悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

文字の大きさ
33 / 72
第3章 芸術祭・準備編

第33話 芸術祭

しおりを挟む

 芸術祭まで一週間を切っていた。
 個人練習の成果か、ルーカスの棒読み口調は少しは改善されている。それでもまだ完璧には程遠いけれど、最初に比べたら全然マシになっている。

 リシェリアのクラスの演劇は教室で行われる予定だったが、直前で講堂でも公演をすることになった。講堂の公演の枠が一枠だけ空いてしまい、そこに急遽参加することになったのだ。
 芸術祭は二日かけて行われる。リシェリアのクラスの演劇は、当初の予定では一日目と二日目の午後の二回だけだったのだけれど、最終日の午前に講堂で公演をすることになったのでクラス公演は一日目の午後のみになった。午前中は多くの生徒が選択科目の発表がなどがあり、リシェリアも一日目の午前に講堂で合唱することになっている。

 演劇の公演時間は二十分ほどだ。それでも多くの人の前に立って演技をするとなると緊張してしまう。いくらリシェリアは寝ているだけとはいえ、多くの生徒に紛れて歌うのとはわけが違うのだ。

「ミュリエル様、お顔色が悪いのですが、大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ありませんわ」

 通しでのリハーサルを終えた後、ふと舞台脇からミュリエルの友人の心配する声が聞こえてきた。ミュリエルが壁に手をついていて、いまにもしゃがみ込みそうになっている。

「ミュリエル様、大丈夫ですか?」

 実行委員たちが打ち合わせをしていたので、それを抜けて近寄る。
 
「ええ、少し眩暈がしただけですわ。本番までもう時間もありませんし、わたくしのことはお気になさらずに」
「そういうわけにはいきません。保健室に行った方がいいです」
「……リシェリア様がそういうのなら」

 ミュリエルの顔はいまにも倒れてしまいそうなほど真っ青だ。

(こんな状態で立っているなんて……)

「リシェリア様」

 友人の肩を借りながらミュリエルが何か言いたげな顔でリシェリアを一瞥したが、「何でもありません」と首を振った。その腕には緑色の石の散りばめられたブレスレットがある。

「芸術祭当日は、いい日にしましょう」
「ええ。ミュリエル様も、それまで無理は禁物ですよ」
「……リシェリア様こそ」

 ミュリエルたちを見送ると、また舞台に戻る。
 リハーサルは無事に終わり、解散の運びとなった。
 帰り際、ルーカスと目が合って、すぐに逸らしてしまった。

 ここ数日演技の練習で、彼との距離が近くなっている。そのせいでいまいち彼の顔を真っ直ぐ見られなくなっている。
 前から「挨拶」とかでもっと距離が近くなることがあったのに、その時以上に緊張してしまうのはなぜなのだろうか。もしかしたら演技をしている時のルーカスの瞳が真剣で、なおかつこちらの瞳をじっと見つめてくるときに、いままでに感じなかった熱を感じるからかもしれない。

 これで本番は大丈夫なのだろうか。



「リシェリア!」
「久しぶりね、アリナ」

 誕生日パーティ以降、芸術祭の準備などで忙しくてアリナとはあまり会えていなかった。
 久しぶりに廊下ですれ違ったのが嬉しくって、勢い良く近づいてしまう。

「もうすぐ芸術祭だね。リシェリアは確か選択科目は合唱だったよね?」
「そうよ。そういえばアリナは魔法学を選択していたわよね?」
「うん。と言ってもほぼ座学みたいなものだけどねぇ。だから特に個人の発表はないんだけど……。そうだ、当日は誰かと一緒に回ったりするの?」
「いまのところ、その予定はないけれど」
「だったら私と一緒に回らない? 空いてる時間教えて」

 芸術祭の準備というか練習が急がしくて、当日誰と一緒に回るのかは全く考えていなかった。
 ルーカスは……多分一緒に居たら身が持たないだろう。ただでさえ劇で距離が近くなるのだから。
 それならアリナと一緒に回るのが一番かもしれない。

「えっと、一日目の午後の公演の後と、二日目の午後だったら空いているわ」
「私は一日目の午後は当番だから無理だけど、二日目の午後だったらフリーだよー。あ、そうだ。一日目の午後空いているんだったら、私のクラスにも来てね!」
「もちろん! ……て、そういえば」

 アリナのクラスはお化け屋敷だった。勢いよく答えてしまったけれど、無事に生きて戻れるのだろうか。

「ルーカス様と一緒に来てね!」
「いや、それは……」
「絶対だよ! じゃあ、私はこれで」

 アリナは勢いよく言い捨てると、すぐに去ってしまった。


 そして、あっという間に芸術祭当日になった。


    ◇◆◇


 王立学園の芸術祭は一大行事だ。
 学園に通う生徒の家族はもちろんのこと、魔塔の魔術師や芸術家なども多く訪れる。
 学園の通りには、特別に外部から露店が並び、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。
 いつもはお淑やかな令嬢やすました顔をしている令息が、普段とは違う表情を見せたりもするのも醍醐味である。

 夏祭りの時もそうだったけれど、いつもとは違う熱気に包まれたところでは何か事件が起こる可能性もあるが、ここは王立学園だ。魔法での監視の強化や、警備の人員を増員するなどいつもよりも警備に目を光らせているので、よっぽどのことはないだろう。

 午前中、選択科目の合唱の発表を終えたリシェリアは教室に向かっていた。
 クラスの発表の演劇は、午後一時に公演開始だ。
 今回は本物の王子であるルーカスが光の王子役をやるからか、当日は大盛況を予見して、先行チケットの配布を行っていた。そのチケットは即日に配布終了している。

(……ルーカス様人気が凄い。……まあ、それも当然だわ)

 金糸のようなサラサラの金髪に、エメラルドの瞳。あまり変わらない表情から、そこに立っているだけで儚く見える容姿は、ゲームのビジュアル以上に目が眩むほどの美しさがある。

 そんな彼が出演する演劇を一目見ようと、多くの人々が躍起になっているのだろう。噂では、チケットにはプレミア価格が付いたり、闇オークションで取引されたというのも耳にしたけれど、さすがに後者はないと信じたい。
 当日配布のチケットも数分で売り切れたそうだ。講堂での公演のチケットは、クラスとは別なのでそこのところはどうなっているのかはわからないけれど。

 教室に戻ってくると、ルーカスに呼び止められた。

「リシェリア」
「な、なんですか」

 皆の前だというのに、彼の距離は近かった。
 彼はリシェリアの手を取ると、その指先に口を近づけようとして、途中で止まった。

「……劇、成功させよう」
「は、はい。もちろんです」
「……それじゃあ、おれは準備があるから」

 結局、指に口づけをすることなくルーカスは去って行ってしまった。

(……そういえばルーカス様の挨拶・・、最近少なくなったわね)

 なぜか物寂しさを感じていると、ミュリエルに腕を引かれた。
 思ったよりも強い力に、リシェリアは少しつんのめる。

「リシェリア様。早く用意しないと、開演の時間になりますわよ」
「は、はい。ミュリエル様、そのもう少し力加減を」
「早くしてくださいな」

 急いでいるのか、ミュリエルはリシェリアの腕から手を放すことなく、教室近くの準備部屋に向かって行く。

 衣装に着替えるためにカーテンで区切られている空間で、劇用のドレスに着替える。後ろ側にあるリボンは結べなかったので練習の時と同じようにミュリエルに結んでもらおうとしたら、盛大にため息を吐かれた。

 なにか様子がおかしいとは思ったものの、本番まで三十分もない。

 黒髪をまとめてピンで固定をして、ネットで頭を包み、その上から銀髪のウィッグを被る。

 なんだか頭がごわごわする。
 ウィッグの上からウィッグをつけているのだから当然と言えば当然だけれど。

 鏡を見ながら銀髪を整えると、リシェリアは恐るおそる眼鏡を外した。
 
 リシェリアの本来の銀髪とは違うけれど、このウィッグも高級そうなものでさらさらとしていて、ライトに照らされると綺麗に輝きそうだ。

「いつ見ても不思議ですね。よく銀髪がお似合いです。最近まで気づきませんでしたが、瞳も銀色みたいですし」
「そ、そう言ってもらえると、嬉しいです」

 ミュリエルの友人が絶賛してくれるが、その背後でミュリエルがすこし険しい顔をしていた。
 一週間前に体調を崩していたから、もしかしたらまだ万全ではないのかもしれない。

「ミュリエル様」
「そろそろ開演時間です。準備をお願いします」

 気になったものの、開演まで時間がない。
 リシェリアは後ろ髪を引かれる思いをしながらも、控室を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「イザベラ、お前との婚約を破棄する!」「はい?」悪役令嬢のイザベラは、婚約者のエドワード王子から婚約の破棄を言い渡されてしまった。男爵家令嬢のアリシアとの真実の愛に目覚めたという理由でだ。さらには義弟のフレッド、騎士見習いのカイン、氷魔法士のオスカーまでもがエドワード王子に同調し、イザベラを責める。そして正義感が暴走した彼らにより、イザベラは殺害されてしまった。「……はっ! ここは……」イザベラが次に目覚めたとき、彼女は七歳に若返っていた。そして、この世界が乙女ゲームだということに気づく。予知夢で見た十年後のバッドエンドを回避するため、七歳の彼女は動き出すのであった。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

処理中です...