
「はい。気分が高揚して、胸がドキドキして、それが抑えられなくって」
「気分が高揚。胸がドキドキ……なるほど、少しわかった気がする」
本当かと疑ったが、ルーカスの目は本気のようだ。
もう一度、ルーカスが同じ台詞を口にする。
(何も変わっていない)
頭を抱えそうになる。
芸術祭まではもう二週間弱しかない。
それまでにこの棒読みのルーカスの演技は、見えるようになるのだろうか。
そう悩んでいたからか、リシェリアは少し油断していた。
「リシェリア」
呼びかけられて顔を上げると、すぐ傍にルーカスの顔があった。
じっと呼吸も忘れて、リシェリアはエメラルドの瞳を見上げる。
「……なるほど、これか」
吐息が鼻先に触れる。
ルーカスはその状態のまま、光の王子の台詞を口にした。
「『……美しい人だ。いままで感じたことのない感情を感じる。この、胸を熱く焦がす思いはいったい、何なのだろうか……。もしかして、これが恋』」
「!?」
「『どうしたら目覚めるのだろう』」
台詞を続ける。どうやらルーカスはもう台本を完璧に覚えているようだ。
「『美しい姫。早くその瞳を開けておくれ』」
(まって、この後に王子は姫にキスを――!?)
思わず目を閉じる。だけど意識していた感触は訪れなかった。
目を開けると、ルーカスの顔は遠ざかっていた。
「リシェリア、台詞は?」
「あ、あ……」
そうだ。これは演技の練習だ。台本にも、キスは振りだけと書かれている。
それなのに――。
(もしかして、私いま期待していた!?)
189
あなたにおすすめの小説
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる